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30・裁判の終わりに

 敗北したメルヴィンさんは項垂れたまま、決して顔を上げようとしませんでした。


 それもそのはず。

〈真紅の爪痕〉との繋がりが発覚した以上、彼に待ち受けるのはこれからの長い牢屋暮らし。


 もちろん、爵位も取り下げられるでしょう。

 人生の絶頂にあったメルヴィンさんが、一気に突き落とされる……今の彼の心情は容易に察せられます。


「あなたのせいです……」


 不意に。

 メルヴィンさんが、低い声を発します。


「あなたに、あの店を紹介しなければよかった。そうすれば、私はこんな目に遭わなかった。あなたは大した恩知らずですねえ? あなたの道具屋が成功しているのは、誰のおかげだと思っているんですか?」


 勢いよく顔を上げ、メルヴィンさんは私を睨みます。

 その瞳は激情を孕んでおり、思わず私は体がすくんでしまいました。


「彼女のせいにするな」


 ですが、ウィリアムがメルヴィンさんから私を守るように立ち塞がり、こう口を動かします。


「そもそも、貴様が悪かったのだ。小銭稼ぎで満足していればいいものの、あろうことか犯罪組織と関係を持った」

「それでも……っ! 彼女が反抗しなければ、私の罪は明らかにならなかった! 私は悪くありません!」


 法廷にメルヴィンさんの声が響き渡ります。


「アルマ、あなたには罪悪感がないのですか?」

「初めはありました。でも……」


 メルヴィンさんの裏の顔がどうであれ、彼がいなければ今頃、道具屋を開けていなかったかもしれません。

 それに対する感謝の気持ちはあります。


 しかし、彼は道を誤ったのです。

〈真紅の爪痕〉と関係を持ち、今まで多くの人を悲しませてきました。

 さらに大切なサビィのことまでバカにし、彼女を傷つけたことは到底許せません。


「あなたの正義が正しければ、私はあのお店を出るつもりでした。ですが……あなたの正義は間違っていました。牢屋の中で、しっかりと罪を償ってください」

「く、くそおおおおお!」


 断末魔を上げるメルヴィンさん。

 誰も、彼に同情する人はいませんでした。


 裁判所の職員たちが、メルヴィンさんを連れていこうとしますが、


「待て。俺からそいつに、もう少し聞きたいことがある」


 ウィリアムがそれを制し、再び彼に問いかけます。


「〈真紅の爪痕〉から、“穢れ”のアイテムを買い取っていると言っていたな」

「……その通りです」

「なら、どうしてそのような真似に手を染めた? “穢れ”のアイテムを欲しがる物好きは、少数のはず。他に売るとしても、中間マージンは大して期待できない」

「…………」

「個人的に、“穢れ”のアイテムをコレクションしているわけでもないな? 何故だ。何故、貴様は〈真紅の爪痕〉から“穢れ”のアイテムを買い取った」


 ウィリアムの問いかけに、メルヴィンさんはしばし沈黙。


 しかし、もう黙っていても仕方がないと思ったのか、ゆっくりと口を開きます。


「……セレスティアの王族が、“穢れ”のアイテムを欲しがっていたからですよ」

「セレスティア……だと?」


 ウィリアムが眉を顰めます。

 対して、私は一瞬声が出てしまいそうになりました。


 セレスティア──私の祖国。

 片想いしていたサディアスに「第二の聖女になってくれ」と言われ、腹が立って私はセレスティアを去りました。


 そんな因縁のある祖国ですが……どうして、今ここで名前が?


「ヤツらは、ある目的のために“穢れ”のアイテムを集めていたようでねえ。国内だけでは賄えなかったので、隣国の貴族である私に交渉を持ちかけてきたというわけです」

「どうして、セレスティアの王族が、“穢れ”のアイテムを集める必要がある? ヤツらは、一体なにをしようとしている?」


 重々しい雰囲気の中、ウィリアムが質問を重ねます。


 それを聞き、メルヴィンさんは渇いた笑いを零してから、やがてこう告げました。



「──“穢れ”の王です。ヤツらはセレスティアで“穢れ”の王を復活させ、世界を支配しようとしている」



 ──。


 この場にいる全員が、言葉を失います。


 十年前、ベイルズで猛威を振るった“穢れ”の王。

 その被害はのちに大災害として語り継がれ、今もなおベイルズ王国に爪痕を残しています。


「……っ!」


 ウィリアムは目の色を変え、二の句を継げないよう。

 一方、メルヴィンさんは高らかに声を上げます。


「私は成功者! 金なら腐るほどありますが、それでもこの世の全てを統べるまでには至らない! ですが、“穢れ”の王が復活すれば別! 成功した暁に、私はセレスティアの王族に加えてもらう予定でした!」

「…………」

「いい話でしょう? たかが一介の伯爵に過ぎない私が、世界の支配者の一員となろうしているのです! “穢れ”の王が復活すれば、このベイルズも戦火に焼かれる! その時、私にいくら謝ろうが、遅──」



「黙れ」



 一瞬、誰が言ったか分かりませんでした。


 次の瞬間──鈍い音が立つと、ウィリアムはメルヴィンさんに掴みかかっていました。

 その横顔は、未だかつて見たことがないほど、どす黒い怒りで染められています。


「なにを──ぐっ!」


 そしてその怒りの感情のまま、ウィリアムはメルヴィンさんを床に叩きつけます。


「貴様は、自分がなにを言っているのか、分かっているのか? 世界の支配者の一員になる? バカか。セレスティアの連中が、貴様との約束を守るはずがない」

「で、ですが……っ!」

「アルマは生きる価値がない人間はいない……と言っていたが、どうやら例外はあったようだな。今この場で、俺自身の手で始末してくれる──」


 ウィリアムの拳が握られ、ゆっくりと振り上げられます。

 突然の出来事に、場は空気が凍りついたように制止し、ウィリアムの行動を止められずにいます。


 ウィリアムの拳が、メルヴィンさんに放たれ──。


「待ってください、ウィリアム! やりすぎです!」


 咄嗟に後ろからウィリアムに抱きつき、彼の凶行を止めます。


「ここで手を上げてしまえば、さすがの殿下とて責任に問われます! 冷静になってください! それに……今のあなたは、あなたらしくありません」


 必死に訴える。


 固まっていたウィリアムでしたが、私の声が届いたのか、


「……すまなかった」


 とゆっくりと拳を下ろしました。

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