28・裁判
そして、とうとう裁判当日を迎えました。
ウィリアムと共に裁判所に向かいます。
最初はサビィちゃんも……と思いましたが、『お店はサビィに任せて、ご主人様たちはあの悪徳貴族をぶっ倒してくれにゃ!』と快く送り出してくれました。
彼女のためにも、絶対に負けられませんね。
そして裁判所に着くと、
「驚きましたよ」
ウィリアムを見て、メルヴィンさんは目を丸くしました。
「まさか、あなたが王子殿下と繋がりがあるとは。これは、計算違いです」
「白々しいことを言うな」
ウィリアムは腕を組み、敵意をこめてメルヴィンさんを睨みます。
「貴様ほどの裏工作に長けた人間が、俺とアルマの繋がりに気付いていないはずがない。知った上で、勝負を受けたんだろう?」
「はて……? なんのことですか?」
しらばっくれるメルヴィンさん。
コホン、と一つ咳払いをして。
「ですが、これは私にとって幸運です。何故なら、殿下の前で私の身の潔白が証明されるのですから。どちらが正義か、殿下はとくとご覧になってくださいませ」
恭しくメルヴィンさんは一礼して、その場を去っていきます。
ウィリアムを前にしても、余裕の態度を崩しませんでした。
「飄々としたヤツだな。気に入らん」
「まあまあ、ウィリアム。裁判が始まる前から、怒りで冷静さを失ってはいけませんよ。今は裁判に集中しましょう」
「うむ」
頷くウィリアム。
裁判所の控え室で資料の見返しを行ってから一時間後──法廷に移動し、とうとう裁判が開始されました。
「これより両者の証言を求めます。あなたがたには黙秘の権利がありますが、偽証があった場合には罪に問われる可能性があります。裁判の公正を期すため、真実のみを述べることを誓いますか?」
裁判官が私たちに問いかけます。
私とウィリアムは同時に頷き、向かいの席にいるメルヴィンさんも同じように首を縦に振りました。
「では、始めましょう」
威厳のこもった声で、裁判官は概要を読み上げます。
「まず、今回の裁判では、メルヴィン伯爵による道具屋ユキのしっぽ立ち退きの一件が、妥当であるかを争うものとします。
アルマはメルヴィン伯爵より当該物件を借り受けており、メルヴィン伯爵は彼女へ即刻退去してもらうように勧告しています。
退去勧告は法廷の期間を順守しており、手続き上は問題ありません。こちらで相違ありませんか?」
「異議あり。メルヴィン伯爵が所有権を主張する当該物件は、十年前の大災害の混乱に乗じて無断で占有されたものだ。従って、当該物件の所有権はメルヴィン伯爵になく、ゆえにアルマが彼の命令に従う義務は存在しない」
ウィリアムが異議を申し立てます。
「うむ……仮に所有権が認められないとするなら、メルヴィン伯爵による退去勧告の正当性は失われることになりますな。伯爵、なにか異議はありますか?」
「もちろんです」
メルヴィンさんは口元にうっすらと笑みを浮かべて、優雅に席から立ち上がりました。
「確かに、当該物件は十年前の大災害において、私が占有したものです。ですが、それは所有者も継承者も亡くなり、宙に浮いていた物件を管理してあげただけ。なにも、やましいことはありません」
「筋は通っていますな。だが、だからといって勝手に占有するとはいかがなものか。それだけでは、所有権を認定できません」
「十年前……といったでしょう? ベイルズ王国法、第十七条においてはたとえ無断で占有していたとしても、十年間、なんのトラブルもなく他者からの異議の申し立てがない場合、所有権が占有者である私に移ります。退去勧告は適切なものであると主張します」
すらすらと述べて、メルヴィンさんは再び席に腰を下ろします。
おそらく、似たような裁判をこれまで何度もやってきたのでしょう。
裁判官に主張するメルヴィンさんの姿は堂々としたもので、手慣れた印象も受けました。
「うむ……こちらでも事前に調査していましたが、この十年間、メルヴィン伯爵が当該物件の占有を続けていたことは間違いないみたいですな。メルヴィン伯爵の主張は正しい」
裁判官の言葉に、傍聴席にいる人たちの間でどよめきが起こります。
その中には、今までメルヴィンさんに違法すれすれのことやられ、泣き寝入りした方もいると聞きます。
ですが、今回は相手が第一王子のウィリアム。
裁判において百戦錬磨のメルヴィンさんが、初めて黒星を付けられるのではないか……と期待していた者もいるはずです。
なので、メルヴィンさんの澱みない主張を聞き、傍聴席にいる人たちの間で一気に機運が下がります。
それほど、メルヴィンさんの論理には付け入る隙はなさそうに見えたのでしょう。
「ふふっ」
その反応を受けて、メルヴィンさんは気持ちよさそうに鼻を鳴らします。
「では……アルマ、ウィリアム殿下側により異論がなければ、定められた勧告期間の満了をもって、物件から退去する義務を履行せざるを得ませんが……」
「もちろん、異議ありだ」
ウィリアムがすっと手を上げます。
──ここまでは予想できていた展開。
メルヴィンさんの主張は『十年間、建物を占有していたのだから、所有権はこちら側に移っている』というもの。
当時の記録も残っておらず、元の所有者と継承者も確かに亡くなっていました。
このままでは、メルヴィンさんの牙城を崩せませんが、私たちがなんの勝算もなく裁判に臨むわけがありません。
「確かに、ベイルズ王国法にのっとれば、メルヴィン伯爵は当該物件の所有権を有している。だが、特定の条件下においては、それを無効と判断できる場合があるんだ」
「例外……?」
ウィリアムがなにを言い出そうとしているのか分からないのか、メルヴィンさんが首を傾げます。
次に、ウィリアムは法廷の出入り口へと視線を向け、
「今回の争点について、重要な証人を呼んでいる。入ってくれ」
そう指示を出すと、出入り口の扉が開かれ、一人の人物がゆっくりと証言台に歩を進めました。
「ま、まさか……っ!」
証言台に立った人物を目にして、メルヴィンさんが顔色を変えます。
「よお、久しぶりだな。伯爵」
メルヴィンさんに気軽に挨拶をする彼。
〈真紅の爪痕〉のボス──エドガーはメルヴィンさんの方を見てニヤリと笑いました。