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第二章 第二幕 魔法という便利な言葉

 魔法。科学を突き詰めた究極的な技術。それを魔法というらしい。そうであるならば、突き詰めた科学である魔法はすべてを論理で導き、体系化できることになる。

 じゃあ、論理で説明できないものは?それも魔法というのだろうか。


――――――2017年9月27日16時20分過ぎ


 文化祭前日。俺のクラスは勉強ができる奴らが集まるクラスなのだが、ちゃんとした出し物を出す文化祭が初めてで舞い上がっているのか、みな有頂天になっている。

 俺は文化祭前日の独特な雰囲気に呑まれないように、あくまで冷静でいられるように、単語帳を制服のポッケに入れる。


「うん。安心する。」


一息ついていると、


「暇してんなら作った衣装試着してみろよ。」


憲弘か。しかし、衣装は可能な限り着たくないため、


「いや、衣装着まわすためにフリーサイズで作ったんだから試着する必要ないだろ。」


「論破すんなし。そうじゃなくてさ、お前に着てみてほしいんだけど!」


笑いながらそう言ってくる。 

 逃げ道を作ろうと、


「逆にお前が来てるところ見て…」


「えぇー!!!!慎一君が着てるところ見たい!」


まずい。一番聞かれてはいけない人物に聞かれてしまった内容な気がする…言いかけた言葉をもう一度紡ごうとするが、


「だって女子は、男子が女装してるとき見れないし、その逆もそうじゃん?今しかなくない?」


いやいやいや。お客さんとして1日目の性転換のタイミングで俺らのクラスに入ればいいだけなのでは?まあ俺が客としてクラスの女子がタキシード着てるところを見に行くなんてことできないが。ちなみに、2日目は普通のメイド喫茶で男子はタキシード。女子はメイド服を着ることになっている。


「いやあ、一応1日目に着るし、お客さんとして来れば…」


「そうじゃないでしょ!てかそもそも!自分のクラスにお客さんとしては来ないでしょ!」


まあそれは一理ある。だが、仕方なく着ている出し物の時と、今とでは状況が違う。仕事としてやるならまだしも、そうじゃないときに着ろなんてかなり我儘なようだ。


「それはそうだけど……」


考える。何か適当な手段――――


「じゃあ、前半が終わる、1日目の15時にちょっとだけならいいよ。」


よし、これなら出し物が忙しすぎて約束も忘れるだろう。


「わかった!じゃあ、明日の15時(さんじ)ね!絶対だよ。」


そういって綾乃は再び、メイド服の最終チェックに向かう。


――――――


「お前のせいで意味わからん約束できたわ。」


そう憲弘にぼやく。


「良いじゃん、俺なんか女の子との約束なんて今まで一回もないんだぞ!」


「それはそれは。ご愁傷様。」


互いに笑いあう。しかし、あそこまで嬉しそうに約束を交わされたのは初めてで、少しの高揚感と、本気じゃない約束のつもりだったことへの罪悪感が自分を悼む言葉となって口から出た。

 しかし、考え直してみると、綾乃は最初から俺と憲弘との会話を聞いていたとしか思えない。なぜなら、話しかける時点で俺が衣装を着る話を知っていたからだ。


「計られた…」


最初からこういう約束を目的にしていたのかもしれない。そう思うとなおさら、8月21日の昼、話をしてきたのが、()()()()感情を持っていると勘違いして仕方がない。


――――――2017年9月27日19時00分00秒


<ピピピピッピピピピッピ…>


「くっそ…」


書ききれなかった。英作文。なんだよ。


◆ 今後において、AIが発展していく世の中で人間がどのようにして生きていくか、AIにとって代わられる可能性のある職業を加味して述べなさい。


レベル高すぎだろ。考えるだけで時間を食われる。そんな問題だ。しかもそれを英語で書かせるとか


"Cynical"にも程があるだろ。


ガラガララッッ――――――


「もう閉めるぞー。」


学年主任の先生が鍵締めを始める。学校に残って勉強している生徒を応援したいのか、学年主任自ら鍵を閉めに来る。そんな高校だ。


「慎一、誠也、憲弘。さっさと片付けて帰れよー。」


「「「はーい」」」


 少し不揃いだが3人で返事をする。なんかこう、日が暮れて暗くなるまで学校に残って勉強することに快感を覚えつつあった。

 それに、2人と勉強してる方が俺はもっと頑張らないとって勝手に思える。だから敢えて家じゃなく、学校で残って勉強する。


「慎一、前借りてた参考書ありがと。返すわー。」


そういえば、使わなくなった参考書を憲弘に貸してたっけ。


「あぁ、別にそんなにすぐじゃなくてもよかったんだけど。」


「慎一〜、歩きながらでいいからこの問題意味わからんで教えてー」


「お前、俺のことAIかなんかだと思ってる?」


そういうと誠也は、


「確か前、お前のこと歩く六法とか言ってた女子がいたな。」


あぁ、国語の討論の時にそう言ってた奴がいたな。


「なんか、そんなこと言ってた奴いた気がするな。どう考えてもおちょくってるだろ。てか、今それを出してくるお前も俺のことおちょくってるだろ。」


「いやいや、それは被害妄想すぎる!」


「冗談だよ。」


 そう言って、2人と教室から出ていく。電気を消す。


――――――2017年9月28日10時00分00秒


<カランコロンッ>


 始まった。それと同時にドアが開く。廊下からは、開始前から、すでに他クラスや多学年の生徒がいることがわかっている。

 覚悟は決まっている。このメイド服で高校3年の文化祭を1日過ごすという、忍耐力の底上げトレーニング。そう思えばなんとかなる気がして、スタートした。


――――――2017年9月28日10時00分15秒


 ん…?


「慎一…最高に似合ってないな!」


と笑いながら言うのは政一先生。

いや、政一先生が来るんかい!いくら自分のクラスだからとはいえ、1番に来るんかい!


「えぇと…お席ご案内しますね?ご主人様ご来店でーす!」


 しかも、よりによってトップバッターは俺。

 さらにメイドは、要望がない限り、店から出るまで1人にずっと付くことになっている。マジかよ…


「ご来店ありがとうございます、ご主人様。本日のおすすめはこちらの水になります。」


半分冗談、半分本気混じりでそういうと、


「じゃあまずは、愛情たっぷりの水をもらおうかな。」


「それ、本気で言ってます?だって他にも色々…」


いや、他のメニューにはない要素が水にはあったのだ。そう、愛情を込める()()


「だってこれがおすすめなんでしょ?お客さん第一号なんだからお願いしますよー。」


いきなり敬語になる先生。なんかすごく気持ち悪い。先生に敬語を使われるのがこんなに気持ち悪いとは思わなかった。というのを他所に、


「それと、この()()()()()()オムライスもお願いしようかな。」


あれ?そんなのあったっけ………ん?んっ?!

()()()()()()オムライス♪』

この前の準備の時にはこんなの書いてなかった…しかも確かに水しかやらないみたいな話を誠也とも話してたはずなのに…?やばいやばい…硬直してる場合じゃない、とりあえず、


「承りました。他にご注文はございませんね?」


「ご注文はございませんか?じゃなくて?」


ちっ。オーダーを切ろうとしたのが丸わかりだったか…流石に先生相手には悪手だったな。

 苦虫を噛み潰しながら、


「では、ご用意してまいりますのでしばらくお待ちくださいね♪」


おぇぇー。語尾あげたらめちゃくちゃ気持ち悪くなった…これは、あれだ。かわいいかもなって思ってやってみたら想像を超えて気持ち悪くて鳥肌治らないやつだ。


「お願いします。」


半笑いで政一先生が言うと、その場を後にした。


――――――


裏方に行くと、誠也がオムライスを用意していた。


「うん。やっぱりお前似合ってないな。」


「それ、言われるの今日で2回目なんだが?」


先生にも言われ、誠也にも言われ、本当に似合ってないらしい。まぁそんなことわかりきったことだけど。


「お客さんどうだった?男?女?」


「それどころじゃねぇよ。政一先生だよ。」


少しイヤミったらしく言うと、誠也は爆笑する。


「お前っっっ……はははっはっはっぁぁ!お前、マジで運ないなぁー!」


まぁそれもそうだ。正直間の悪さや運の無さは昔からよくあることで慣れている。


「それよりも、あの『()()()()()()オムライス』はなんなん?この前メニュー表作ってる時あんなのなかったよな?」


「あぁ、あれね、俺と綾乃で話し合った結果、あまりにもメイド喫茶感があるメニューが少ないってダメ出しされて結局追加されたんだよ。」


……?たかが文化祭で徹底しすぎでは…?そう疑問を浮かべている俺の表情を読み取ったのか、


「だって、これは男女統一のメニューなんだからちゃんとやらないと!あと、慎一のそういうやつ見てみたいのもあるし!とかなんとか言ってたな。」


「はぁ…。」


一旦自律神経を整える。荒ぶり始めそうになった交感神経を収めるために、副交感神経により発せられる電気信号が、俺の体内で50m走0.02秒台で駆け巡る。


「はい、オムライスと水もってって、健闘を祈る。」


「はいはい、お前も後半はこの立場だからな…」


また毒を効かせながら言うと、さっさと行ってこいと促された。


――――――2017年9月28日10時07分24秒


 オムライスと水をお盆にのっけ、歩みを進める。違和感に気づく。


―――ケチャップかかってなくね?


 そしてテーブルに目を向ける。


―――これ、おれがかけるやつじゃね?


 気づいてしまった。気づきたくなかったのだが、お盆の上の黄色い物体の上に鮮やかな赤がないことに気づいてしまった。あぁ。何たることだ。そう考えているうちに政一先生のテーブルに着く。


「お待たせしました。()()()()()()オムライスと()()()()()()の水です。」


「じゃあ、この愛情たっぷりサービスお願いします。」


 先生も容赦がない。こういうのが苦手だってわかってて言ってくる。ここは仕事と割り切って…やる!


「では、込めさせていただきます。おいしくなぁ~れぇっ♡」


おヴェぇぇ~!!!!!きもすぎる、きつすぎる、死にたいっ!!


「あれ、ケチャップ忘れてない?」


あ。


――――――


時間が止まった。もう一度やらなければならないと考え、脳の思考回路がショートしたのか、ただ()()()()()()()()()()()()()オムライスを見つめる。


「さすがにもう一度お願いしますとは言えないな。」


政一先生もさすがに苦笑して自分でケチャップをかけようとする。しかし、何を思ったのか、


「おいしくなぁ~れぇっ♡」


 勝手に口から発せられ、すぐさま先生の手からケチャップを奪い取り、機械的にハートマークを描き上げる。なんとも鮮やかな赤が、オムライスを完成させた。唖然とする周囲をよそ目に、裏へとかけていく。まるで、赤く染まった太陽が沈んでいくように。


――――――


 なんだかんだあって、午前中の前半の表は何とかやり抜き、残りは裏方の仕事に回った。誠也と憲弘のメイド服姿を見るたびに吹き出しそうになるが、さすがに毎度笑っていては仕事にならないので、二人がいなくなったタイミングで他の友達と笑っていた。


――――――2017年9月28日14時55分41秒


 あと五分でこの性転換も終わる。午後は女子たちが転換して表裏を交代でやることになっているので、その間男子はフリーだった。しかし、男子どもはこぞって単語帳なり、小問題集なり、イディオム集なり。受験のことばかり。まあ、俺もその一人だったのだが…そんなこんなで、


<キーンコーンカーンコーン>


――――――2017年9月28日15時00分00秒


 ようやく終わった。文化祭一日目。安堵の息を漏らしているとやってきた。


「じゃあ、着替えてもらおっかなー」


 早すぎる。完全に狙っていたとしか思えない速さ。文化祭一日目は片付けもあまりないので自由解散となっていた。そのため、今教室にいるのは俺と綾乃、誠也、憲弘、そして男女2、3人ぐらいだ。


「わかったよ。じゃあ、ちょっと待ってて。」


――――――


「開けるよ~?」


「いいよ。」


 そういうと裏方に綾乃、誠也と憲弘が入ってきた。相変わらず二人は、にやけ半分、小ばかにするような笑い半分で妙に腹立たしい。


「慎一君すごっ」


「は?」


 思わず口から出てしまった。すごいとはなんだ。何がすごいのか全く分からんのだが。


「普段の雰囲気からは想像できないギャップがある!面白い!!!」


 まぁ、それもそうだ。そもそも人に対するイメージを壊すような着方をしているのだから当然だろう。そう考えていると、


「ありがとう……ほんとは嫌だったんだろうけどありがとね。明日のタキシード姿がもっと楽しみになったかもっ!!!」


――――うっ…


 今まで感じたことのない感情が心臓を貫き、その刃先から芽生え、育ちそうな予感のする何かが、(うごめ)いている。


「それは、どうも。」


 なんとも愛想のない返事をしてしまった。


―――嫌われただろうな―――


 そんなことが頭をよぎった。しかし、俺の返事とは裏腹に、


「うんっ。じゃあ、また明日!!!」


「また明日。」


 明日へと向かう太陽は、明日に持ち越しそうな輝きも一緒にもって帰っていった。


――――――2017年9月29日10時00分00秒


 2日目が始まった。とはいっても今日は何か特別なわけじゃない。タキシードを着て、普通に接客するだけである。まあ、しいて言うならば昨日の、


『明日のタキシード姿がもっと楽しみになったかもっ!!!』


 が頭から離れないだけである。

 そんなことを考えながら接客し、午前が過ぎていく。午後は女子たちのパートだ。


――――――2017年9月29日12時45分54秒


 昼ご飯を食べ終わって、憲弘と話しながら廊下を歩き、教室に戻ろうとすると、


「どぉー?」


 目の前に現れたのは、白と黒がベースとなってシンプルなはずのメイド服が、その着ている人のせいか、より華やかで、見る人の目を惹きつける。そんな印象があった。


「かわいいじゃんっ」


 隣で話していた憲弘が先に言う。しまった、先に言われた。だが、俺も人をほめる語彙力が乏しいわけではない。


「似合ってるよ。」


 たったその一言を発すると、綾乃は嬉しそうに飛び跳ねるように、横に一緒にメイド服を着ていた女子とこちらには聞こえない声で話しながら、教室に入っていく。


 けど……口元が「やった」と動いたように見えたのは、俺の希望的観測だろうか。


――――――2017年9月29日15時24分23秒


 昼のあのやり取り以降、綾乃とは話していない。単純に午後は女子が運営する時間だからというだけではない。正直、15時になったタイミングでまた昨日みたいに話しかけてくるかとばかり思っていた。なんか期待していた自分が妙に気恥しくなる。


 片付けがひと段落し、あとは粗大ごみを男子たちがゴミ捨て場にもっていくだけとなった。そこでようやく、話しかけられる――――?ようやくなんて、期待しすぎだなと自嘲しながらごみを両手にもつ。


「楽しかったねー。もう終わっちゃうなんてさみしい感じだよね。」


「まあわからなくはないけど、もうすぐ受験だし明日からは切り替えないとだね。」


 嘘をついた。明日からなんて普段は絶対に言わない。”明日から”は今日やらない理由を見つけているだけだと自分に言い聞かせているからだ。


「そうだよね。でも楽しかったのは慎一君が楽しもうと思ったからだと思うよ!」


――――不意に気づかされる。あぁそうか。そういうことか。きっとそういうことだったんだ。8月21日のあの日からすでに俺は、綾乃との時間を楽しもうとしていたのだ。


「ありがとう。綾乃のおかげで楽しい時間を過ごせたよ。」


「その言い回し、次会う時には死んでるやつじゃん!」


「いや、綾乃が気づかせてくれたんだ。時間を楽しく過ごすことを。だから『ありがとう。』なんだ。」


 綾乃は少し困った顔をしている。きっと冗談を言ったのに、真面目に俺が返したからだろう。きっとまた呆れられている。こいつは堅物だって。この不可解な感情は俺にも説明できないけど、それでも。


「綾乃。俺は綾乃と文化祭で関われてよかったと思う。だから、これからも関わってほしいし、関わらせてほしい。」


「なにそれ?告白?」


少しからかうような言い草で続ける、


「うん。私も慎一君と過ごす時間楽しいから、これからもよろしくね!」


 肩を並べて一緒にゴミ捨て場へ向かう。それまでの不必要な論理も一緒に投げ捨てる。

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