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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
青年と、ある一家の苦悩

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第二十二話 ままならないよ

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 グラント薬草店は二階建ての建物で、一階が店舗、二階が住居スペースとなっている。

 元々建物がそこまで大きくないということもあってか、ヴェルデーナの家よりも少し小さい程度の居間と、後は寝室が隣にあるだけらしい。ただ、ウォーヴィス曰く、一人暮らしならこの程度の広さがあれば十分だという。


 居間の中央には手作り感のある長方形のテーブルと、三人程が並んで座れるソファがテーブルを挟んで向かい合うように二台置かれている。どちらも実際にウォーヴィスが若い頃に手作りしたものだそうだが、特にソファはとても座り心地がいい。

 それ以外には大きくて頑丈そうな戸棚の上に、数冊並んだ本と工芸品らしきものがいくつか並んでいて、壁には豪華な装飾が成された額縁に飾られた絵が三つほど飾られている。

 部屋を飾るものはとてもシンプルではあるが、どれも年代品と思われるものばかりでウォーヴィスのこだわりが伺えた。


「すまんね、ライカ君。エラの相手をしてくれてありがとう。昼食の後に少しうとうとしてたらいつの間にか眠っていたようだ」


 お茶の入ったカップをテーブルに並べながらウォーヴィスが言う。そして、ライカの対面のソファに腰を下ろすと、待っていましたとばかりに布製の人形を手にしたエラがくっつくように隣に座った。


「ほら、エラもライカ君に相手をしてもらったんだからお礼を言わなきゃだろう?」


「綺麗なお兄ちゃん、ありがとう」


 エラは子供らしい抑揚のある口調で言った。


「いえ。大したことはしてませんよ。でも、ちょっとびっくりしました。その、エラちゃんはウォーヴィスさんのお孫さんですか」


「いや、エラは儂のひ孫なんだよ」


 ウォーヴィスは隣のエラに視線を落として目を細める。


「うちはちと複雑な家庭環境でね。ライカ君はなにも尋ねないでくれたけど、昨日店にきたときに女の人とすれ違っただろう? あれがこの子の母親のジェシカといって、ジェシカは儂の孫娘なんだ」


 ヴェルデーナの言っていた通りだ。

 踏み込んでもいいものか。躊躇するものの、ライカは意を決して尋ねてみる。


「すみません。昨日聞いちゃったんですけど、ジェシカさんがウォーヴィスさんをお父さんって……」


「そこまで聞かれていたか」


 ウォーヴィスは苦笑しながら薄くなった頭髪を撫でた


「エラ、少しだけ隣の部屋で遊んできてくれないか。儂はライカ君とお話があるんだ」


 不意に水を向けられたエラは始めこそ不思議そうな表情をしていたものの、すぐに意味を理解したらしく。


「えー! エラも綺麗なお兄ちゃんとお話したぁい!」


「ごめんよ。後で儂とたくさんお話しよう?」


 頬を膨らませてぷりぷりと不満を漏らした。子供らしい可愛い抵抗で、そんな様子を見ているだけでライカは胸が苦しくなってしまうが、ウォーヴィスはエラの頭を優しく撫でながら代替案を提示する。

 どうやらこの手の抵抗には慣れているらしい。


「やだぁ! エラも一緒がいいよぉ……」


 だが、エラの方もウォーヴィスのやり方を承知しているようで、今度は唇を突き出して目を潤ませる泣き落とし作戦に出たようだ。


「ごめんよ。とっても大切なお話で、二人でしなくちゃいけないものなんだよ。わかっておくれ」


「むぅ……」


「そうだ。いい子にしていたら、後でじいじと一緒にお菓子を食べよう? この前エラが美味しいって言っていた焼き菓子をまた買っておいたから」


「ホント!?」


「ああ。じいじは嘘ついたことないだろう」


「うん!」


 しかし、やはり子供の相手に慣れている。泣き落とし作戦に対抗する手段として、お菓子作戦を繰り出してくる辺り準備がいい。流石ひ孫を持つおじいちゃんである。

 そんな攻防を微笑ましく見守っている時間が幸せで、もっと見ていたくなってしまう。


「約束だよー!」


 どうやら交渉は成立したようだ。エラはソファから飛び降りると、ライカに眩しい笑顔を向けてから短い腕をぶんぶんと振って隣の部屋に走って行った。


「エラちゃん、素直で可愛いですね」


「ほほほ。あれで自分の可愛さを自覚しとるから厄介だよ。篭絡(ろうらく)されんよう気を引き締めておかなきゃならないからね」


 そんなことを言いながら幸せそうに笑うのだから案外満更もなさそうだ。


「今までエラちゃんと会ったことなかったですけど、今日はたまたま遊びにきてたんですか?」


「いいや。いつも二階にいたよ。日中預かっているんだけど、儂が仕事をしているからいい子に大人しくしてくれていたんだ」


「そうだったんですか」


 今まで何度もきているが、ウォーヴィス以外の人がいる気配を感じたことはなかった。


「へえ。まだ小さいのに偉いですね」


「とは言っても先月で五つになったんだけどね」


「え! それじゃあ元気な盛りじゃないですか」


 自分が五歳だった頃の記憶など定かではないが、それでも大人しくしていろと言われてその通りにしていることなど一度もなかったように思う。

 男の子と女の子という違いはあれど、小さい嵐と書いて子供と読む地域もあるくらいだ。それにエラの人懐っこさを思うと、客さんとお話したいと駄々をこねてもおかしくなさそうだが。


「そうだね。元気なんだよ。だから、本当は部屋に押し込めてじっとさせるんじゃなくて、友達を作って走り回ったりさせてやりたいんだけどね」


 ウォーヴィスは寂しそうに笑いながら答えた。その顔は昨日の帰り際に見たものと同じだ。


「儂のことを心配してくれたんだろう? ライカ君は優しいね」


 ウォーヴィスはそんな切り出し方をしてから話し始めた。


「エラの母親のジェシカは早くに親を亡くしておって儂が親代わりになって育てたんだ。如何せん亡くなったのがまだ物心つく前だったからか、ジェシカにとって儂は祖父ではなく父親という位置にいるんだろうね。それで儂のことを父さんと呼ぶんだ」


 ゆっくりと噛みしめるような語り口は、未だに消化しきれていない思いがあるから。

 膝の上に置かれた手が無意識に、強く握りしめられている。


「エラのことも聞いたんだろう?」


 ライカは逡巡してから顎を引いて頷く。

 そうか、と呟いて諦めたような顔をしたウォーヴィスはソファの背もたれに体を預けると、どこか遠くを見つめたまま続けた。


「夜になると時々熱を出すんだ。症状は日によってまちまちでね。熱が出ない日もあれば、何日か続けて高熱を出すこともある。でも、朝になると不思議なことにけろっと治ってしまうんだよ。そんなことがもう一年は続いていてね」


「病名とかは」


「たくさんの医者を訊ねて周ったけど病名はつかなかったよ。熱が出たりでなかったりして翌朝にはなんともないなんて病はない、と断言された。それでも諦めきれなくて組合に加盟していない怪しげな医者にまで診せたが、悪魔憑きだとまで言われる始末だった」


「そんな!」


「医者のくせに悪魔のせいにするとは何事だとジェシカはかんかんだったね。まあ、儂もそう思うが。でも、治療法が見つからないもの事実だったからね。本当にそうなんじゃないかって気持ちもなくはなかったよ」


「俺にはそんな風には見えなかったです」


「ありがとう。儂もね、自分なりになんとかして治してやれないかと色々手を尽くしてみたんだ。儂は生涯をハーブの勉強と研究に当ててきた。だから、ハーブでエラの不調を改善できるかもしれないとね」


「ジェシカさんがハーブじゃ病が治らないって言っていたのは……」


「今まで積み上げた経験を否定されるようで悔しいが、ひ孫一人すら救えないんじゃね。あんな風に言われても仕方がない」


 自嘲気味に笑う頬がわずかに引きつっている。

 本当はそんなこと口にしたくもないのだ。ただ、自虐的にしていなければ心の均衡を保っていられないのかもしれない。


「ジェシカに言われているんだ。エラの病はあたしが治す。余計なことはしないでくれって」


「ジェシカさんはなにか治療方法にあてがあるんですか?」


「さあ。始めの頃は高名な医者を頼ることもあったが、最近は他所の大陸から伝わってきたという病を癒す呪具に執心しているみたいだ」


 思わず眉間に皺が寄ってしまったライカを見て、ウォーヴィスは苦笑いを浮かべた。


「うん。そんなものに頼っても仕方がないとは言っているんだが、ジェシカからすれば儂のハーブの方がうさんくさいんだろうね」


 ウォーヴィスは背もたれから体を起こしてテーブルのカップを取ると、自身の無力感を飲み干すように中身を煽った。


「ジェシカはエラの病をとても恐れている。エラの年頃なら友達と外で遊びたい盛りだというのに、病が悪化するかもしれないと友達付き合いもさせないようにして、家に閉じ込めていてな」


「ということは、今は皆で一緒に暮らしているんですか?」


「いいや。ジェシカたちの家はここから少し離れた場所にあるんだ。ジェシカは夫と同じ造船所で働いていてね。朝早くから働きに出ているんだけど、その間エラを一人で家にいさせるわけにはいかないから、儂のところに預けていくんだよ」


 なるほど。自宅と仕事場が同じウォーヴィスであれば仕事をしながら子供を預かるというのも実現しやすいだろう。

 しかし。


「でも、大変じゃないですか?」


 エラがいい子だということは先ほどのやり取りを見てもわかる。だが、やはり年端もいかないひ孫を一人きりにさせているいるというのは、色々と気を揉んでしまうものなのではないだろうか。

 そんなライカの疑問にウォーヴィスは意外なことに嬉しそうな表情を浮かべた。


「そりゃ大変さ。だけど毎朝嬉しそうに儂をじいじと呼びながら胸に飛び込んでくるエラを見ていると、些末なことだと思えてしまうんだ」


 報酬というのは基本的に金銭で支払われるものだが、そんな俗物的なものよりももっと価値のあるものがある。

 毎朝見ているであろう光景を思い浮かべて破顔する様子を見るに、ウォーヴィスにとってはエラの笑顔こそがなによりの報酬であり、生きる力の源になっているのかもしれない。


「あの子とすごす時間はなにものにも変えられないし大切なものだよ。儂の残り少ない寿命でいつまで一緒にいてあげられるかと考えると余計にね。でも、いつまでもこうしてはいられないこともわかっているんだ。貴重な子供時代をこんな風に閉じこもっていては勿体ない。早く病を治して、子供らしく生きてほしい」


 それはなんの変哲もない普通の願い。

 子供の幸せをの願う曾祖父であれば、誰だって思う当たり前の想い。


「ままならないよ。エラが、ジェシカがなにをしたって言うんだろうね」


 ティーカップから上がる湯気は長く姿を保てない。それがウォーヴィスの願いの儚さを表しているようで、ライカは見えなくなった後の水滴たちを思うと、なにも言えなくなってしまった。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。



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