第三章 第三幕 三日月と半陽
――――――2分経過
――スサァーートッ
「お待たせしました。生ビールが4杯と、こちらサーモンとマグロの海宝サラダです。」
生ビールが来るなり、すぐに先生に渡すのは憲弘。こんな気遣いできるやつだったっけ。
「お、おぉー」
誠也はサラダの豪勢ぶりに驚いている。俺も驚いていないわけではないが、ここ最近”反応”ということをしていなかったのでどうにも気後れする。
「じゃあ、乾杯の音頭を取らせていただきます。」
と、今回の飲み会を計画したであろう憲弘が話し始める。
「本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。」
二重敬語。良いんだっけ。
「えぇー、政一先生との再会を祝し、さらには慎一のさいかいを祈願しまして、」
俺の再会?祈願?なんか日本語変じゃね?
「乾杯!」
「「「「カンパーイ!!!!」」」」
――――ゴンッ
みんな半分ぐらいまで飲み干す。それにつられるように自分も半分ぐらいまで飲む。
「ぁああー」
「久々の生染みるわー」
先生はさっきから俺のことを気にしているようだが、すぐに誠也が話を始める。
「じゃあ、いきなり本題入っちゃいますか~」
「誠也は初めてなんだったか」
意味ありげに政一先生は言う。
「ようやくできましたよ~」
「俺が5人できる間にようやく1人できました。」
憲弘は誠也のモテないいじりを永遠としたかったらしいがそれもここまでだろう。
「逆にお前は別れるまでのペースが速すぎんだよ。」
付き合ってから別れるまで半年ももったことのない憲弘に、誠也がツッコむ。
「しかも未だにヤレテいないというっね!」
自虐的に発言をする憲弘は生き生きとしている。
「それはお前らが奥手すぎるんだよっ」
指摘してくる先生。
「まあまあ。そのあたりの話はあとに残しておきましょうよ。」
と一度話の舵を取り直す誠也。
「おお?どうなんだ?」
と年頃の青年をはやし立てるような聞き方をする憲弘。
「んで、誠也はいつぐらいから付き合い始めたの?」
誠也の舵取りに呼吸を合わせる。
「来週の10日にちょうど半年だね。」
「じゃあ、前に飲み会したときは、まだいい感じの関係だったわけか。」
「話すんだったら付き合ってからの方がいいと思って、あえて言わなかったんだよ。あとお前らに言ったところでろくな話にならんしな。」
それもそうだ。特に憲弘に話したら、誠也に彼女ができなかったかもしれない。
「で、誠也はその人とどうやって知り合ったんだ?」
先生もさすがに誠也に彼女ができて興味をそそられている。
「いやぁ。実はですね…」
と少し溜める。
「――旅行先です。」
「は?」「え?」「ふっ」
三者三様過ぎる反応に戸惑う誠也。先生は微笑している。しかし、憲弘は豆鉄砲でも食らったような顔だ。
「まあまあまあ。まずは、きいてくださいよ。」
と場を支配して、話を続ける。
「高校の時に新型のウイルスが流行して沖波の修学旅行が中止になったじゃないですか。」
三人とも頷く。あれは絶対に忘れることのない、リベンジ物の話だ。
沖波に到着してからそのウイルスの感染者が出て、2泊3日のはずが、2日目はホテル待機、そして午後三時になって飛行機のチケットが取れたということで強制送還された大事件である。
「そのリベンジだーって言って、行くことになったんですよ。」
「お前あの時かよっ!」
そこには憲弘も居たらしい。だからか。そんなに驚いているのは。
「バレないようにしてたからな。で、一日目は各自好きなように過ごしている間に、俺は那波から少し離れたところの小さなプライベートビーチに行ったわけよ。」
普通に何してんだこいつ。ひとりで那波離れてプライベートビーチって、どんな神経してんだ。
「その、プライベートビーチの管理人さんの娘さんが話しかけてきてくれて。てっきり現地の人かと思ったら、移住してきた人で、沖波弁じゃなかったから気づいたんだよね。」
「だとしたら、沖波の子じゃないってこと?」
「あぁ。でも健康的に焼けた小麦肌だよ……じゃなくて。ええと…あ、そうそう。で、話しているうちに仲良くなって、時たまこっちに遊びにきたり、俺が遊びに行くようになって、そうしているうちに娘さんが社会人になって本土の方へ行くってなったから、それと同時に同棲しようってことで付き合うのと同棲が同時進行中って感じかな。」
いろいろと飛びすぎな気もするが、とにかくとんでもない出会い方をしたことだけはわかった。
「遠距離から近距離かぁ。これはもう結婚の可能性あるなぁー。」
と感慨深そうに語る政一先生。先生はそういう経験をしたのだろうか。
「くそ。俺が5回もマッチングアプリで出会っている間に、1回のドラマをつかんでいるとは…」
と少し悔しそうにしている憲弘。その片隅で、経験したくもない最低なシナリオのドラマを経験した俺は必死に苦しみを耐える。
――――それを個室の窓から、三日月と半分沈んだ太陽が見ている。
「え、で。同棲してるんだったら紹介はしてくれないん?」
憲弘は絶対に紹介してほしがるタイプだ。なんなら誠也と憲弘はお互いの結婚式の、友情出演枠を宣言しているぐらいである。
「お前には絶対しないわ。」
「いやいや、俺にこそしろよ。」
「俺にはするだろ誠也。」
と流れで食い込む先生。
「先生にはいつか紹介しますよ?けど、まだです。」
「相手はいくつなんだよ。」
と今更ながら聞いてみる。
「同い年だよ。大学卒業した、二年前にこっちきて同棲始めたんだけど、そっからめちゃくちゃ呼吸合って。んで来年か、再来年ぐらいには結婚しようかなって考えているところ?」
「んじゃあなに。結婚したら沖縄に住むん?」
素朴な疑問。そうなれば誠也に会うのも一苦労になる。
「その可能性も考えてはいるかな。」
視線が手元のスマホに動く。
「お、彼女からのLINE?」
先生が少しあおる。
「あぁ。いや、先生に会いたいっていう人がいて、この飲みの後少し話したいってLINEが来ました。しかもちょうど江北駅にいるらしいですよ。」
――――ひとり――戦慄する。
「誰だよ、タイミングもうちょっとあるだろ。」
と笑いながら聞く先生。
「この人です。」
と先生にだけ見えるようにする誠也。
「あぁーこいつか。」
誠也の横で納得する先生。憲弘もなぜか見ていないのに知っているかのような顔をする。
「誰?」
と、再び素朴に聞く。
「お前は…あっても大丈夫なん?」
はぁ…やっぱりそういうことなのか?
「いやもうそれ答えやん。」
とひねくれたような返しをすると、
「いやだって、今回こいつは完全に予定外だし、このまま帰ってもらうことも、できないことはないよ。」
なにか俺を試すような口調で少し腹が立つ。
「正直どっちでもいい。あってもあわなくても変わんないだろうし。あいつとなんて。」
「慎一がそういうならじゃあこの後、先生はこいつと話してもらうということで。」
じゃあ、あれは幻影でもなく、残像でもなく、実体だった。脳裏に焼き付けられたあの姿はまぎれもなく。
「まあそんな感じで、俺の彼女トークは終了かな~。」
「次はじゃあ俺かな。」
「いやもうお前の5人目はパターンが見えてるからもういいぞ。」
と誠也が遮る。
「今回はちがうって。かなりガチで良い感じ。」
「おっけ。じゃあ次の話題行こ。」
誠也が地球を回す勢いで舵を切る。それとともに半陽は瞬く間に消え沈んでいく。