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第三章 第二幕 夕風に靡く

そんなはずはない。そう言い聞かせる。あいつが…今日のことを知っているはずがない。


――――――2024年6月4日17時49分50秒


 列車が駅に到着する。残像だったのかもしれない。アニメの世界に限らず、残像のような幻覚はそう少なくないらしい。特に、強烈な印象が残っているとそうなりやすいらしいが…


――――カァーンカァーンカァーンカァーン…


 駅に隣接する踏切が、思考を遮る。


「まあ、考えていても仕方ないか。」


 誰にも聞こえない独り言をつぶやくと、改札へ向かって足を運ぶ。


――――ピィーンポ―ン「チャージが必要です。」


 あ。忘れてた。残高ないんだった。帰宅ラッシュに差し掛かりつつある時間帯で人も多い。その中で改札に引っかかる。

――やっぱり浮いてんな…


――――――


 駅からは歩いて5,6分だからちょうど着くぐらいだろう。その間に、今日何を話すのか考えてみるか。


 さっきも一度整理したが、引きこもりである俺に現在の状況を聞いてくるとは思えない。

→したがって、現在について話すのは誠也と憲弘ぐらいだろう。

 次に、過去について。これはもはや十八番になっているが、俺の過去をみんなで笑い飛ばすのが飲み会の、儀式みたいなものだ。

 そして、未来について。おそらく、現在が存在しない俺には無縁の話だ。

→したがって、これも誠也と憲弘の話になる。


 大学時代に練習した三段論法じみたことをやって、整理する。


「じゃあ、二人の話は現在と未来になる…二人は今どうしてるんだろう。」


 ふと浮かんだ二人の現在の姿。半年前に飲み会をしたときは、あまりそのあたりに触れていなかった。せいぜい、憲弘が5人目の彼女をつくった、みたいな話をしたぐらいだ。あの時はまだ誠也は彼女いない歴=年齢だ。


 憲弘は大学に入ってからだいぶ変わった印象がある。というか、周りの人間に影響を受けやすい傾向にある、と言った方が適格かもしれない。

 誠也は…大学に入ってから大きく変わったところはなかった。根の真面目さは変わらなかったし、人との付き合いも俺より多く、人望があった。今どうしているのかまでは聞いていないけど、そろそろ彼女できたかな…


 とまあ、俺がそんなことを考えなくても、あいつらは勝手に生きていく。その脇役的ポジションにすらなれない俺にいったい何を求めているのか。この思考が続く限り、時間が永遠に感じる。そう感じざるを得なかった。

――だから、先を急いだ。


――――――2024年6月4日17時55分30秒


――到着。あたりを見渡す…


「おっ。いたいた。」


 右後方から聞こえてくるのは、朝の電話の声の主、誠也だ。


「久しぶり。」


 なんとなく今の自分を見られるのが恥ずかしい。誠也はきっちりとした薄手のYシャツにネクタイ、スラックスで来ている。その一方で俺の服装は白のTシャツに青のデニムっぽいズボン。


「うん。半年ぶりだね。」


「辛気臭い顔で半年ぶりって言われると心配になるわ」


 と誠也は冗談を挟む。まああながち間違ってはいないのだが。


「憲弘は?」


 誠也は大抵憲弘の車に乗せてもらってくる。しかし飲み会だからか、憲弘も飲みたいといわれたため、二人とも今回は電車とバスできたらしい。


「今コンビニで胃腸薬買ってる。」


「なるほど、んで、先に入ってない?」


 そうだ、流石に外で待つのは暑すぎる。憲弘ひとりおいていったところで、問題ないだろう。LINEの感じだと予約したのは憲弘だろうし。そう思っての言葉だったが返ってきたのは意外な言葉だった。


「いや、今日はそういうわけにもいかないよ。なにせ、スペシャルゲストが来るからね。」


 そうきいて、駅のホームで見た人影を思いだした。


――そうであってほしくないと、鼓動が訴えて鳴りやまない。



――――――



 あえて聞き返さなかった。”スペシャルゲスト”が誰なのか。そこは重要じゃない。むしろ、誠也と憲弘が今日俺を呼んだ理由…それがその”スペシャルゲスト”に大きくかかわることなのだと直感で感じたからだ。それに――すぐわかることだ。


「久しぶりー」


 憲弘が到着する。


「いやぁ、JKばっかりで犯罪係数爆上がりだー」


「犯罪係数Over 300 Eliminater 執行対象です。セーフティを解除します。慎重に照準を定めてください。」


とまあ、憲弘と誠也のアニメネタを久々に見て安心する。


「本当に…」


変わらないな。と言いそうになってしまった。5年以上も何も変わっていないお前に、何も変わろうとしなかったお前にだけは言われたくない。そんな言葉が聞こえる気がして、言うのをやめた。


「さて、スペシャルゲストのおでましだ。」


憲弘が言う。やっぱり二人がグルだった。


「久しぶりだな、慎一。」


――無精ひげを生やし、低めの声の語りかけるような口調で俺の名を呼ぶ――


「政一先生……」


貫禄が増しすぎて、誰なのか気づかなかった。声を聴いてようやく気付いた。


「慎一は……かなり変わったなあ。肌白すぎるだろ。大丈夫か?」


 気づいていない。何も変わっていないことに。でもそれは言えない。恩師に、こんな生徒がいるって思ってほしくなかった。高校時代あんなに優秀だったのに、今ではひどい姿になり果てているなんて思ってほしくない。そうおもって、少し嘘をついた。


「自分、リモートワークがベースなので、どうしても家で作業することが多いんです。」


「そうか、ちなみに髪が長いのは趣味か?」


「いえ、切ろうかなって思ってたところです。」


 今はとにかく、政一先生に会えてうれしい。それと同時に、さっきまでの残像の不安が薄れていく。


「先生はお変わりなさそうですね。」


「なんだかんだもう10年近くもいるよ。毎年毎年転任するんじゃないかって思うが、結局そのままなんだよ。まあ、そのおかげで見えてきたものもあるけどな。」


 やっぱり先生は先生なんだ。と改めて思い知る。変わらない環境から何を見出すか。それを教えてくれる。


「旧交を温めるのも良いけど、そろそろ入ろうぜ。」


「飲みだ呑みだ!」


テンポよく誘われ、政一先生は二人に案内される。


「慎一も、暑いだろ。早く入れー。」


そうして先生も店内に消えていく。それに続くように店に入る。


――――伸ばした右手は空を切り、夕風に靡いた暖簾は空虚な俺を嘲笑った。


――――――2024年6月4日18時過ぎ


「こちらになります。」


 席に案内されるとやはり完全個室の掘りごたつ様式。黒を基調とした部屋のデザインがいる人の心地を穏やかにさせる。


「最初のお飲み物、お伺いします。」


「先生は何のまれますか?」


と最初に聞くのは誠也。


「じゃあ生で。」


「他は~?」


「俺も生で。」


とりあえず生、とりあえずね。


「ここの生って何ですか?」


「プレミアム・モーツでございます。」


「じゃあ、合計生4つで!」


憲弘が最初のドリンクオーダーを取りまとめる。


「かしこまりました。お手洗いは、ここを出まして二つ左に曲がっていただきましたら、突き当りに見えます。では、用意してまいります。」


――――ススゥーッ、トッ。


店員さんが両手で襖を閉める。


「んじゃあ、乾杯の前に少しだけ、今回集っていただいた経緯をお話ししましょうか。」


 と、かしこまって話し始める誠也。


「なんだ誠也。わざわざ俺を呼んだってことは相応の話があるんだよな?」


 と相変わらず空気感が違う憲弘。


「まずは、慎一と先生を会わせたかったこと。しばらくぶりだからね。それで、あの時の慎一にいったい何が起こっていたのか、先生の視点からもご解説いただきたかったのですよ。」


 少し間をおいて、


「んで、こっちが本題ね。俺に彼女ができたこと!」


 ドヤ顔でいうと、先生の視線は誠也ではなく俺の方に向く。しかし、俺はその視線が怖くて、誠也の方を向いて言う、


「何人目だ?」


「いや、初彼女だから祝えや。」


――――”スペシャルゲスト”を迎えて始まる酒宴に、店内の鮮やかな黒とは違う()が差し込んだ。



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