27・呪毒
メルヴィンさんとの裁判は、一ヶ月後に決定しました。
その間、私はお店を営業する傍ら、ウィリアムと一緒に裁判で勝つための証拠集めをしています。
これも、サビィちゃんがいなければ、出来なかったことですね。
しかし正直、芳しくありません。
メルヴィンさんの自信を裏付けるかのように、いくら探しても、彼が不正を働いている証拠は見つけられないのです。
『だから言ったでしょう?』
……と実際に言われたわけではありませんが、メルヴィンさんがほくそ笑んでいる光景が想像できて、私はますます焦ります。
そして、裁判も一週間後に迫ってきた、ある日。
私はウィリアムに、王城まで呼び出されました。
「どうしましたか? ウィリアム。もしかして、裁判の証拠がなにか見つかったんじゃ……」
「いや」
渋い顔をして、ウィリアムは首を横に振ります。
「そちらは進展がない。大災害当時の役員も、ほとんどが辞めてしまっている。そいつらの行方を探すだけでも困難だ」
「そう……ですか」
うーん、残念ですが、あまり暗い顔をしていては頑張ってくれているウィリアムに失礼です。
そう思い、私は顔を上げます。
「では、一体?」
「ふむ……実はだな」
深刻そうな顔をして、ウィリアムが話し始めます。
「エドガーを覚えているか?」
「もちろんです。〈真紅の爪痕〉のリーダーでしたよね」
「そうだ。そいつは現在、王城の地下牢屋に閉じ込めている。尋問を続けていたが……そこで少し困ったことがあって、君に相談することにしたのだ」
「困ったこと?」
「ここからは見てもらった方が早いだろう。付いてきてくれ」
ウィリアムは私に背を向け、歩き出します。
首をひねりますが、置いていかれないように急いで彼の後に付いていきました。
私たちは王城の階段を下っていき、地下牢屋に足を踏み入れます。
地下牢屋では、多数の犯罪者が囚われていましたが、ウィリアムはそれらを一瞥すらせず、さらに先へと進んでいきました。
そして、ウィリアムが立ち止まった先に──彼はいました。
「ほお……珍しい客だな。そっちのお嬢ちゃんは、あの時にいた解呪師か。王子殿下とそのカノジョが、一体こんなところになにをしにきた」
エドガーです。
彼は、牢屋内の簡素なベッドでぐったりと横になっており、顔だけを私たちにに向けました。
「貴様に用事があったからに決まっているだろう」
私のことをカノジョ──と勘違いされているのに、ウィリアムはそれを指摘せずに、エドガーに敵意を向けます。
「ウィリアム、これは……」
「ああ。ヤツは毒を盛られた」
ウィリアムがそう口にします。
確かに、今のエドガーの顔色は悪く、あの時に出会った人を小馬鹿にしたような彼の面影はありません。
息も絶え絶えで、意識を保つだけでも辛そうです。
ですが。
「毒? ここは牢屋の中ですよ。一体、誰がそんなことを?」
「看守の一人だと考えている。ヤツに恨みのあった人間が……はたまた別の理由か……不明だ。行方は追っているが、数日前から忽然と姿を消してしまった」
淡々と語るウィリアム。
なるほど……だから、今のエドガーはこんなに苦しそうなんですね。
ですが、そうだとしても、どうしてウィリアムは私をここに連れてきたんでしょう。
私も少なからず、〈真紅の爪痕〉と因縁があるから?
いえ、それだけでわざわざ私を呼ぶ理由がありませんし……。
そこで私は鉄格子越しに、ある事実に気付きます。
「これは──“穢れ”。毒は毒でも、呪毒ですか。だからウィリアムは、私を呼んだんですね」
呪毒。
その名の通り、毒と似た性質を持ちながらも、実は呪いの力で魂を蝕む恐ろしい症状。
呪毒がただの毒と違って厄介なところは、通常の治癒魔法が効かないことです。
それなのに症状は通常の毒と同じなため、呪毒だと気付かれないまま命を落とす者も多いといわれています。
「一目で分かるか。やはり、君を連れてきてよかったよ」
少し驚いた様子で、ウィリアムが言います。
「他の解呪師の見立てでは、エドガーの命はもってあと一週間……いや、三日も保てばいい方らしい。解呪も不可能だった」
「なんてこと……」
「ヤツにはまだまだ喋ってもらいたいことがある。そこで、君にヤツの呪毒をなんとかしてほしいと思ってな」
「はっ!」
ウィリアムが喋っていると、エドガーが突如、吹き出します。
「俺を助けるっていうのか? 大悪徳の俺を? 俺はもういいんだ。糞みたいな人生だったが、これも因果応報だろう。俺はこのまま、なにも喋らずに死ぬ。言っておくが、どんな拷問をしても無駄だぜ?」
頑なな態度を続けるエドガー。
彼の決意は本物で、力押しではどうにでも出来ないと感じさせるものでした。
エドガーは罪人。
今まで、たくさんの人を悲しませてきたでしょう。
いくら喋ってもらう必要があるとはいえ、彼の命を救うのは抵抗がありましたが──。
「ウィリアム、私をエドガーのところまで連れていってください」
「分かった」
そう語ると、ウィリアムは頷き牢屋の鍵を開けます。
ウィリアムと共に、私はエドガーの前に立ち、彼へ浄化魔法をかけます。
「……はあ?」
目を丸くするエドガー。
「お嬢ちゃん、どうするつもりだ?」
「あなたの呪毒を癒してさしあげるつもりですが?」
「本気で言ってんのか? 俺を生かして、洗いざらい喋らせるつもりか?」
「はい、当たり前でしょう」
エドガーのやったことは許されざること。
今の彼より、もっと酷い目に遭った人もいるでしょうし、毒を盛られたからといって許す理由にはなりません。
「だったらさっきの話、聞いてないのかよ。命が助かっても、俺はなにも喋る気はないぜ」
「でしょうね」
「だったら……! どうして俺を、助けようとなんかしやがる! 俺は生きる価値なんてないんだよ!」
苛立っているのか、エドガーは声を荒らげます。
相当辛いのか、額には脂汗が浮かんでいました。
彼を助ける理由──。
それは私だって、明確には分かりません。
ですが。
「私、今のあなたが大嫌いなんです」
「嫌い?」
きょとんとするエドガーに、私の胸の心情を吐露します。
「人を傷つけてなお、その態度。私が最も忌むべき存在です。ですが……サビィちゃんが傷つけられようとした時、あなたは他の仲間から彼女を助けたと聞きます。そのお礼もありますからね」
「商品の価値が下がるのが嫌だっただけだ。仲間が連れてきただけとはいえ、あの獣人を俺は解放しようとしなかったんだぜ? ほら、どうしようもねえ男だろ」
「はい、あなたの罪が許されるわけではありません。だから……これはただの、私の好き嫌いの問題。私は『生きる価値がない』っていう人が大嫌いなんです。どんな大悪党でも、そんな人間はいないと思うから」
「嫌いって言うなら、ますます助ける理由がねえ」
「いえ、違います。今のあなたは、やっと死ねると思っているのか、すっきりした顔をしていますね。そんなの許しません。私、そういう嫌いな人間の鼻をあかしたいんですよ」
呪毒の浄化も佳境に差し掛かっていました。
私はさらに、浄化魔法に集中します。
「あなたは元々、優しい人間だと思うんです。ただ、道を誤ってしまっただけ。だから、自分で自分のことを生きていても仕方がないと言わないでください。あなたにはあなたで、生きる価値があります」
「俺に……生きる価値……」
私の言ったことに、エドガーは思うところがあったのでしょうか──口を閉じます。
やがて。
「終わりました」
──浄化も終え、エドガーの呪毒も完全に癒えました。
「…………」
戸惑っているのか、エドガーは自分の両掌を見つめます。
「本当に……治ったのか?」
「ええ。お気分はいかがですか?」
「……爽快な気分だよ。お前みたいなバカな娘の顔も、よく見える」
『バカ』と言われて、少しむっとします。
ですが、それは人を見下すような類ではなく、友人に向けて軽口を叩いているような印象を受けました。
もしかしたら、これが彼の本来の姿なのかもしれません。
「……アルマ、ありがとう。礼を言う」
とウィリアムが私に頭を下げてから、
「彼女に命を助けられたからと言って、エドガー──貴様のやるべきことは変わらない。明日から尋問を再開する。覚悟していろ」
エドガーに冷酷に言い放ち、私と共にその場を後にしようとしますが──。
「待ってくれ」
それをエドガーが制します。
「なんだ?」
「……絶対に喋るつもりはなかった。だが、お嬢ちゃんにここまで言われて、いつまでも強情張ってる自分がバカバカしくなってな。あいつも気に入らねえし……」
あいつ?
誰のことでしょう。
疑問に思っていると、エドガーはゆっくりと真実を語り始めました。
「俺は──」
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