第十二話 確信したってわけ
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「ヨキさんを連れてきたぞ!」
家の扉を蹴り破る勢いで開け放ったブラウンの背には、ヨキと呼ばれるダレン村で一番お産の経験がある産婆が背負われていた。
ブラウンの背から降ろされたとヨキは第一声で、
「野郎は家から出てな!」
と、目を剥いて叫んだ。
そんな訳でライカとブラウンは家から追い出され、今は軒先で二人して気を揉むことになっている。
「父さん、どうして気がつかなかったんだよ」
「しょうがないだろう。こんな歳になって子供ができるなんて思いもしなかったんだから」
「それにしたって俺のときの経験があるんだからさ……」
「経験っていっても一度だろ。一回経験したくらいで親がなんでもわかるようになると思うな」
そして小競り合いを始める親子である。
こういったとき、男とは本当に頼りにならないと言われるが、それはシャーリック家の男にも当てはまるようだった。
「ああ、駄目だ。父親さんちょっとその辺走ってくる」
「はあ!?」
いても立ってもいられないと言った様子のブラウンは額に汗を浮かべながらそんなことを言い出す。
アメリアの妊娠がまだ確定していないことへの不安と期待から、ずっと汗を掻きっぱなしのブラウンは精神を削る緊張から逃れる道を選んだようだった。
ふざけないでほしい。一家の柱となる人間がそんな弱気でどうするんだ。
「なに言ってんだよ! 俺一人で結果聞けっての!?」
「そうだよ。それで後からそっと父親さんに教えてくれればいいだろう!」
「ふざけんなよ。大事な結果を息子越しに聞くなんて恥ずかしくないのかよ。それが父親のすることか!?」
「父親さんだって一人の人間だからね。怖いもんは怖いんだよ!」
「俺だって怖いわ! 俺だって走りに行きたいわ!」
大声で言い合いを始めた二人を村人が不審がって遠巻きに眺め始めた。しかし、そんなことにも気がつかないほどに、二人の不安は限界に達しているようだった。
「わかったわかった。じゃあ、父親さんが家を一周したら、次はライカが走ればいいだろう。それを交互に繰り返すってのはどうだ?」
「まあ、それならいいよ」
「じゃあ先に父親さんな。いってき──」
「くぉるああああ! ぎゃあぎゃあ喚くんじゃないよ、クソガキども!」
怒声と共に蹴破られたドアが丁度正面にいたライカを襲う。
見た目はヨボヨボのお婆さんなヨキは、天気のよい日は軒先に亡くなった旦那が作ってくれたという安楽椅子の上で日がな一日船を漕いでいるのだが、妊婦を前にすると人が変わる。
普段は開いているのか閉じているのかわからない目が見開かれ、杖がなければ歩けないほど弱ってしまったはずの足はしっかりと地を踏みしめて仁王立ちしている。
「よ、ヨキさん……」
「ほら、ブラウンとライカはここにきな!」
人の家の玄関をぶち壊したことなど露ほども気にしてないヨキは、自身の足元を指差す。二人は重い足取りでやってきて、その場で正座する。
「ブラウン、ライカ」
険しい表情のヨキに睨まれ縮み上がる二人だったが。
「めでたいのう」
途端に破顔したヨキを見て、
「やったー!」
二人して抱き合ったのだった。
◇◇◇
「よかったなあ……」
「もう、泣きすぎですよ」
人目を憚らずに抱きついて泣くブラウンを、アメリアは呆れながらも目に涙を溜めながら抱きしめ返す。
そんな二人を見て、ライカももらい泣きをしてしまった。
シャーリック家の前には騒ぎを聞きつけた村人が集まり始めていて、その対応をヨキがしてくれていた。
村では子供ができると産婆が知らせを出すという決まりがあり、今回も例にならっている。恐らく、今日の夜にはアメリアの妊娠は村中の知るところになるだろう。
「そんなところに座らなくてもいいだろう」
「いや、嬉しくて腰が抜けちゃって」
寝室から出てきたヴェルデーナがあまりの嬉しさに腰が抜けたライカを見つけ、呆れながらも肩を貸してくれた。
「変に気を揉ませるようなことをして悪かった」
そして、ライカを椅子に座らせると、ヴェルデーナは寝室に視線を向けたまま言った。
「いいえ……。俺こそムキになってしまってすみませんでした」
「いや、親を思う気持ちは……少しくらいならわかるからさ。ただ、適当なことを言うわけにはいかなかったから、確認をしたくてね」
「ヴェルデーナさんはいつからわかってたんですか?」
「始めに薬を出したときは季節の移り変わりによる気分の浮き沈みが原因で体調を崩しているのかと思ったんだ。ただ、君が昨日やってきて吐き気に加えて腹部に痛みがあると聞いて、もしやと思った。でも、そのときはまだ可能性があるくらいのものだった。だからアメリアさんに改めて不調の具体的な話を聞いてみて、そこで確信したってわけ」
ヴェルデーナは未だに抱き合って泣いている二人を見て、目尻を下げて嬉しそうに微笑んでいる。その横顔は一仕事終えての安堵と、思いもよらない幸せの真相に心を綻ばせている様に見えた。
ああ。この横顔には覚えがある。
あの日、鍛冶職人を目指すきっかけになった職人と同じ笑顔だ。
ライカはヴェルデーナの顔を見ながら、幼き日に感じた衝撃とチリチリと体の奥が熱くなっていく闘争心を思い出した。
「とは言っても私は薬師で妊婦は専門じゃないからね。ヨキさんがいてくれてよかった……んっむう」
ヴェルデーナは荷が降りたとても言うように両手を頭の上で組んで、そのままぐっと伸ばす。口の端から艶めかしい声が漏れた。
「これで一件落着だな」
そして弾んだ声で言うと、ライカに隈の浮かんだ目元を和らげながら笑みを送る。
それが決定打だった。
「あの……ヴェルデーナさん!」
決めた。俺の道は──。
「俺を……俺を──」
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