21・強盗団ボスの誤算
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作戦が始まる前。
『〈真紅の爪痕〉の親玉はエドガーという』
ウィリアムは私にそう告げました。
『ヤツは元々、暗殺者グループの一員だったと聞いている。しかし、グループのボスを殺して、残った他のメンバーで〈真紅の爪痕〉を立ち上げたらしい』
『なんということ……自分たちのリーダーを殺すだなんて。よく、そこまで情報を掴んでいますね』
『エドガーは、クラークの元同僚だからな』
ハッとなって、クラークさんの顔を見る。
彼は紅茶を淹れながら、軽く会釈をしました。
ここで私は、彼が元暗殺者であったことを思い出します。
『エドガーは変装と幻視魔法の達人です。作戦中に騎士に変装され紛れ込まれれば、判別することはまず不可能かと』
と説明するクラークさん。
『では、エドガーに変装させる前に、アジトを制圧すると?』
『いや……それは困難だろう』
渋い顔をして、ウィリアムが首を横に振ります。
『なにせ、こちらが魔の森に忍び込む側だ。アジトの近くにいくまでは気付かれないと思うが、一度入ってしまえば、ヤツらのテリトリー。すぐに勘付かれて、行動に移すだろう』
そんな……。
せっかく、〈真紅の爪痕〉のアジトに襲撃をかけられるのに、エドガーの変装と幻視魔法が邪魔をします。
このままでは、〈真紅の爪痕〉に決定的な打撃を与えることが出来ません。
最悪、返り討ちになる可能性も。
『と……ヤツの変装と幻視魔法は、封じるのが不可能だということは君にも分かったはずだ』
しかし、ウィリアムは私の不安を払拭するかのように、余裕に満ちた笑みでこう告げます。
『だから、俺は考えた。別に封じる必要はないのでは? と』
『どういうことですか?』
ウィリアムの言葉の真意が読めず、私はそう問いかけます。
『変装させておけばいいという話でしょう。我らの中に紛れ込んだ際、エドガーのすることは十中八九、ウィリアム様を集団から離すことですから』
疑問に思っている私に、クラークさんが答えます。
『俺だけではない。魔の森に入り込まれている以上、エドガーはアルマの白聖結界も警戒するだろう。俺とアルマを集団から離して、ゆっくりと俺たちを殺す。それがヤツが考えるであろう作戦だ』
『騎士全員を相手にするのは困難でも、私たちだけなら可能と考えているんですね。でも、そうなったら……あっ』
『アルマも気付いたか』
合点がついた私に、ウィリアムは優しく微笑みかけます。
『他の目があれば、俺は全力で戦えない。だが、エドガーと一騎打ちになれば別だ。本来の力を誤魔化す必要がなくなる』
ウィリアムは王子でありながら、Sランク冒険者。
冒険者の頂点です。
その実力は上級のアンデッドモンスターであるレイスを倒すほどですし、たかが強盗団のボスの一人や二人くらいには、後れを取るとは思えません。
ですが一方、ウィリアムは冒険者であることを周囲に隠す必要があります。
だから、他の騎士の目がある中では本気で戦えませんが……エドガーがウィリアムと一騎打ちを望むなら、好都合。
ウィリアムも存分に力を振るえます。
『だが、この作戦には一つの懸念点がある。君の安全だ』
ウィリアムは私の覚悟を問うように、真っ直ぐと見つめます。
『俺の傍が、君の安全を一番保証できる。無論、君が戦ってもらう必要はない。しかし、危険が全くないかと言われると否になる。それでも、君は俺を信じてくれるか? 俺に付いてきてくれるか?』
より一層、真剣味のこもった声。
怖くない──といえば嘘になります。
だけど、私はそれ以上にウィリアムの力になりたい。彼のことを信じたい。
そう思った私は、すぐに頷きました。
『当然です。あなたと共に行きましょう。それに、あなたが負ける光景は全く想像できませんので』
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そして現在──。
「ちくしょう……罠にはめたつもりが、こっちがはめられてたってことなのかよ」
目の前では、エドガーが地面にひれ伏していました。
そんな彼に、ウィリアムは冷酷に剣先を突きつけます。
「俺の裏をかこうとするのが、そもそもの間違いだ。お前らは俺たちに気付いた時点で、アジトを放棄して逃げるべきだった。もっとも……逃がす気はなかったがな」
戦いは、ウィリアムの圧勝でした。
彼が本気で戦っているところは初めて見ますが、その様はまさに鬼神。
エドガーがなにをしてもウィリアムは弾き返し、猛攻に転じます。
正直、大人と子どもが戦っているようで、エドガーは手も足も出ずに敗北したというわけです。
「どうして、第一王子がこんなに強いんだよ。誤算だったぜ」
エドガーが顔を歪めて、問いかけます。
「貴様が弱いだけだ。王子として民を守るために、剣の修練は絶やさなかったが、俺が特別強いというわけではない」
「それだけじゃあ、説明のつかない強さだったぜ。そうだな……まるで、あれのようだ」
エドガーはこう続けます。
「巷には、流星のように現れて流星のように去るSランク冒険者がいる、って聞いたことがある。人呼んで『流星のSランク』。正体不明だそうだが、まさかあんたのことじゃ──」
「貴様がそれを知る権利はない」
ウィリアムがそう言うと、エドガーは「ちっ」と舌打ちをして、口を閉じました。