第二十一話 もうやだぁ……
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翌日、「もうやだぁ……」と大泣きしながら朝帰りしたヴェルデーナの世話が終わると、ライカは町へ出ていた。時刻はお昼すぎ。町は朝から続いた喧騒にひと段落をつけ、弛緩した雰囲気が漂っていた。
普段ならヴェルデーナに勉強を見てもらっている時間帯だ。しかし、未だにメソメソしているヴェルデーナは立ち直るのにまだ時間がかかりそうなので自習を始めたのだが、本を読んでも文字列を目が滑りペンを持っても数行書いては手が止るを繰り返していた。
どうにも勉強に身が入らない。
気分転換でもしてこよう。そんな思いつきで始めた散歩だったが、気がつけばいつの間にかグラント薬草店の前に立っていた。
「別に気晴らしに話をしにきただけだから」
集中できない理由など改めて考えるまでもない。
店内は静かだった。鍵が開いていたから留守ということはないだろうが、カウンターにウォーヴィスの姿はない。大抵カウンターに姿がないときは裏で在庫の整理をしているのだ。だからこういう場合は声をかければ返事があるはずだが……。
「ウォーヴィスさん、ライカです。いらっしゃいますか?」
しんと静まりかえった室内にライカの声が通る。しばらく耳をすませるもやはり人の気配はない。
「留守なのかな? だとしたら不用心だよ」
フォルゲンスタリアは比較的治安のよい町だ。とはいえ、流石に家の鍵をかけないで出掛けられるほどに安心して暮らせる町とは言えない。
貿易をするには物も人も多く動く。なかには当然悪意を持った人間も含まれている。そういった一部の人間が起こす犯罪は、フォルゲンスタリアの抱える闇とも言える。
始めてヴェルデーナを訊ねたときも返事がなくて物取りがいるのではと戦々恐々としたものだが、まさか──。
そんなことを考えて背中に薄ら寒さを感じていると、カウンター奥にある二階に続く階段でなにかが動いた。
「君は……?」
正体は小さな女の子だった。
「あたし、エラ」
警戒しているのか、エラと名乗った少女は階段の中程で身を固くしてライカを見つめている。
「えっと……始めまして。俺はライカっていうんだ。ちょっとウォーヴィスさんに用があってきたんだけど」
ライカはなるべく笑みを絶やさずに、できるだけ優しい声で名前と用事を伝えた。すると。
「えっ!?」
エラは花が咲いたような笑みを浮かべると、階段を駆け下りライカの元へ走ってきた。
「わー! わー! 会いたかったの!」
髪を後ろでみつあみにしたエラはカウンターの跳ね上げ天板の下をくぐると、そのまま走ってきてライカの足に抱きついてきた。
どこかで会ったことがあるだろうかと記憶を探るも覚えのある子どもはいない。にもかかわらず何故か女の子のライカへの好感度はかなり高いようだ。
ふむ……なんでだ?
「わー……あれ?」
きらきらとした笑みを浮かべていたエラだったが、ふと表情が固まる。そして、ライカを指差して、
「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」
と、不思議そうに尋ねてきた。普段通り長い髪を後ろで縛っているから、小さな子供からすれば男性か女性か判別できなかったようだ。
見た目は中性的でも声は男性らしい方だと思うのだが、どうやら子供は人を見た目で判断するらしい。
女性に間違われることに嫌な記憶が蘇りそうになるが、流石に子供相手に傷を抉られる程心は弱くない。
「お兄ちゃんだよ」
「へえ……。綺麗なお兄ちゃんなんだね」
喜んでいいのか微妙な感想だった。
「もしかして、エラと遊びにきてくれたの?」
「え? いや、俺は……」
「やったぁ! エラ退屈してたんだ。だからね、綺麗なお兄ちゃんが遊んでくれたら嬉しいな」
本当はウォーヴィスに会いにきた、とは言い出しづらい空気。本当はウォーヴィスとしたい話があったが……。
期待に輝くエラの純真な瞳に見つめられると無下に断ることはできなかった。
「うーん、しょうがないか。いいよ、お兄ちゃんと遊ぼうか」
「ホント!? やったー!」
小さな体を精一杯伸ばして手を伸ばす仕草が可愛らしくて、ついライカも笑顔になってしまう。
どこの子かはわからないが、二階から顔を出したということはウォーヴィスの知り合いの子供だろう。どこかに出かけているのか知らないが、ウォーヴィスが返ってくるまでどうせ手持ち無沙汰なのだからそれまでエラの相手をしておくというのは悪くはないかもしれない。
そんなことを思いつつ、なにをして遊ぼうかと思案していると二階から、
「エラ? 下にいるのかい?」
と、階段を降りてきたウォーヴィスが顔を出した。
「あっ! じいじ起きたぁ!」
ぴょんぴょんと跳ねながらウォーヴィスに抱きついたエラを、ウォーヴィスは背を屈めて抱きとめる。
そして、ライカがいることに気がつくと、ウォーヴィスは視線を彷徨わせてから困ったように目元に皺を作った。
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