8・第一の聖女エスメラルダ【セレスティアSIDE】
一方、その頃──。
アルマを解雇にした、セレスティアでは……。
「エスメラルダ様! 万歳!」
私──エスメラルダが登城すると、多くの騎士によって盛大に出迎えられた。
「皆様、ありがとうございます」
そんな皆様に、私は微笑みを振り撒く。
私は子爵家の娘。
幼い頃からお金に困ったことはないけど、貴族の中では地位が低い。王城なんか、パーティーの時しか訪れたことがなかった。
それなのに今の私は大手を振って登城し、皆様が私に頭を下げる。
本来なら身に余る待遇だ。
私がこうされる理由は……。
「エスメラルダ、待っていたよ」
騎士の一団。
その奥から、一人の男が私に歩み寄ってきた。
「私もあなたに早く会いたかったですわ。サディアス様」
と──私は第一王子のサディアス様に笑いかけた。
サディアス様とは夜の城下町でお会いした。
その時の彼はほんのりと酔っていて、女を探していた。
第一王子なのに不用心すぎないか? と思わないでもないが、彼のこういった癖は今に始まったことではないらしい。
彼の行動に目を顰める者も多いらしいが、私にとっては好都合。
だって、サディアス様とそのまま一夜を共にし、こうして聖女として雇ってもらうことが出来たから。
私とサディアス様が対面すると、盛大に出迎えてくれた騎士が各々はけていく。
彼らだって、いやいやさせられていることは目に見えている。
当然の話だ。普通、こんなぽっと出の女相手に丁重に対応したくないんだろうし。
彼らはサディアス様の我儘に付き合っていただけ。
だけど、今に見てなさい。
私はこれを皮切りに成り上がる。
ゆくゆくはサディアス様と結婚する。そうすれば、私は王太子妃……いや、未来の王妃だ。
一介の子爵令嬢が、王子と結ばれる──。
そんな夢物語が現実になりそうなのを前に、早くも私は心が弾んでいた。
「今日から、君は聖女としてここで働いてもらうことになる。聖女の仕事は基本王城に住み込みだし、いつでも君と会えるね」
「嬉しいですわ。それで……なんですが」
きょろきょろと辺りを見渡す。
「第二の聖女であるアルマ様は、どこにおられるのでしょうか? 仕事を始める前に、ご挨拶差し上げようと思っていたのですが……」
「ああ……そのことか」
一転。
サディアス様は忌々しそうに顔を歪めて、こう続ける。
「アルマならクビにした」
「……はい?」
「第二の聖女になれと命令したら、彼女は拒否してね。反抗的な部下はいらない。だから、クビにした。まあ、元々代わりの効く人材だったから、特に問題はない。そうだろ?」
サディアス様は事の重大性に気が付いていないのか、私を見つめて首を傾げる。
──ちょ、ちょっと待って!
アルマ様をクビにした!?
彼女は第二の聖女として、第一の聖女である私をサポートする。だから、私も早く仕事に慣れられる。
そういう話だったんじゃ?
それなのにクビにしたって……いやいやいや! そんな話、聞いてないから!
確かに、私は“穢れ”を払う力がある。
だけど、家庭教師にちょっと教えてもらった程度で、アルマ様の足元にも及ばない。
私の力は路地裏にいるネズミ一匹の“穢れ”を払うくらいで、精一杯なレベル。
アルマ様みたいに国中の“穢れ”を払うなんて、出来るはずもない。
まあ……もっとも、サディアス様には『私の力は国中の“穢れ”を一瞬で払えるほど』と出鱈目を伝えているけどね。
それなのに、私が聖女になることを承諾したのは、アルマ様の存在があったからだ。
周りの人は言っていた。
アルマ様の聖女としての能力は、歴代最高。
この国が無事であるのは、彼女のおかげなんだ……と。
なのに、アルマ様をクビにするなんてとんでもない。
そのことが分からないほど、この男はおバカなんだろうか……?
「こ、このことは陛下は知っておられるのですか?」
「いや? 知らないよ。今のところ、僕くらいだろうね。一労働者の解雇事情なんて、いちいち報告してたらキリがないだろう?」
この男は、いちいち私を苛つかせる。
まあ……アルマ様をクビにするって言ったら、反対されるのは目に見えて分かっているからね……。
それが分からないのはこの男、サディアス様くらいだ。
「まあ、あんな過去の女なんて、どうでもいいじゃないか。今日は疲れただろ? 働くのは明日にして、今日のところは僕と過ごそう」
話は終わり。
そう言わんばかりに、サディアス様はそそくさと背を向け、歩き出してしまった。
「え、ええ……そうですわね」
頷き、彼の後を追いかける。
私の顔が引き攣っていたのを、彼は気付きすらしなかっただろう。