第三章 日が昇る 第一幕 陽光と喧騒
――――――2024年6月4日10時過ぎ
<ブゥーッ、ブゥーッ>
ん?
アラームなんてかけてない。そもそもこんな時間に起きる必要がない。起きていたところでやることもないのだから。
<ブゥーッ、ブゥーッ>
うるさいなぁ…。スマホ確認するのも面倒だな。そうして、かけていないアラームを止めようと、ノールックでスマホを触る。
「つながるんだ。」
と聞こえるのは、男の声。どうやら電話に応答するかどうかの画面で『応答』を押してしまったようだ。
「おーい。LINE見ろって!」
いったいなんだ。いきなり電話かけておいて、LINEを見ろという指図は。
「今日の昼までに、絶対返事しろよ。」
そういって電話を切られる。本当に一体何なんだ。そもそも誰なのかわからん。とりあえず、LINE開くか。
『誠也からの着信 通話24秒』
誠也か。LINEなんて、寝る前に一回確認したはず……
『遅すぎる目覚め(3)㊾』
は?なんかグループ入れられてるし、しかも通知ありすぎだろ。これのことか?
―――2024年5月11日―――
憲弘『ということで、久々に飲み会したいと思いまーす』
誠也『どこでやる?』
憲弘『今回は江北にある飲み屋かな~』
誠也『なんか候補ある?』
憲弘『海鮮系かな。前行った時よりもよさげな店見つけた』
憲弘『海鮮~最澄~ 江北駅前店 ページリンク https://……』
憲弘『どうよ』
誠也『あり。』
憲弘『完全個室だし』
誠也『ないす』
……
めっちゃいろいろ決まってる。日程については…
誠也『4日か、11、12ぐらいかな。時間は18時からでいいっしょ。』
憲弘『おっけ、11、12はライブあるで俺は4がいいかな。』
誠也『あとは慎一次第だろ。』
誠也『あとバンドマン感死ぬまで出すんか?』
憲弘『R.I.P. ベースとともに眠るって刻んでもらうわ。』
……
え?1か月前にこんなLINEきてた?
しかも、4日って………今日じゃね…?
まあ、やることないし。こいつらとの飲み会はいつも楽しいから。今日行くのも良いんだけど…
『今日行ける』慎一
とりあえず電話でも言われたし、返信する。しかしまあ、なぜこの二人が引きこもりの俺にこんなに構ってくるのかわからない。引きこもりなわけだから、何かが起きるわけでもないし、起こすつもりは毛頭ない。そんな人間の話なんか聞いても面白くないだろう。それとも……
―――高校の時の話をするのだろうか―――
三人で集まるときは大抵現状について話すことが多い。しかし、今回に限っては話すことが不明だ。
――――――2024年6月4日11時半過ぎ
一通りグループLINEを見返したが、49件中関係のあるLINEは場所と日程だけで他はただの雑談だった。
「あっついな……」
昇った日が出窓から差し込んで首を焼く。
「ずっと日なんか昇らなくていいのに。」
それと同時に、手に取ってちゃぶ台に投げおいた参考書を照らしていく。
「どれだけ頑張っても、結果として報われないときもあるんだよ。」
ぼろぼろの参考書は、使用者がどれだけ使っていたかをその姿で表している。必死だったあのころの自分をみて、強くそう思った。
本棚には大学受験の参考書だけではない……
ポケット六法、判例百選、基本書と言われる学者の書いた教科書のようなもの。そして、司法試験のための参考書もある
大学1年の時は弁護士を目指して、高校のことは忘れて、ひたすらに勉強していた……
が、それもすぐに続かなくなってしまった。この明晰夢がいつまでも根を張って、俺の生命力を吸い取っている気がする。
「なんで頑張れるんだろ。」
その疑問だけがずっとこころに残ったまま、正午を過ぎる。
――――――2018年6月4日16時過ぎ
6月の日の入りは遅い。この時間になってもなお紫外線が強い。外に半年も出ていないので、日焼け止めを塗らないとまずいことに気づく。
「服どうしよ。」
私服は綺麗に折りたたまれたまま、タンスにしまわれている。柔軟剤の香りが微かにするものの、タンスのにおいと混ざって、あまりいい匂いではない……
「ていうかなんか臭いな。」
自分が臭いことに気づいた。風呂は入っているのに臭い……自分のにおい?
布団に染み付いた自分のにおいが部屋に充満している。
――――ガララッ
出窓を開けると、半年ぶりの空気が部屋になだれ込む。それと同時に外のむさ苦しい暑い空気が部屋に入ってきた。
――――ガララッ ガタンッ
「暑すぎる。」
流石に冷房つけるかと考えたが、よくよく考えたらこの部屋は冷房がない。
――――あった。ピッ…
扇風機でどうにかするが、自分のにおいがより一層直に攻撃してくる。
もういいや、着替えよう。
白いTシャツに青のデニムっぽいズボン。まぁ、ただ三人で飲みに行くだけだし、こんなでも大丈夫だろ。
白のロングTシャツの袖に日焼け止めを塗っている。そうみえても仕方がないぐらい、肌が白くなっている。
――――――2024年6月4日17時過ぎ
江北は、大学とは違う方向にある。むしろ高校と同じ方面にある。高校の最寄り駅の次の駅だ。電車に乗る。それが久々なのはあるが、それ以上に、高校の方面に行くことが久々で、懐かしく感じる。
俺の家の最寄りは各駅停車しか止まらない。だから、不便って程ではないが、利用者が多いため、準急ぐらいは止まってもいいんじゃないかと、高校の時はよく思ったものだ。
―――「ガタンッ」
列車が動き出す。枠に切り取られた街の風景が、ゆっくりと流れていく。ちょっと物語の主人公っぽくなってみたくて、あえて西日の強い側に座る。
「眩しっ。」
こんなに眩しかったっけ。夕日にはまだ早いが、それでも何か、不思議な気分になる。きっと頑張れていたあの時は、この夕日に照らされている自分が、特別な気がして、なんにでもなれるって勘違いしていたのかも知れない。いうなれば、自分に酔っていたのだろう。
彼女がいて、高校の中では一番に勉強ができて、先生からの信頼も厚くて、そうして肥やされすぎた自尊心と、過剰な自信が、あーいう結果を生んだのかもしれない。だれも俺のことなんか心配していなかった。俺がどんな人間かも、誰も知らなかった。俺自身でさえも……
「まもなく~絹扶、絹扶です。お出口は左側です。列車とホームが離れていますので、お降りの際は、足元にお気を付けください。まもなく絹扶です。」
高校の最寄り駅だ
―――彼女の家がさらに二駅奥にあったので、家に送りに行くとき、車窓から高校が見えた。サッカー部がブラジル体操をやっているのも見えた。後輩がしっかり声を出しているか、聞こえない声を聞こうとしていた。
しかし、今日はサッカー部が見えない。まぁ、知っている後輩はもういないし、関係は……
ないことはない。政一先生が顧問をやっているはずだ。ただ、俺が卒業してからもう7年もたっているから、他の学校に転任していてもおかしくない。
「先生…変わってるんだろうな……。」
俺の記憶にある政一先生は、真っすぐで、それでいて理性的で、慎重でありながらも、時にはクラスを厳しく叱ることのできる人だった。そんな先生は今の俺を叱るだろうか。いや、二十五の人間に叱る人間なんていないだろう。自分で気づけよって話だろ。
「そろそろテストやばくない?」
「全然勉強してないんだけど」
「てか、部活きつすぎて、帰ったら寝ちゃうから、勉強できないし」
母校の生徒たちが電車に乗ってくる。よく考えたら時間帯的に下校時刻だ。下校時は同じ方面の友達が少なかったため、一人で帰ることが多かった。
――――つくづく惨めな気持ちになる。友人も多くない、高校生活をささげた勉強と、彼女に愛想をつかされた。高校生活の思い出そしてそれを引き継ぐ現在にいったい何が残っているのか。
――――――2024年6月4日17時49分48秒
江北駅に着く。駅のホームには何度も見た「目」、と落ち着いた茶色の、長めの髪が、駅に入る電車の風に揺れている。その人が改札口に向かう。
確かめる余地もなく、俺はただ電車が駅に停止するのを待つことしかできない。