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Present for Past  作者: 松下村塾


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第四章 第二幕 涙と叫びと孤独と。

――俺のこと知らないくせに……


 そう言い放っても誠也、憲弘、先生との関係が簡単には終わらないと願っている。しかし、そんなことを言ってもどうしようもないこともわかっている。


「俺は……特別何かができるわけじゃない。なのに、なんで…?」


自分が一番、自分が怠惰であることを知ってるし、それを直そうともしていない。なのに、なんで…


「別に俺らは慎一に何かしてほしいから、そう言ってるわけじゃないよ。」


 誠也……。じゃあ、なおさら…


「慎一なら”もしかしたら”、みたいな期待とかじゃなくて、慎一自身がその自分の”もしかしたら”に向って行ってるのがかっこいいんだよ。」


 けれど、誠也が続ける言葉は予想もしない言葉だった。


「もう、今はそんなこと思ってない。今のお前は、何も……カッコよくなんてない。」


 この言葉に先生は、ハイボールを少しづつ飲む手を止める。

 俺はもちろん……言葉を失っている。そして、箸をおく。


「別にお前のこと嫌いなんかじゃないけど、そのままでいいって思ってるんだったら俺らは何もしないよ。でも変わりたいとか少しでも思ってるんなら言えよ。」


 珍しく語気を荒らげながら言うのは憲弘だった。俺はその言葉に再び箸を止めた。


 俺は――――


 変わりたいと願う。そのことに手を差し伸べてくれる友人がいる。

――答えは自分の中では明白だった。しかし、気づくのが遅すぎた。もっと前にも手を差し伸べてくれていたんじゃないかと考える。だからこそ、このチャンスを逃せばもう、この先ずっと変われないのだということを悟った。


――――けど、その一歩が踏み出せない。そうだ。もともとこの一歩が簡単に踏み出せるんだったら、今ここで友人からこう言われることもなかった。


「俺らは別に、慎一に期待してるとか、慎一を助けたいとかそういうわけじゃない。ただ、慎一がどうしたいのかを聞きたいだけ。」


 憲弘がさらに追い打ちをかけてくる。


 2人の言葉が刺さって、刺し通してきて、痛い。そして刺すことによって出てきた膿は、納得でも、観念でもなく……感情だった。


「俺は…ずっと好きなことをやっていたい。好きなことを仕事にしたかった。ずっとそうしてきた……法律家になりたくて必死に勉強してきた。それが無理だったから今度は公務員になろうとした、でも好きじゃないからやめた。それで一般就職しようと思った。でも無理だった。何もない自分が好きなことを仕事にしようなんて最初から無理だった。スタートが遅すぎた。公務員を目指すのも、一般就職を目指すのも、みんながもうインターンとか話している時にようやくだった。何もかもが遅かった。高校の時はいつも先頭にいた俺が、遅れをとってたまるかってそういうふざけたプライドで、みんなの前では戦ってる雰囲気だけ出して、何も結果は出せない…それどころか、元々目指してた夢も放り出して、結局何もない――――

 他の人みたいにもっといろんな経験をすべきだった。自分の好きなものにだけ固執して、世界を広げようとしなかった――――そんな自分が。自分の怯えが。自分の怠惰が。今の俺を形作ったんだ……」


 冷たい水滴が頬を伝う。泣き喚くでもなく、ただ独り孤独に涙を流す。


――――静寂に溢れかえる悲愴が慎一に纏う。


 一度拒絶された叫びをもう一度、しかし今度は恋人ではなく友人に向けて放つ。


「よかったよ。お前が人間で…」


 誠也が零した。


 自らの非を認め、それゆえ誰かに助けを求めるわけにもいかず、そうして誰にも自分(慎一)を打ち明けられず。自分の弱さを自分だけで抱え込んできた。それをようやく、誠也、憲弘、政一先生に明かす。


――本当は誰かに助けを求めたかった。誰かに救いの手を差し伸べてほしかった。自分だけでは自分のことをどうにかできなかった。そして――どうしようもないほどくだらないプライドが、それらを拒絶していたこと。そして断るたびに生じる後悔。


 ずっと閉じ込めていた、願望と矜持、解放と悔悟が叫びとなって出てくる。


「ようやく、お前が俺らに弱音を吐いてくれたな。」


 憲弘はそう言って、俺の弱音を受け入れてくれる。


 一方で政一先生はハイボールを飲み終えると、


「じゃあ、どうするんだ?」


 はっきりと聞いてくる。まるで現実の厳しさを教えようというような、しかし高校の時よりも鋭く、刺さるように。


「それは……」


 はっきりとは言えない。けど何かを…言い淀む。前とは異なる理由で。

 俺は、先生の質問に対する答えを持ち合わせていない。だから、


「旅に出ようと思います。」


「「え?」」


 正直思い付きに過ぎない。アニメの主人公だったらなんて言っているだろうとか、そういう思考回路で出てきたのが今の答えだった。けれど、今の俺に必要なのはいろんな人とかかわって、経験を積んで、世界を知って、自分を知ることなんだと直感した。


「目的は?」


 目的……それはもちろん、当てのない旅なんかじゃない。自分を知る、なんて何時でも終われる旅じゃない。


「人助けを、各県50回。47都道府県…アルバイトしながら合計2350回の人助けをしてきます。」


「期間は?」


 アルバイトしながら人助け…毎日1回人助けしたとして1県50日。1年で7県だから7年近くかかる…


「2年です。」


「言ったな。」


 言った。そう、男に二言はないとでも言いたげな表情で先生が言う。


「お前、そこまですんの?」


「普通に就活するって言うかと思ってたんだが。」


 2人の反応を見て、自分の言ったことを回顧する…


「それ以外ないってわけじゃない…けど、今持ち合わせてる答えがそれだった。ただそれだけなんだと思う。」


 そんな思いつきなんて明日にでもすぐに忘れる。そう言いたそうな雰囲気だ。俺を小馬鹿にするように、ホタルイカがこちらを見ている。


「やるからには最後までやれよ。無茶にやれとは言わないが、お前の意思ならそれを実現して見せろ。」


 普段にも増して威厳を放つ政一先生が面白かったのか、誠也と憲弘が真似して笑い合う。


「実現して見せろ、慎一。先生そんなキャラでしたっけ?」


「お前らなぁ、何年も同じ高校で進路指導してたらこうなるんだよ。」


「威厳って勝手に出てくるもんなんですねぇ」


 と少し小馬鹿にしたような口調で先生の話し方を笑う憲弘。

 

「これは、威厳なんかじゃない。慎一に対する戒めみたいなものさ。」


 戒め。生きている限りにおいて掲げた目標を一度も達成していない慎一にとって、この旅は戒めでもある。それを知っているのが先生だった。


「お前は周りの人間にいい影響を与えてる。高校時代だけじゃない。今だって、お前がいま掲げた目標で、熱くなっている友人がいる。先生がいる。お前はそれを気にせずにただ前を見て進めばいいんだ。」


 そう言われて、そんな気がしてきた。俺が頑張ろうとすると、周りのみんなもそれに比例するように頑張る。


「そういうことで。準備が終わり次第、明日にでも出発しようと思います。」


「最初はどこに向かうんだ?隣の県から少しずつ行くか?」


 最初は。俺の生まれ故郷でもある、万葉(まんば)県から北へ、海北道まで行き、南下していこうと思う。


「生まれの地、万葉から行くよ。」


 そこには小学校の時の友達がごくわずかにいるぐらいだ。東都からかなり近い町ではあるが、自然もあり、銭湯もある。バイトするならそこの銭湯もありかもしれない。


「じゃあ、2年は会えないな。」


「そうだけど、直近もほとんど会ってないし、前とあまり変わらない気がするけどね。」


 そんなことを言いながら、みんなと会えなくなるさみしさを紛らわしている。


「ところで、どうやって人助けしたって証明するんだ?」


 やるからにはちゃんとやった証として、形に残るようなものにしたい。そして、相手も断らないような方法…


「色紙に、助けた人のサインを書いてもらおうと思います。日付と、場所、名前を書いてもらって。」


 先生は驚いたような表情を浮かべる。


「じゃあ、1枚の色紙に50人分で、1県一枚。合計47枚の色紙を全国の人のサインで埋めてくるわけだな。」


「はい。」


 誠也がアゴちくわに醤油をつけながら、俺の発案に付け加えて言う。


「慎一が助けた内容も一言ぐらいで書いてもらったら?その方がどんな人と、どういうめぐり逢い方をしたのかすぐに思い出せるんじゃない?」


「それもそうだね。そうしよう。」


 この旅の目的は


―――『自分が言ったことをやり切ること』だ。


 


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