23・奴隷の少女
「獣人族の──奴隷か」
牢屋の中に入れられている彼女を見て、ウィリアムがぽつりと声を零します。
獣人族。
私たち人族よりも、身体能力に優れた種族。
ですが一方、獣耳や尻尾といった特徴のせいで、理不尽な差別を受けることも多いのです。
そのため、獣人族のほとんどは人族と離れて生活している者も多いと、同時に聞いたことがあります。
なので、私も獣人族を目にすることはこれで二度か三度目くらい。
「他の牢屋にも、誰かがいた痕跡があります。おそらく、〈真紅の爪痕〉は金品を強奪するだけではなく、奴隷の売買も行っていたのでしょう」
クラークさんがいたましい表情で、そう口にします。
この国においては現在、奴隷の売買は禁止されています。
しかし、それを破り、奴隷の売買を行なっている違法な業者が蔓延っているのも現実。
目の前の少女も、そんな彼らの犠牲者となった一人なのでしょう。
「相当、怖がっているみたいですね……」
どんなに怖いことがあったのでしょう。
自分の人生は、ここで終わりと何度も思ったのかもしれません。
少女が私たちを見る目は、恐怖を孕んでいました。
「彼女も〈真紅の爪痕〉の被害者だ。保護する」
ウィリアムがそう言って、牢屋の鍵を剣で壊して、中に入ります。
少女に手を差し伸べますが、彼女はびくっと震えて、決してその手を取ろうとはしません。
彼女にとって、人族は恐怖の対象なのでしょう。
また、同じ目に遭わされるのではないか──と。
「困ったな」
ウィリアムは頭を掻き。
「心に恐怖が刻み込まれているようだ。無理やり連れていきたくはないし……」
悩むウィリアム。
見ていられなくなって、私はウィリアムに声をかけます。
「私に任せてください」
牢屋の中に入り、少女の前で屈みます。
「私はアルマといいます。あなたを捕らえた悪党は、私たちが倒しました。私たちはあなたを助けにきたんです」
「助け……に」
「はい。あなたの名前を教えてくれますか?」
「……サビィ」
少女が呟きます。
「いい名前です」
笑って、私は少女──サビィちゃんを、包み込むように抱きしめます。
「ここに、あなたを怖がらせる人は、もう誰もいませんよ」
胸の内で、サビィちゃんの戸惑いの気配が感じられます。
ですが、抱きしめ続けていると、徐々にサビィちゃんの震えが治ってきました。
「なんでだろう……とっても安心するにゃ。なんだか瞼が重たくく……」
「怖かったですよね。今はただ眠ってください。私があなたを守りますから」
「んにゃ」
やがて、サビィちゃんから安らかな寝息が聞こえてきます。
視線を下に移すと、彼女は気持ちよさそうに眠っていました。
「……まるで子どもみたいですね」
そっとサビィちゃんの体を支え、膝枕をしてあげます。
「彼女が目を覚ましたら、〈真紅の爪痕〉が押収した金品も持って、街に戻りましょう」
ウィリアムとクラークさんに言うと、彼らは一様に頷きました。
◆ ◆
街に戻り、数日後。
私は王城に招かれ、ウィリアムから〈真紅の爪痕〉との一件のその後について、話を聞いていました。
「君のおかげで、〈真紅の爪痕〉の親玉も捕らえ、街に平和が戻った。重ね重ね礼を言う」
と、ウィリアムは私に深々と頭を下げます。
「お礼なんて必要ありませんよ。私はただ、当たり前のことをやっただけですので」
「君にも危険があったというのに、そんなことを言うなんて……君はつくづく、清らかな女性だな」
頬を緩め、ウィリアムは私を褒めてくれます。
でも。
「私はあなたが思うほど、清廉潔白な人物ではありません。私にメリットがあったから、協力しただけです」
私は──祖国を捨てて、ベイルズに来た自分勝手な女。
もし私が彼が思うような人物なら、サディアスの理不尽な扱いも我慢し、セレスティアにいたでしょう。
「今回のおかげでしばらく、仕入れに行かなくてもよくなりましたしね」
〈真紅の爪痕〉から押収した金品は、大量にありました。
今回の報酬とはいえ、全てもらうのが申し訳なくなるくらい。
道具屋ユキのしっぽもますます繁盛していますし、ウィリアムに協力して、本当によかったと思いました。
ですが、人員不足の件はまだ解決の見通しが立っていません。
私の方でも探していますが、なかなか信頼できそうな人物が見つけられないのが現状です。
「そう言えることこそが、君が清らかな人物であることの証明だ。君の謙虚な気持ちは、他の臣下にも見習ってもらいたいよ」
そう言って、一転。
ウィリアムは表情を引き締めて。
「現在も、〈真紅の爪痕〉のボス……エドガーへの尋問は続いている。しかし、ヤツもなかなか口を割らない。どうして、あれだけ“穢れ”のアイテムを抱えていたのかも不明なままだ」
それが今回の謎。
“穢れ”のアイテムを欲しがる物好きがいるとエドガーは言っていました。
ですが、果たして本当にそうでしょうか?
いたとしても、あれだけ大量の“穢れ”のアイテムをエドガーたちが捌けるとは思えません。
それに、いくら魔導具で“穢れ”の効果を封じているとはいえ、取り扱いには細心の注意が必要。
それなのに、どうして〈真紅の爪痕〉は“穢れ”のアイテムを集める必要があったのでしょう……?
今のところは分かりそうにもなく、もやもやします。
「というわけで、その後については特に進展はなしだ。せっかく協力してもらったのに、こんな報告しか出来なくて、すまん」
「いえいえ、ウィリアムに任せますよ。私を呼んだ理由はそれだけですか?」
「いや……」
ウィリアムは言葉を一旦切ってから、こう続けます。
「アジトの中で、保護した獣人族の少女を覚えているか?」
「もちろんです。サビィちゃんですよね。王城内で保護していると聞いていましたが」
「そうだ。どうやら、サビィはエドガーが連れてきたわけではなく、他の仲間が勝手にさらってきたものなそうだ。少なくともサビィの一件は、エドガーが主犯ではない」
エドガーが主犯ではない?
少し意外です。
「他の仲間が彼女に手を出そうとしたら、エドガーは止めていたそうだぞ。そのおかげで、囚われたこと以外は、特に酷い目に遭わされていないそうだ」
「そういえば、ボロボロの服は着ていましたが、外傷らしい外傷はなかったですものね」
「もっとも、変に傷つければ、商品としての価値が下がると考えていただけだろう。これで、エドガーの罪が軽くなるわけではない」
ウィリアムの言う通りです。
ですが……多少は汲んでもいいかもしれないと思いました。
「だからなのか──心の傷も比較的すぐに癒え、サビィも今では元気に暮らしているよ」
「それはよかった……!」
ほっと胸を撫で下ろします。
「だが……作戦に協力してくれたアルマについても詳しく説明したんだが──その時にあることを志願してきてな」
志願?
なんでしょう──そう思っていると、ウィリアムは私から視線を外し、
「よし、そろそろ入ってきていいぞ」
扉の向こうにそう呼びかけると、一人の少女が扉を開けました。
「アルマご主人様! サビィを雇ってくださいにゃ!」
そして、間髪入れずに。
可愛らしい服に身を包んだサビィちゃんが、私に抱きついてきたのです。