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第二章 第四幕 それで?

――――――2018年2月14日15時35分15秒


 ついに明日は、稲田大学の試験日。私立は合計3大学受験させてもらい、そのうち山北大学については共通試験利用で受験することが決まっていた。東都までは新幹線でいき、祖母の家に一日泊まらせてもらうことになっている。

 卒業式前最後の登校日が終了する。とはいえ、私立受験で今日来ていないクラスメイトもいるが…

席を立とうとすると…


「はい。ハッピーバレンタイン。応援してるよ。」


そういえば、そうか。2月14日といえば世間ではバレンタインとかいう日なのか。まぁほとんどの人は、ローマ教皇ヴァレンタインが死んだ日なんて知らないだろうけど。


「ありがとう。やべえ…今日が何の日か忘れてた。」


「えぇー?教室内の雰囲気とかで察してよー。」


確かに今日は、みんなそわそわしている気がしていたが、それは試験日が近いからだと思っていた。


「いや、明らかにみんな試験日近いから、緊張してるだけでしょ。」


「確かにそうかもね。じゃあ、渡されるとき何も感じなかったの?明日の試験の方がドキドキする…?よね。」


何か言いたげだ。確かに、試験が近くて、最近俺自身も焦っていた。そのため、綾乃と一緒にいる時間は限られていた。


「違う。と言ったらウソになる。けど、綾乃のおかげで試験に対する不安も減ったよ。だからありがとう。」


綾乃はすでに受験を終えていて、合格発表が2週間後の28日にある。俺の名子大学の試験日は25日、26日だ。だから、後悔なく、名子大学を受けて、綾乃の合否を一緒に受け止めたい。


「じゃあ、またね。」


そういって、控えめに、気を遣って、他の女の子と帰宅していく。抱えた荷物の手は、力強く握りしめられていた。


――――――2018年2月14日19時45分39秒


 東都に到着し、祖父が迎えに来てくれるまでの間、時間があったので、


「うまっ。」


 箱を開け、いつの間にか口にしていた。甘い、しかし甘すぎない、ちょうどいいチョコレート。


『慎一なら大丈夫!絶対なんて言えないけど、慎一が信じて頑張ってきたことをやりきればいいの!だから、必ず笑顔で戦ってきて!』


「なんだよ…」


勝手に口からこぼれてしまう。チョコの先入観にとらわれた舌は、そのわずかな苦みを感じ取れなかった。


――――――2018年2月20日09時56分58秒


「あと三分!」


山北大学の合格発表がもう間もなく開示される。誠也と憲弘は一般試験で受験している。


「やっぱ、山北の英語マジでむずかったわ。」


そういわれても、俺は共通試験利用だからわからんのだよ。


「誠也落ちたんじゃね?」


「俺が落ちたら、お前も落ちるぞ。」


『憲弘浪人の道へ』


誠也が教室の黒板に書く。それに呼応するように憲弘も


『誠也県立からニートへ』


あと1分だってのに…


「あと1分だぞ。」


そういって二人を呼び戻す。


――――――10時00分00秒


一斉にサイトへアクセスする……あぁこういうタイプか。


RB2098 RB2099 RB2103 ……


自分の番号はRB2215。もう少しスクロール…おっと。RB2190台まで来たか。


RB2197 RB2211


っっ!!一気にとんだ。次の可能性もある…


RB2214


うっっ。次、なかったら滑り止めで落ちることになる……


RB2215


 よかった……本当に滑り止めで落ちたらシャレにならない…

 自分の世界に入り込んでいたが、隣の二人の歓喜の声が元の世界へ引き戻した。


「「よっしゃああああ!」」


 ほぼ同時。やっぱりこいつら仲いいな。と心の中でほくそ笑む。


「二人とも受かった?」


 わざとらしい質問を吹っ掛ける。


「受かったぜ。」


誠也はしたり顔だ。憲弘の方は―――


 自由登校期間中の教室内を走りまわり、黒板に大大と


『合格』


の二文字。憲弘は山北が第一志望だったんだっけ。そういえば英語の先生と、めちゃくちゃ勉強してたな。その努力が実を結び、見事に第一志望大学に受かったわけだ。さぞかしうれしいだろう。


 さて。と一息。滑り止めはちゃんと機能した。あとは、第一志望の名子大学に合格するだけだ。


――――――2018年2月25日07時24分16秒


 暖房のない部屋の空気が、単語帳をつかむ手を突き刺す。あぁ。もう慣れたものだ。寒いときに紙に触ると鳥肌が立つやつ。もはやそれも積み上げの結果だ。


「よし。」


 ただ一言、両親も姉も言うのは一言だけ。


「いってらっしゃい。」


「行ってきます。」


 暖房のきいた家から、冷たい外へ立ち向かう。


――――――2018年2月26日12時10分00秒


「しゅうりょうです。ただちにひっきようぐをおいてください。きょかなくひっきようぐをもっていたモノはふせいこういとみなし、すべてのしけんけっかをむこうとします。」


 外は曇り空。雪は降っていない。しかし、真っ白だった、ただ白が頭を埋めていた。聞こえるのは意味を認識できない声と、冷たく微かに、でも確実に進む、秒針の音だけだった。


――――――2018年2月26日23時34分59秒


「ごめん落ちたかも。」


綾乃に不安をこぼすのは何回目だろう。まだ結果が分かったわけではない。しかし、こういうのは感覚でわかるものだ。


「大丈夫だって!あとは結果を待とう?」


「もう無理だよ。」


そういって、綾乃にだけ自分の弱さを押し付ける。いや、受け入れてもらえる。そう信じている。


「もう、今日は疲れただろうし、寝よ?」


「うん。」


弱々しく返事をする。


「じゃあおやすみ。」


「おやすみ。」


そうして電話を切る。あおられる不安が増長し、激流となって出そうになるのを無理に堰き止める。


――――――2018年2月27日10時24分17秒


「それで、感覚としては受かったか?」


「微妙です。英語はいきなり解答用紙を問題と分離させようとしたら、解答用紙破いちゃいましたし。数学はやばいですね。」


頑張った。それだけで報われる世界なら、この世の人はみんな努力している。それでも努力しない人がいるのは、頑張るだけでは報われない世界だと悟ったからだろう。


「後期は静丘大学で小論文だけだが、行けそうか。」


 もうすでに政一先生は後期のことを口にする。それもそうだ、これまで小論文の対策を続けてきたのも、後期の静丘大学の後期試験が小論文だからだ。


「はい、今日来たのも、名子大学の受験報告を兼ねて、小論文を指導してもらいに来ました。」


さすがに国立を一緒に目指していた誠也は、受験直後ということもあってか来ていない。今日は俺一人だ。


「よし。じゃあ、小論文については俺からいえることはないから、残りの時間、やりきれ。」


「ありがとうございました。また静丘が合格したら、最後の進路相談させてください。」


「あぁ。楽しみしてる。」


先生が初めて言葉にした。結果に対する期待を。


――――――2018年02月28日10時00分05秒


 綾乃の合格発表。綾乃はこちらをじっと見つめている……?もうわかったのだろうか。合否は学校ごとに異なる。おそらく、自分の受験番号を入力したら即座に結果が出るタイプのやつだ。


「…受かったよ……!」


その一言。ただそれがうれしかった。彼女の努力が報われたこと。それが何よりもうれしかった。


「慎一のおかげだよ。ありがとう。」


だからこそ、


「それは俺のおかげじゃないよ。綾乃が頑張ろうって思って、その思いを行動にして、それを最後まで成し遂げた。だから、きっかけが俺であろうと、その努力は綾乃の思いのおかげだ。」


そういうと、


「それでも、ありがとう。慎一。」


綾乃が第一志望に受かった。次は俺の番だ。


――――――2018年3月9日09時55分54秒


 あと四分。周りには、政一先生、国語の先生、学年主任の先生もいる。教室ではなく廊下……廊下に先生が三人。寒さの残る廊下…コートはいらない。


「…………。」


沈黙が空気を支配する。


―――あと1分。


「さぁ。ようやくここまで来た。」


「あとは見届けるだけだ。」


先生たちの言葉を指先に載せ、スマホの画面をタップしていく。


『名子大学入学試験の合格者発表について』

→『名子大学入学試験合格者 法学部』

30501

30504

30508

30511

30512

30513……

スクロールしていくタイプか。一番緊張するやつだ。


「一番緊張するやつだな。」


俺の考えを先生が言葉にし、俺の緊張をほぐす。さぁ。どうだ。俺の番号は


『30537』


再度確認する。鼓動する心臓は意外にも軽薄で、大きな拍動はしない。


30501

30504

30508

30511

30512

30513


…強い。三人連続…。そんなことを思いながら見ていく。


30519

30525

30527

30528


そろそろ30台だ。


30529

30531

30539

30544

30547


……?


もう一度確認する。スクロールしすぎたのだろうか。


30531

30539

30544


俺の番号をもう一度確認する。


『30537』


 現実を直視する。それがこんなにも痛いことなのだと、初めて思い知る。今まで積み上げてきたこと、それは高校三年間にとどまらない。18年生きてきて、積み上げてきた努力、そのために費やした時間、お金、親とのけんか、綾乃とのすれ違い。継続は力なり、そう信じて費やしてきた努力が、こうも簡単に崩れていく。


 誰も何も言わない空気が痛い。机に突っ伏す。


「残念だが、頑張っていたよ。」


「最後までやり切ったんだろ?そうじゃなきゃ悔しくなんかならない。」


そういわれて、こころは軽くなる……はずもなかった。先生の言葉が信じられないのではない。自分の行ってきたことが信じられないのだ。本当に最後までやり切ったのか?それを自分に問うても、認めてあげたい自分と、認めない自分がせめぎあう。


「ありがとうございました。」


今の俺にはこれしか言えなかった…。

 国語の先生が聞いてくる。


「切り替えてやれそうか?」


「やります。」


とにかくこのこと、この気持ちを何かで埋めなくては、と思い。小論文にしがみつく。


――――――2018年03月09日22時39分49秒


「落ちた。」


三文字。忌まわしい三文字を口にする。それと同時に高校三年間がフラッシュバックするようで、涙が頬を伝う。


「もう無理だ。きつい。何も意味なかった。」


そんなことを電話越しに綾乃に言ってしまう。


「ねぇ。なんでそんなに弱気なの?」


慰めることなく、急に詰問される。


「弱気とかじゃなくて、もう無理なものは無理でしょ。」


「なんで卑屈になってるの?意味わかんない。だって、大学受験なんて通過点じゃん。そうやって先生も言ってたし。どの大学かどうかじゃなくて、大学でどうするかじゃん!」


全くの正論。それに対してみっともない反論をしてしまう。


「高校三年間を勉強に捧げたあげく、その勉強で結果が得られないんだったらもう俺は何を努力しても無理だろ。」


自分で言ってて自分の心を締め付ける。


「わかった。もういいよ。そうやっていつまでも不貞腐れてれば。私ももう無理かも。」


は?何の話してんだ?


「どういうこと?」


今回は撤回することなくそのまま聞く。


「もう別れよ。」


「え?急すぎない?」


「急でも何でもないよ。受験終わってから慎一、ずっとそんな様子でこっちも疲れたの。」


状況をつかめないまま、とにかく聞きたい。


「何がダメだった?」


ありきたりな質問。


「もっと芯を持ってて、真っすぐな人だと思ってたし、自立してて、私を不安にさせないような人だと思ってた。けど、最近はずっと、ダメだとか無理だとかそればっかり。なんとか助けてあげたかったけど。私じゃ助けられないし、きっと誰かがやることじゃないんだと思う。」


綾乃ははっきりと言う。なのに、情けなく曖昧に言う。


「距離置くだけじゃだめなの?」


必死にしがみつく。


「んー…それも考えたんだけど、別れた方がお互いのためになると思うんだよね。」


納得できない。いや、納得したくなくて、納得したら何もかもダメになる予感がして。

どれだけダサくても――――失いたくない。


「せめて後期試験が終わるまで…」


「ちゃんとお互いが成長して、それでもお互いが好きだったら、その時の二人にまかせよ?」


女は一度決めたらやり通す人が多い。特に恋愛に関しては別れようと決めたら、別れるまでやり抜くらしい。


「でも、私は慎一と友達ではいたいから、関係をゼロにしたくはないかな。」


それは、違う。それは男として、俺が嫌だ。別れた人と友達なんて考えたくもない。だから、


「だったらもう、縁切ろう。完全に。SNSも全部。」


それが俺に出せる最大の切り札だ。


「それは…。せめて一つだけでも残しておかない?何かあったときのために。」


綾乃の策略に気づくこともなく、


「もういいよ。俺が一方的に切るから。それでいいでしょ。」


「また不貞腐れてるし。もういい。じゃあね。」


――――プッ、プー、プー


失った。すべてを。高校三年間で手に入れようとしたそのすべてが、腕から抜け落ちていく。


――――――2018年03月21日10時00分00秒


静丘大学の合格発表日だ。なんだかんだ3月12日に受けた小論文の手ごたえは十分。まあそもそも点数の配分が、共通試験を350点換算、小論文が100点満点なので、共通試験をしっかりとっている俺にとって、小論文でそこそこ取れれば受かるだろうと思っていた。


後期試験は受験者数が少ないのですぐに自分の番号を見つけた。


『163115』


よっしゃ!ある!これをもって明日、最後の進路相談に行こう。


――――――2018年03月22日11時34分15秒


「こんにちは。」


「おぉ、こんにちは。ていうかもう卒業したんだし、制服じゃなくていいだろ。」


「いやぁ、まだ進路が確定したわけではないので先生には最後に教えてもらいたいですから。」


「よし、じゃあとりあえず座って。」


――――


「静丘は昨日合否だったよな?」


「はい。合格し(うかり)ました。ただ、改めて見ると、合格者多いですね。」


「そりゃあまあ後期試験だし、募集かけて合格した分だけ入るとは限らないからね。少しでも入る可能性を増やすために、多めに合格者を出す傾向にあるからな、後期は。」


「なるほど。確かにそうですね。」


「よかったよ。お前が静丘受かってくれて。もう合格実績に『静丘 1名(予定)』って書いちゃってたからな。」


「それはさすがに危なすぎますよ。」


「さて、それで。静丘と山北、どっちに行きたいんだ?」


「経済的には私立に行くとなると学費が高いのがネックです。けど、静丘に一人暮らしもお金かかりますし、何より入学式まであと1週間しかないので、住む場所とかすぐに探さないとですし。」


「んー。俺からすると、お前に合いそうなのは静丘大学だな。周りの人間的に、山北大学はキラキラしているイメージだからな。」


「それはそうですね。」


――――結局、山北大学に行くことになった。


2018年03月22日23時48分22秒


ずっと考えていた。後期試験の合格者が多いこと。


俺の努力が、小論文にしがみついて最後までやり切ってようやく手に入れたわずかながらの結果。確かな結果だと思っていた。


「多めに合格者を出す」


その事実が再び俺を、俺の積み重ねてきた努力を、高校の…三年間を否定する。すべてが結果の伴わない過程に過ぎなかった。そうとしかとらえられなかった。いや。そうなんだ。


俺は結局努力しても――――


実らないんだ。そしてその過程で手に入れたはずのものも――――


必ず失うことになる。







 

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