36・聖女のご登場
私とウィリアムは馬に乗り、セレスティアに急いでいました。
「セレスティアに近づくにつれ、“穢れ”が徐々に強くなっていきますね……」
そう呟くと、馬の手綱を握るウィリアムの背中から緊張感が伝わってきました。
新聖女であるエスメラルダさん……といいましたっけ? ──彼女がまともに機能していないだけかもしれないけれど、嫌な予感がします。
「そろそろ、セレスティアの王都に着く。長旅で疲れていると思うが……速度を上げるぞ!」
「はい!」
私も馬から振り落とされないように、ウィリアムの背中にしがみつきます。
そして、セレスティア王都に到着。
私が国を出てから一ヶ月ほどしか経っていないはずだけど、酷く懐かしい気分になりました。
「……どうやら、街中が慌ただしいみたいだな。どうして……──っ!」
ウィリアムが空を見上げます。
天を突かんばかりの巨大な生物。
まるで世界の破滅を告げるかのように、それは闊歩していました。
「ウィリアム、これは……」
「ああ、“穢れ”の王だ」
ウィリアムが歯軋りします。
──本当に“穢れ”の王が復活してしまったのです。
未然に防げれば一番よかったのですが……それには間に合いませんでした。
ですが、メルヴィンさんを捕まえてから、予想していた展開。
彼が口を割ったことは、セレスティアの王族にも伝わっているはずなのでしょうから。
強硬手段に出ても、おかしくはありませんでした。
「もう少し、“穢れ”の王に近付いてみるぞ」
「分かりました」
私たちは馬に乗ったまま、街の中に入ります。
本来なら簡単に街中に侵入できなかったでしょうが、今は緊急事態。門番もおらず、すんなりと入ることが出来ます。
“穢れ”の王に近付いていくのに比例して、周囲の“穢れ”がさらに濃くなっていきます。
「アルマ、君の力で“あれ”を払うことは出来るか?」
「……いえ、現状では厳しいでしょう」
“穢れ”の王を、王たらしめている所以。
王の体の中心から、『核』のようなものを感じます。
この核がの王を自律させ、より強い“穢れ”を発生させているのです。
「“穢れ”の王の内部にある核を破壊する必要があります。ですが、問題はそれに近付く手段がないということです」
「白聖結界を張って、無理やり突破するのは?」
「無理ですね。王の“穢れ”を完全に防ぎきれません。途中で結界が破壊され、“穢れ”によって私たちは殺されます」
せめて、今“穢れ”の王を包んでいる“穢れ”を弱体化させることが出来れば……。
そう考えていると、
「誰か──助けて!」
女性の叫び声が、鼓膜を震わせました。
気になり、私とウィリアムはその女性の元へと向かいます。
すると、そこにはフードを深く被った人間と共に倒れている、可憐な女性がいたのです。
「ど、どうされたのですか!?」
すぐに馬から降りて、女性の元へ駆け寄ります。
彼女の方がボロボロの外見でしたが、幸いにも目立った外傷はなさそうです。
「あなたは……」
女性が顔を上げます。
「自己紹介は後です」
彼女も心配だけど──問題は、一緒にいる男性の方。
体が濃密な“穢れ”で満たされています。ここまでの“穢れ”は、私ですら見たことがありません。
男性は“穢れ”によって体を蝕まれ、刻一刻と死に近付いていっています。
これも、“穢れ”の王の仕業でしょうか? だとするなら、この二人は……。
そこで男性が被っているフードがずれ、彼の顔が顕となりました。
「サ、サディアス!?」
一目見て分かります。
私を軽んじて、『第二の聖女になってくれ』と宣った人物──。
まさに、元凶たる人物が目の前にいました。
「サディアス殿下……か。確かに、式典などで一度は見たことがある顔だ」
後ろからウィリアムも、サディアスの顔を確認します。
「でも、なんでサディアスが……サディアスも“穢れ”の王復活に関わっていたのでは?」
「サディアス様は違います!」
疑問が渦巻いていると、女性が声を張り上げます。
「サディアス様は、キース様に利用されていただけ! サディアス様はキース様に利用されて、“穢れ”の王復活のための生贄となったのです!」
「ま、待ってください。キース様に利用されていた?」
キース様……というと、セレスティアの第二王子でしたね。
もっとも、体が弱いらしく、常に部屋に引きこもっているため、私もお目にしたことはなかったですが。
「一つずつ、説明してくれますか?」
説明を促すと、彼女は息を整えてから語り始めます。
そして彼女──サディアスの恋人、エスメラルダさんの正体と“穢れ”の王復活の経緯を知り、ウィリアムと共に驚愕します。
「教典には続きがあったんですね……」
印象的なのは、『聖女は唯一にして純白なり。二つあれば力は割れ、天は答えず』という一文。
サディアスはその教典の内容を知らず、二人目の聖女を雇おうとしていたんですね。
そして教典には、『セレスティアを照らす奇跡は、かの邪悪すら従え、災厄をもたらす者を沈めるだろう』という続きがあったということ。
確かに、その一文だけを読むと『奇跡』とは、『“穢れ”の王を支配する力』とも読めるのですが──。
「教典は聖女の力によって、国を守ることが主として書かれていました。それなのに、どうして真反対の不穏なことが書かれているんでしょうか」
違和感があります。
「アルマ、今は教典の内容を精査している場合ではない。今は……」
「は、はい、そうですね」
すぐに思考を打ち切り、私はすぐさまサディアスを包んでいる“穢れ”を払うため、浄化魔法を発動します。
「わたしたちを……本当に助けてくれるんですか?」
「勘違いしないでください」
エスメラルダさんにぴしゃりと言い放ちます。
正直、今でもサディアスには腹が立っています。
そして、彼の心を奪ったエスメラルダさんにも。
どうして、サディアスの命を助けなければならないの? と今でも少し思ったりも。
ですが──彼女の言葉を信じると、“穢れ”の王はまだ不完全。
サディアスの命を蝕むことにより、その体は完全となるでしょう。
ならば──サディアスを助ければ、“穢れ”の王を倒す足掛かりとなるのでは?
「もっとも、一度復活してしまったからには、ここでサディアスを癒しても消滅するとは思えませんが……弱体化させることは出来ます。そうなれば、私とウィリアムで“穢れ”の王の核に近付くことが可能となります」
これはあくまで、“穢れ”の王を倒すための作戦。
──私はもう聖女ではありません。
自分の感情を抜きにして他人を助けられるほど、出来た人間ではありません。
だからサディアスを助けるのは、謂わば私たちの都合のため。
“穢れ”の王を倒すには、少し気に入らないけれど、サディアスには生きてもらう必要があります。
「それに……サディアスには、一言文句を言ってやりたかったですからね! それも伝えられず、こんなので死なれたら困ります!」
しかし、“穢れ”の進行が進んでいるせいで、サディアスの命を助けられるかは五分五分といったところ。
ですが、私は諦めません。
額から汗が地面に滴り落ちようとも、私は彼の“穢れ”を払い続けました──。