5・セカンドライフの幕開け
ウィリアムさんと別れた後、私はベイルズの街を歩いていました。
「活気に満ちていますね」
どこかしらから楽しそうな声が聞こえ、自然と晴れやかな気分になります。
道の両端には出店も多く立ち並んでおり、こうして歩いているだけでも楽しいです。
「とはいえ、私も早く働き先を見つけなければ。このままでは、寝泊まりする場所にも困りますし……ぱくっ」
と、ぼそりと呟いて、ベイルズ焼を食べます。
このベイルズ焼は、ベイルズの名産品。
もち麦粉に果実のピュレを練り込んで、丸く焼き上げた生地に砂糖をまぶしたお菓子らしいです。
出店に並んでいるのが美味しそうで、ついつい手を伸ばしてしまいました。
今のところは、こうして食べ物を買うことも出来ますが……いずれ、それもなくなります。
馬車の移動費でほとんど使ってしまって、残りのお金も心許ないですからね。
この街で生活基盤を築くためにも、お金を稼ぐ手段を考える必要があります。
とはいえ、解呪師として働くことにも抵抗があります。
いざとなったらそうする必要がありますが……せっかく聖女を辞めたのですから、このセカンドライフでは別のことがやりたいのです。
「……ん?」
頭を悩ませていると、とある一団に目が惹かれました。
「さあ、見てらっしゃい! 異国の珍しいものを取り揃えているよ!」
活気に満ちた声が辺りに響き渡ります。
人の群れを掻き分けながら進むと、そこでは一人の男性がものを並べて、声を張り上げていました。
「あの、すみません。これは……」
「街の外からやってきた行商人だよ。この街ではよく見る光景なんだ」
行商人!
近くの人に教えてもらい、私はますます興味が惹かれます。
異国のものを取り揃えている……と言っている通り、珍しい商品が並んでいました。
お金を無駄遣いすることも出来ないので、買うわけにはいきませんが……並んでいる商品を眺めているだけでも、ワクワクで胸がいっぱいになります。
「……あれ?」
ある商品に目が向き、私は声を零しました。
「あ、あの! すみません!」
「あぁん?」
勇気を出して行商人の方に声をかけると、彼は面倒くさそうにこちらに顔を向けます。
「そのぬいぐるみなんですが……」
私が気になった商品とは、熊のぬいぐるみです。
愛くるしいデザインで、老若男女問わずに人気が出そうだと思いました。
「お! これか! お嬢ちゃんはいいものに目を付けるね! 欲しいなら、すぐに──」
「それ、呪われていますよね?」
なんの変哲もなさそうな、ぬいぐるみ──。
ですが、よく目を凝らしてみると、全身から黒いオーラが漂っているのが分かります。
この黒いオーラは、呪いが表出した結果です。
もっとも、普通の人には見えませんが。
「おいおい、なに言いがかりを──」
「言い訳しても無駄ですよ。私には分かりますので」
真っ直ぐと、行商人の顔を見つめます。
すると彼は一転、忌々しそうに顔を歪めて、
「ちっ、気付きやがったか」
と小さく舌打ちをしました。
「お嬢ちゃん、呪いを見抜く力がありやがるのかよ」
「最初から分かっていたんですね。それなのに、どうして呪いのアイテムが混じっているんですか?」
「どけようと思っていたが、たまたま混じっていたんだ。売りもんじゃねえよ。それとも──」
行商人はニヤリと口角を吊り上げ、
「お嬢ちゃんがもらってくれるのか? 俺も騙されて、それを掴まされちまったんだ。もらってくれるなら、無料でもいいんだがなあ」
と、嫌らしい口調で言いました。
ぬいぐるみが呪われていることを知らなかったら、情状酌量の余地はありますが……この人は、知った上で商品を並べています。
あわよくば、誰かが知らずに手に取ってしまえばいいと考えいたのでしょう。悪質です。
本来なら、無料でも欲しくない代物。
だけど、私には問題ありません。
「本当ですか? 無料なら、ぜひ譲ってほしいです。とても可愛らしい熊のぬいぐるみですので」
「正気か……?」
怪訝そうに目を細める行商人。
「お前、呪いのアイテムがどういうもんか──って、俺には関係のない話だな。さっさと持っていってくれ」
しっしと手を払い、行商人が言い放ちます。
「では、遠慮せずに……」
ぬいぐるみを手に取り、私は浄化の力を発動します。
すると、あっという間にぬいぐるみを包んでいた呪いが消え去りました。
「いただきますね」
「ちょっ──」
すると行商人は目の色を変えます。
「ま、待て! 今、呪いを消したのか……? もしかして、お嬢ちゃんは神官か解呪師だったのか? 呪いがなくなったなら、話は別だ。返して──」
「おいっ!」
私に手を伸ばしますが、行商人の前に怒った顔をしたお客さんが立ちはだかります。
「てめえ、呪いのアイテムを並べてやがったのか!? 間違って、俺たちが手に取ったらどうするつもりだ!」
「そうよ! そうよ! 説明してくれるかしら!」
「あ、あわわ……」
怒ったお客さんを前に、行商人はたじたじ。私を止めるどころではなくなりました。
「さようなら」
その隙に、私はさっとその場を離れます。
「ちょっと悪いことをしましたかね?」
だけど、無料で持って行ってくれと言ったのは、あちらの方。
仮に呪いを払う──と説明しても、彼は信じてくれなかったでしょうし。
「それにしても、本当に可愛いぬいぐるみです」
あらためて、戦利品である熊のぬいぐるみを眺めます。
キュートな見た目をしています。呪いがなくなった今では、商品として並べれば、高く売ることも可能でしょう。
「いい街だと思っていましたが、悪い人もいるんですね。他にも呪いのアイテムが混じっているんじゃ……」
そこで閃きます。
呪われているアイテムを浄化し売れば、お金を稼げるのでは?
生活していくためにお金を稼ぐ必要がありますが、なにせ私は聖女のお仕事をしかやったことがありません。
他のお仕事がしたい……とも思いましたが、ノウハウもなしに始めても上手くいかないでしょう。
「……そうです。だったら、道具屋なんか開いてみたらどうでしょうか? 実は、そういうお仕事にも興味がありましたし」
問題は、店内に並べる商品ですが……問題ありません。
呪いのアイテムは、どこかしこに存在しています。その中には処理できずに、放置されているものも。
そのせいで困っている人もいるでしょうし、人助けにもなります。
いいことしかありません。
「こうなったら、話は早いです! 早速、行動に移りましょう!」
まずはお店を開くためにも、手続きをしなければなりません。
この街にも商業ギルドはあるでしょう。
私は早速、近くの人に聞き、商業ギルドに向かうことにしました。