38・聖女の奇跡
私たちは馬を走らせ、“穢れ”の王の足元まで辿り着きました。
「くっ……! 弱体化しているとはいえ、やはり濃厚な“穢れ”だな」
ウィリアムが顔を歪めます。
解呪師でなくても、はっきりと視認できるくらいの“穢れ”です。
周囲の人々の避難は済んでいるものの、遠くから悲鳴も。
王から放たれる“穢れ”によって、近くの建物や草木は腐敗していました。
……あまり、時間はかけられなさそうです。
「……っ! アルマ! 体勢を低くしろ!」
ウィリアムが馬の手綱を強く握り、急発進させます。
先ほどまで私たちがいた場所に、王が振るった剣が通過します。
空振った剣は近くの鐘塔に当たりした。大きな音を立てて、鐘塔が斜めに傾きます。
「これ以上、近付くのは難しそうだな。アルマ、ここから王の“穢れ”を払うことは出来ないのか?」
「残念ながら……」
王の体の中央にある核に、直接手が触れられるまで接近しなければ、“穢れ”は払えなさそうです。
ウィリアムは馬を王の周りに旋回させている間、考えていると、あるアイディアが閃きます。
「ウィリアム、飛べますか?」
「は?」
ウィリアムが私に振り向き、きょとんとした表情になります。
「王の“穢れ”を払うためには、王の体内に入る必要があります。核は王の心臓部分にあるようですから」
しかし王は巨大で、心臓部分に辿り着くためには、鳥のように飛ぶ必要があります。
「とはいえ、王の体は煙のようなもの。突っ切るような形になれば十分なんですが……」
「なるほど……だが、あまり長い時間はかけられないな?」
「はい。王の体は“穢れ”の塊。触れれば、それだけで死に至るような濃密な“穢れ”です。私も白聖結界を張りますが、どれだけ保つか……」
「分かった。君のためなら、何度でも飛ぼう。一気に突っ切るから……強く掴まっていろよ!」
「はい!」
返事をし、私はさらにウィリアムと体を密着させます。
ウィリアムが手綱を操り、馬の走る速度を上げます。
目標は──先ほど、王が倒した鐘塔。
私たちを乗せた馬は鐘塔を駆け上がり、ぐんぐんと高度を上げていきます。
猛烈な風が体を横殴りするかのように吹き、少しでも気を抜いたら振り落とされてしまいそうです。
やがて、鐘塔の頂上に辿り着き──馬は跳躍。
王に突進。
その体に触れた途端──体内に侵入を果たします。周囲に吹き荒れる“穢れ”を、私は白聖結界で防ぎます。
下から噴き上げる風により宙に浮いたような状態となりますが、ウィリアムは必死に手綱を操作し続けます。
「見えました!」
──“穢れ”の王の核です!
ここからなら──っ! いえ! まだ距離が足りません! 一発で仕留めるためには、もう少し近付き強い衝撃を与える必要があります!
「任せておけ」
ウィリアムは私の心情を読んだのか、そう頼りになることを言ってくれます。
「アルマ……俺の剣を、浄化魔法で包むことが出来るか? 俺がヤツの核を叩き斬る」
「出来ますが……これ以上、どうやって近付くつもりですか? もう一度、飛べるとでも?」
「言っただろう?」
振り向いたウィリアムの口元は、優しく微笑んでいました。
「君のためなら、何度でも飛ぶ──と。アルマ、俺に賭けてくれ。俺も、君を信じているから!」
「……はい!」
ここまできたら、出たとこ勝負です。
私は馬から振り落とされないように注意しながら、ウィリアムが右手で持つ剣に浄化魔法をかけます。
そして、ウィリアムは馬の手綱を私に預けた瞬間──その場から跳躍。勢いのまま、“穢れ”の王に向かっていきます。
「……長かった。ようやく、貴様に復讐を果たせるよ」
感慨深く言い、ウィリアムが剣を振り上げます。
神話の一幕のような光景を前に──私はエスメラルダさんから説明されたことを思い出してしました。
──セレスティアを照らす奇跡は、かの邪悪すら従え、災厄をもたらす者を沈めるだろう。
その奇跡をキース様は、“穢れ”の王を支配する力だと解釈しました。
いえ──キース様だけではありません。
教典を読んだ昔の人も、同じように考えていたのでしょう。
だからこそ、教典の続きは危険視され、秘匿された──と考えれば辻褄が合います。
ですが、私は考えました。
それは間違いなのでは?
『邪悪すら従え』という一文は、“穢れ”の王を倒す力。
聖女の奇跡は“穢れ”の王の災厄に打ち勝ち、この世界に平和をもたらすものじゃないか──と。
「これまで、何度この時を夢想していたか。“穢れ”の王よ。残念だったな。俺たちの……勝利だ!」
──剣を一閃。
王の“穢れ”を斬り裂き、勝利の剣は核に届きます。
両断された核は内部から闇色の光を発し、消滅。
苦悶の悲鳴を辺りに響かせ、王は崩壊を始めたのでした。