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3・隣国行きの馬車の中で

ここから短編版と少し変わってきます。

 聖女を辞めた私は王城を出て、王都の正門前に足を運びました。


「すみませーん!」


 出発しようとしている馬車の御者に声をかけます。


「こちらの馬車は、どこまで行かれますか?」

「隣国ベイルズの王都だよ」


 当たりです!


 この国──セレスティアではサディアスもいるし、もう楽しく暮らしていけそうにありません。

 そこで私が考えたのが、隣国に移住すること。


 隣国の名前は『ベイルズ』。

 移住者を広く受け入れ、発展してきた国です。

 国の豊かさではセレスティアには負けますが、最近ではグングンと力を伸ばしていると聞きます。


 そこなら、私も楽しく暮らせるかも──。


 そう思い、ベイルズ行きの馬車を探そうと思いましたが……一発目で引き当てました。

 幸先、好調です。


「私、乗ります!」

「ん? 別にいいが……隣国行きだから、値段が張るぜ? お嬢ちゃん、お金は持っているのか?」

「それくらいなら」


 御者の方に、そう頷きます。


 これでも、今まで聖女としてずっと働いてきたのです。

 忙しすぎて給金を使う時間もなかったので、溜まっていく一方でした。

 隣国に行く馬車の運賃を払うくらいなら、問題ありません。


「よし、分かった。ああ……そうそう。馬車に乗るのはお嬢ちゃんだけじゃないが、いいか?」

「先客がいるということですか?」

「そういうこった」

「構いません。話し相手も欲しかったですから」

「そりゃよかった。まあ、先客は口数の少ない男で居心地の悪い気分をするかもしれない──っと。余計なことを言いすぎた。まあ、乗り込みな」


 そう言って、御者の方が馬車内を指し示します。


 私はドキドキしながら、馬車に乗り込むと……そこでは片隅で、一人の男が片膝を突いて座っていました。


「…………」


 彼は私を一瞥しますが、すぐに視線を外してしまいます。


 歳は私と同じくらい。

 重そうな鎧を身につけています。剣も馬車の床に置かれていますし……冒険者の方でしょうか?


 挨拶を返しもらえなかったのは少し寂しかったですが、彼もあまり喋りたくない気分なのでしょう。

 私はペコリと先客の男に一礼し、彼の対面に腰を下ろしました。


 馬車が出発します。


「…………」

「…………」


 き、気まずい……。


 馬車に乗り込んでかれこれ一時間が経過しようとしていますが、先客の男は一言も発しようとしません。

 私も小窓から景色を眺めながら時間を潰しますが、限界があります。


「あ、あのー……」

「…………」


 意を決して話しかけると、彼は私に視線を向けました。


「あなたも、ベイルズに行かれるんですよね。セレスティアには、なにか用事があって立ち寄ったんでしょうか。それとも、あなたもセレスティア出身でベイルズへの移住を希望していると?」

「君には関係のない話だ。俺の素性を晒す気はない」


 それだけを言って、彼はまたもや私から顔を逸らしてしまいました。


 ……無愛想!


 だけど、私が悪かったかもしれません。

 馬車の御者の方にも『口数の少ない男』と説明を受けていましたし、彼を責める気にはなれませんでした。


 それに──どうしてでしょうか。

 そっけない態度を取られたばかりなのに、彼のことを嫌いにはなれませんでした。


「……あれ?」


 なんだか先客の男に興味が出て、彼を見ていると……その傍に置かれている剣に目が向きます。


「その剣は……」

「ん? これは俺の剣だ」


 短く答える彼。


「俺は冒険者だからな。剣を携帯していても、おかしくはな……ああ、そういうことか。危害を加えられると思っているのか。安心しろ。そんなつもりはななく──」

「いいえ、そうではありません」


 私は首を横に振ります。


「もしかして、今のあなたは体調が悪いのでは?」

「よく分かったな」


 驚きの表情で、彼が口にします。

 今までむすっとしていたので、ようやく表情を変わらせることができ、私は勝ち誇った気分になりました。


「実は……()()()()と戦ってから、体が重いんだ。とはいえ、他人に悟られないように努めていたんだが……どうして、分かった?」

「だって、あなたのその剣。呪われていますから」


 私がそう告げると、男はさらに驚いているようでした。


 呪い。

 私が聖女として払ってきた“穢れ”の一種で、他者への怨念が実害となって現れるものです。


 その効果は様々。

 人や魔物を凶暴化させるもの。不運を連続で起こらせるもの。ありもしない声や姿を見せるもの……。

 そして、中には他者の体調を変調させる呪いもあります。


 きっと、目の前の彼が体調の悪さを感じているのも、剣にかけられた呪いが原因でしょう。


「なるほど……確かに、そう考えれば腑に落ちる。俺としたことが、呪いに考えが回らなかった。しかし、よく気付いたな? 呪いというのは、普通の人には見えないはずだが……」

「い、色々ありまして」


 慌てて誤魔化します。


 ……聖女として王城で働いていたと言えば、なにか無用な問題が起こるかもしれません。

 セレスティアの聖女が他国に移住するなど、前代未聞ですからね。

 この方が、私をセレスティアに連れ戻す……ということはしないと思いますが、あまり言いたくありません。


「そうか」


 あっさりと答えて、彼はそれ以上追及してこようとしませんでした。


「しかし……困ったな。この剣は大事なもので、簡単には手離せないんだ。ベイルズの王都に着いてから解呪してもらおうにも、それまでこのまま気怠さを感じるのは億劫だし……」

「それなら心配ありませんよ」


 にっこりと微笑みます。


 私は転ばないように、ゆっくりと彼のすぐ前まで移動します。彼は怪訝そうにしていましたが、それを遮ったりはしませんでした。


「一体なにを……」

「私に任せてください」


 そう言って、私は呪われている剣に浄化魔法をかけます。


 ──呪い……つまり“穢れ”を払うのは、私の専売特許。


 今まで払ってきた“穢れ”は、下手をすれば国全体に災いが降りかかる強力なものもありました。

 それに比べれば、この剣にかけられている呪いは子供騙しみたいなもの。


 浄化魔法を終え、私は手を下ろします。


「呪いを浄化しました。もう大丈夫です」

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