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Present for Past  作者: 松下村塾


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第五章 第二幕 橋

 何度確認しても―――自分の体は自分の身体である。


 なのに、今まで見たことないほどの鳥肌が全身を覆いつくし、青白くなっており、もはや自分の体とは思えなかった。


「慎一、幽霊になった?」


 俺のことを冗談だと思っている憲弘は、青白くなっている俺を幽霊呼ばわりする。しかし、自分の体を見て、そう思っても仕方がないほどである。


「お前こういうときぐらい真面目であれや。」


 なんだろう。すごく気持ちが悪い。酔いすぎたわけではない。生ビールとレモンサワー2杯と…あとジンだったかな。それぐらいしか飲んでないのに。


「今にも吐きそうな顔してるぞ。」


 自分のことでこんなに騒いでいる3人が珍しくて、少し可笑しくて、笑ってしまう。


「フッ」


「お前笑ってる場合じゃないだろ!」


 まぁ、みんなの様子を見る限り、そうなのだろう。仮に死ぬのだとしたらそれはそれでいいかもしれない。みんなに看取られながら死ぬっていうのは、みんなにとってもそうだろうし。家族がいないのは少し虚しいが…


 橋の街灯に集る虫の一匹が川に落ちて行った。


「やばい、死にそう。」


「お前マジで冗談言ってる場合じゃねぇよ!とりあえず休めるところ運ぶぞ。憲弘っ!お前も手伝え!」


 誠也が汗ばみながら俺をおぶろうとする。やっぱり誠也は良いやつだな。そりゃ、彼女ができない方がおかしいって…。


――――――


 気づいたらさっきいた橋が見える位置にある、公園のベンチに居た。ポケットに入れたはずのスマホがない気がするが、多分別のポケットに入れたのかもしれない。覚えてないけど。


「お前……。」


 なぜか誠也が涙ぐんでいる…。


「何?なんで泣いてんの?」


 事情がわからないまま、誠也が泣いている理由を探る。


「バカじゃねぇの?!死んでもやり直せるわけねぇじゃん!」


 理由もわからないままキレられても、どうしようもない。

 しかし、誠也の目には涙の奥に、怒りの炎があり、握りしめられた拳は血が滲みそうなぐらい、強かった。


「は?」


 憲弘と先生も、そしてなぜか一緒にいる綾乃も俺を憐れむような目で見ている。もはや誰かから憐れまれるのも慣れているし、蔑視されても何も感じなくなった…とはいっても知っている人にその目をされるのは応えるものがある。


「別に死のうなんて一言も言ってないけど…?」


 今の本心を告げると、嘘ついてんじゃねぇと言わんばかりの勢いで、俺のスマホを水戸黄門が如く見せつけてくる。見慣れたスマホのロック画面だ。一応メモがたくさんあるが、それがどうしたというのだろう。


「スマホ、ポケットから取り出したんだよ。落としたらマズイだろうから。すまねぇけど、その拍子に見えたんだよ、これが。」


 そう言ってロック画面にあるメモの一つを指さす。


「けどな、死に戻り…できたらできるかな。ってなんだよ。」


 そういえばそんなことメモしてたっけ。思い出している間に次の手が来る。


「『必死になった意味なっ。』は何なの?お前どういうつもりなん?」


 誠也がここまでキレているのを久々に見るのだろう。憲弘の顔が引き攣っている。

――だが、憲弘の顔には納得しているような雰囲気もあった。

――先生は複雑な表情をしているが、悲しそうで怒っているようで、きっと感情がぐちゃぐちゃになっている状態なのだろう。


「んー…どう答えるのが正解なのかな…。」


 ここにきて答える手札が全くない状態。確かにあのメモは俺が書いて、ロック画面にしたのも俺なんだが…正直気にしていないんだよな…。


「お前は"今"どう思ってるんだよ。ここに書いてあることは今も思ってるからロック画面にしてんのか?」


「いや…それいつ書いて、いつロック画面にしたか記憶にないんだよね。」


 割と本当のことを言っているが、なんでこれをロック画面にしたのかは記憶にある。


「そういうことを聞いてるんじゃない。」


 たしかに多少ははぐらかしたが、そこまで詰問してくるか…


「そりゃあ、今はそんなこと思ってないよ。死に戻りしてやり直せるなんて思ってないし、仮にやり直せたとしても同じ過程と結果を辿る気がするしね。」


 どの世界線でも俺はきっと、勉強はできるが頭は悪いだろうし、判断遅いし正確じゃないし、結果は見えている。


「じゃあ、なんで言ってくれなかったんだ。」


 何をだ?そう思って沈黙していると、


「なんで……俺らに相談したり、頼ったりしなかったんだ。」


 そういうことか。まぁたしかに相談しなかったのはよくなかったのかもしれない。けれど、


「知ってるか?とあるプロレスラーが言ってたよ。人を助けるよりも人に助けを求める方が勇気がいるってね。」


 そういって誠也の言葉に口先だけの反論をすると、誠也は閉口する。そうして次に口を開いたのは意外にも、綾乃だった。


「慎一さ。」


 綾乃が強く、真っすぐ、俺に言う。


「そうやって自分を正当化ばかりして、周りから逃げて、立ち向かわない自分も一つの正義だと勝手に思ってるよね。」


 綾乃の言葉が、俺の心を砕きに来る。今までの俺を全否定してくる。そんなことわかっている。わかったつもりになっている、それが嫌で…俺は立ち向かうのをやめたんだ。


「それに、慎一が言った今の言葉。助ける側が言うもので、助けられる側が言うものじゃないよ。」


 それもわかってる。全部。何もかもが俺にとっては言い訳でしかない。

俺はいつまでたっても、言い訳ばかり考えている『負け犬』で、

それを良しとしている阿保みたいに『脆弱な精神』で、

人から指摘されれば小手先だけの『正義』を振りかざして生きている。


――そんな『ゴミ』同然の生き物だ。


「慎一…ごめん。」


 誠也が謝る。


「もっとちゃんと、慎一のことを知るべきだと思っていた。なのに、慎一から引き出せなかった。それは、俺らのことを慎一が信頼しているかの問題じゃなくて、慎一と俺らを繋げようとしていたかだったんだ。」


 憲弘も頭を下げる。


「二人のせいじゃないよ。俺がどうしようもなくクソみたいな人間だから、二人がそういう風に接してくれていたことだけで嬉しいからね。」


―――けれど…


 なんで綾乃がこんな人間のことを好きになったのか、なおさらわからなかった。けれど、そういうことではなかった。


―――綾乃は…


 人間として自立しているような体裁を繕った、俺じゃないその人が好きだったんだ…。


「じゃあ、綾乃は俺の何を知ってるんだ?」


 綾乃に振り向いて問う。『俺のことを好きだったわけじゃないだろう。』という含みを持たせる。


「私も慎一のことはよくわからない。だってみんなの前と私といるときであまりにも違いすぎたんだもん。」


 やはりな…。綾乃は俺のことなんか好きじゃなかった。上辺の俺自身だけを好きだったんだ。


「じゃあ、なんで付き合ったんだ。なんでよりによって受験期だったんだ。他にもタイミングはあっただろ。」


「私にもわからないよ。だってそういうタイミングだったんだから…。」


 綾乃が逆に問う。


「じゃあ、慎一は私と付き合ったこと後悔してるの?」


―――どちらにせよ後悔したに決まってる。


 勉強を選べば、綾乃と付き合わず、大学受験には成功していたかもしれない。けれど、高校生活で残ったのがそれだけで、他に何もなかったって後悔する。しかも受験がうまくいかなかったら、本当に何も残らない。

 綾乃を選んだら、受験に失敗したという結果が残る。築き上げてきた綾乃との思い出も、その失敗に穢される。


「わからない。」


 綾乃が一度口を開いて、何かを言おうとしたがすぐにその口は閉ざされた―――そして、


「それじゃ…なんで死にたいなんて思ったの?」


 固く結んでいた口から、数秒後に紡がれた言葉は針のように刺す。

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