第二十三話 お姉さん感心しないゾッ!
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「こらっ! 勉強サボって遊んでたな。お姉さん感心しないゾッ!」
「ああ……。すみません」
夕方、家に帰るとふて寝から起きてきたヴェルデーナが、寝ぐせをつけたまま腰に手を当てて頬を膨らませて出迎えてきた。
「悪い子には、お姉さんがお仕置きしちゃうんだからねっ!」
ヴェルデーナ腰をくねらせながら人差し指でライカの鼻先を軽く突いてくる。怒っていることを主張したいからか、プンプンと言うおまけつき。
やかましいほどに構ってほしいという雰囲気を出している。きっと賭け事で大負けの大泣きという醜態を晒したことを恥じて、なんとか記憶の上書きを試みているのだろう。
今更そんなことを気にする必要なんてないと思うが。
まあ、それは置いておくとして、いつものライカなら「可愛いですね(白目)」とか「素敵です(死んだ目)」で一応相手をするのだが、今はそんな心にもないことを言ってご機嫌取りをする余裕はない。
「遅くなってすみませんでした。今からだと簡単なものになってしまいますけど、急いで夕食の準備を始めますね」
視線も合わせず、抑揚のない声であしらう。
きっとヴェルデーナとしては冷めた愛想笑いでもいいから反応が返ってこれば、そこから会話を広げて自分のペースに持ち込もうとでも企んでいたのだろう。
ヴェルデーナは気まずいときや、羞恥に耐えられなくなるといつもこの手段を使う。
やっていることはただの恥じの上塗りでしかないのだが、そこを指摘するとまた厄介なことになりそうなので、こういうときはいつも思惑に気がつかない振りをしてやり過ごす。
しかし、重ねて言うが今のライカは普段通りに振舞う余裕はないし、そもそも適当にあしらったことすら気がついていない。
耳から入ってきたヴェルデーナの声に反射的に答えただけ。だから、ヴェルデーナには目もくれずにそのまま夕食の準備に取り掛かった。
玄関に一人残されたヴェルデーナはというと。
「ひぐっ……」
夕飯の支度を終えたライカが声をかけるまでずっとその場で肩を震わせて俯いていました。
◇◇◇
食事中終始もの言いたげにライカに視線を向けていたヴェルデーナだったが、食後のお茶の時間になってようやく口を開いた。
「あの……昨日ライカの制止を振り切って賭けに行ったこと怒ってる……?」
口元をカップで隠して上目遣いに聞く姿は、並みの男であれば恋に落ちてしまうほどの破壊力を持っているが、今のライカは心ここにあらずで虚しいほどに効果がない。
「え……? 別に怒ってませんよ。ヴェルデーナさんが負けて帰ってくるのはいつものことじゃないですか」
「うぐっ!」
「勝てるかもって騒ぐときはいっつも負けて帰ってくるのに毎回学習しないで猪みたいに特攻して──いや、猪でも痛い思いをすれば警戒くらいはするので猪に失礼でしたね」
「ぐはっ!」
「まあ、身ぐるみ剝がされて裸一貫で外に放り出されないだけましだと思いますよ。流石にそんなことになったら俺も嫌ですし……」
「え……も、もしかして私のこと心配してくれてるの?」
「そりゃまあ」
「それって、俺意外の男には肌を見せるなっていう……!?」
罵倒からの突然の独占欲を含んだ言葉に、頬を赤らめて口元を手で隠すヴェルデーナ。
嘘っ! ライカってはやっぱり私をそんな目で見てたの……!?
と思ったかどうかは定かではないが、久しぶりに自分の身を案じてもらった衝撃はとても大きく、ヴェルデーナの枯れてくたびれていた乙女心という名の苗に潤いの兆しが訪れる。
まさかここから始まる恋の物語があったりするのだろうか。
「だって、ただでさえ仕事もしないでフラフラしている不良薬師って評判のに、裸で町を歩いているところ目撃されたら、仕事もしないでフラフラしている不良変態薬師ってことになるでしょう。そんなあだ名ついたら俺まで恥ずかしくて外歩けませんよ」
「……」
あるわけありません。
残念なことにヴェルデーナが斜め上の期待をしているなんてライカは夢にも思っていない。あるのは、本当にそれだけは勘弁してほしいという懇願なのである。
「本当に、ほんっとうに、ほどほどにしてくださいよ」
「……はい」
ずず、と音を立ててお茶を飲むヴェルデーナの表情に影が差していることには一切気がつかないライカだった。
「コホン。まあそれはいいんだ。それよりも勉強をサボって昼間はどこに行っていたんだ?」
へこたれてもすぐに調子を取り戻せるところがヴェルデーナのいいところである。
さて、攻守が入れ替わる気配を感じたライカはと言うと。
「あー……」
後ろめたさから、カップに視線を落としたまま口ごもる。
昨晩ヴェルデーナに暗に関わるなと言われていた手前、正直に話すことに抵抗を感じていた。しかし、だからと言って嘘をつくことだけはしてはならない。
師匠に対しては誠実で在りたいというのがライカの信条の一つであり、まだ短いとはいえ築き上げた信頼関係に亀裂を入れるような真似はしたくなかった。
「実は……ウォーヴィスさんのとこへ行っていました」
ライカはカップの中身を舐める程度に飲んでから覚悟を決めて白状した。すると、ヴェルデーナの表情はみるみるうちに渋いものに変わり、
「はあ……。私、関わるなっていったでしょう」
と、じっとりとした視線を向けながら乾いた溜息を吐いた。
完全に先ほどと立場が入れ替わってしまった。
「ごめんなさい」
とはいえ、これはライカが悪い。弟子は師の言いつけを守るものだ。
今度はライカが体を縮めて謝る番だった。
「師匠の言うことを聞かない弟子は嫌いだよ」
嫌い、という言葉に体が固くなる。
「……ごめんなさい」
弱々しい声しか出なかったのは、ポルタでよく言われた言葉を思い出してしまったから。
「全く……まあ、いい子ちゃんでいるだけじゃあ面白くないと思っていたから、こうして自分の意思を出してくれたことには安堵してる。とはいえ、罰は必要だ」
と、ヴェルデーナは言い終わるやいなや、テーブルの上に身を乗り出して。
「げんこつだ」
と、そのままライカの頭にげんこつを落とした。
「悪い子には罰が必要だ。うん。これからライカが私の言うことを聞かずに暴走したらこれでいこう」
そんなことをいいながらヴェルデーナは満足気に何度も頷く。対するライカはげんこつを落とされた頭に手をやりながら、困惑した表情を浮かべた。
「え、あの……今のは」
「うん? だから罰のげんこつ。今度からライカが勝手なことしたらこれで行くからね」
「それだけ……ですか?」
ライカは茫然と、そして、疑いの視線を向けた。何故なら罰として与えられたげんこつは全く痛みをかんじさせないものだったからだ。
「そうだよ? だって罰は受けただろう。だったらこれで私はライカを許すし、ライカも反省をしたことにする。シンプルかつ合理的な判断でしょ」
ヴェルデーナはげんこつを落とした方の手でライカの鼻を軽く摘まんだ。
「これが私の教育方針。いいかな? 間違った道を歩めば私が殴ってでも正しい道に戻してやる。考えて考えて、それでもわからなくて道を誤ってしまったときには、私も一緒に悩んで道を探そう。それが私の師としての仕事だ。ライカはこれからずっと……少なくとも私から皆伝が与えられるまではずっと一緒にいるんだから、これは心に刻んておいてほしい」
「……は、い」
「よしっ!」
ライカのたどたどしい返事を聞いて満足気に大きく頷いたヴェルデーナは隈の浮かんだ目元を和らげて笑うと、摘まんでいた鼻を離して今度は乱暴にライカの頭を撫でる。
まとめた髪の毛がぐちゃぐちゃになるとか、十八の男を子供扱いしないでくれとか、言いたいことはある。でも、それよりも、ヴェルデーナのずっと一緒にいるんだからという言葉がなによりもライカの胸に深く刺さった。
ポルタでは師の言いつけを守れなかった罰として肉体的にも精神的にも暴力を振るわれることは、珍しいことではなかった。
今でこそ忌々しい記憶たちは思い出したくもないものばかりだが、当時は自身が仕出かしてしまった問題の責任の取り方であり、受け入れるべきものだとライカも納得していた。いや、納得というよりも他に方法を知らなかったから無理やり飲み込んでいたという方が正しいかもしれない。
だから、ヴェルデーナから向けられた罰がこんなにも軽いものだけというのは、とても衝撃的だし、最後にかけてくれた言葉は責めるというよりは、ちゃんと見ているからやりたいようにやれ、と言われているように思えた。
「それで? ウォーヴィスのところでなにかあったんでしょ」
その証拠にすでにヴェルデーナの表情には負の感情は消え去っていた。代わりにあるのは歳の離れた弟の隠し事を暴こうとする、少々の意地の悪さと多分な期待の混じった顔だった。
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