プロローグ③:玖月の近影
9人の吸血鬼達は一箇所に集まり、異質な空気を放っていた。
個々の存在はそれぞれに異質で、そんな異質な存在が9人も集まれば当然のことだ。
個々の特性が強い吸血鬼だが、それでも唯一共通している点がある。
吸血鬼の瞳は、満月よりも濃く黄色い。
吸血鬼の瞳は、遠くからでも分かるほど力強く輝いている。
しかし、吸血鬼の瞳からは、何故か暖かさは感じられない。
そして、吸血鬼達は、そんな雪解け水よりも冷たく感じるような視線を戦場に向けていた。
ちなみに、彼らは様々な戦場で人間の軍勢を撃破してきた精鋭部隊『玖月』である。
「あんな連中に攻め入られたらたまったものではないな。」
白銀の騎士がボソッと漏らした。
時を同じくして西の丘では、その玖月も戦況を確認していた。
「あ〜あぁ。あんなにイッキに攻めてきてぇ。人間達は観念しちゃったのかなぁ?」
玖月の中で一番背が高く、スマートな見た目の吸血鬼が少し残念そうに言った。
「単純な力と力の勝負なら魔族が負けるわけがねぇのにな!人間如きがつまらん戦い方に走りやがって!せっかくだから誰が何人殺れるか勝負しようぜ!!」
玖月の中で一番体格が良く、屈強そうな吸血鬼が嬉々として提案した。
「殺めた数を数えるだなんてはしたないです。私は弱い人間は適当にあしらって(殺めて)、見込みがありそうなのがいたら眷属にするだけです。」
玖月、いや、魔族一の美貌の持ち主と言われており、見た目も派手な吸血鬼が呆れた様子で言った。
「ふぁ〜あ。眷属なんて使えない道具。世話もあるし。そんなの弱い奴が作るものだよ。殺した数を数えるのも面倒臭いし、人間達はヤケクソみたいだからここまで来れないし、戦うのはパスで。」
男の子だろうか?女の子だろうか?玖月の中で一番見た目が幼い吸血鬼が気だるそうに言った。
そして、そんなやりとりに聞き耳を立てながら、何やら本を読んでいる吸血鬼が一人いる。
「おい!一つ名!お前はどぉする!?」
屈強な吸血鬼が本を読んでいる吸血鬼に尋ねた。
『一つ名』とは、本を読んでいる吸血鬼の玖月内での呼び名である。
少し間をおいて、本を読んでいる吸血鬼は『パタンッ』と本を閉じ、他の吸血鬼達が耳を疑う言葉を口にした。
「僕は退却します。何やら嫌な予感がするので。応じるかは分かりませんが、戦場の魔族全員に思念伝達で退却を知らせるつもりです。」
「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」
他の8人の吸血鬼が声を揃えた。
そして、真っ先に屈強な吸血鬼が怒号を上げる。
「こんな盛り上がってる状況なのにか!!??俺は引がねぇぞ!テメェは戦いにも血に興味がないのかもしんねぇがな!こちとら常に戦いと血に飢えてんだよ!」
人間を蹂躙し、その血液を飲み干さんとする意思がヒシヒシと伝わってくる。
しかし、本を読んでいた吸血鬼は冷静に言葉を返す。
「これは予感なので確信はありません。ですので引きたい方だけ引いてもらえれば問題ありません。そもそも、僕の撤退案を聞き入れてくれる魔族が少ないのは承知の上です。」
本を読んでいた吸血鬼は説明を終えると、目を瞑り意識を戦場に向けた。
(玖月から、今戦っている方々に伝えたいことがあります。この後、人間にも我々魔族にも良くないことが起こる予感がしています。ですので、出来る限り退却願います。)
その場にいる魔族に思念伝達し、また話し始める。
「以上です。後は皆さんの自由にしてください。僕はこれで失礼します。」
そう言うと、本を読んでいた吸血鬼はスッとその場から姿を消した。
「おいおいっ、アイツマジで消えやがったぞ。本当に玖月のリーダーなのか?」
屈強な吸血鬼は不満そうに言う。
「行っちゃったねぇ。まぁ俺はまぁ少しだけ、一応戦況ぐらいは確認してから帰ろうかなぁ。他のみんなは好きにしていいよぉ。」
スマートな見た目の吸血鬼がそう言うと、殆どの吸血鬼は姿を消した。
「他の奴らも行っちまったか。俺は残るぞ。少しでも暴れないと消化不良だ。それに、コッチにはコッチの事情があるからな。」
屈強な吸血鬼は残る意志を伝えると戦場へと向かっていった。
「君はそうだよねぇ。お気をつけてぇ。俺も適当に帰るからぁ。」
スマートな見た目の吸血鬼は、屈強な吸血鬼を見送るとその場に座り込んだ。
【次回】プロローグ④:人間達の反撃
劣勢の人間達の反撃が始まります。