20・魔の森の“穢れ”に挑みます
数日後。
私たちは〈真紅の爪痕〉のアジトに乗り込むため、魔の森に向かいました。
「それでは、白聖結界を張りますね」
魔の森に着き、手をかざします。
一瞬で私を中心として白聖結界が広がりました。
「終わりました」
「もう張られたのですか!」
「すごすぎる……!」
「普通、白聖結界というと張るのに数時間かかるのがザラだというのに……」
今回の作戦を共に戦う数人の騎士が、驚きの声を上げます。
「これで、魔の森に満ちている瘴気を防げます。ですが、それは結界の内側だけの話なので、私からあまり離れないようにしてくださいね」
言うと、みんなは一様に頷きました。
魔の森に突入。
みんなは慎重に行軍します。
「アルマ、“穢れ”の痕跡を辿れるか?」
歩きながら、ウィリアムがそう問いかけてきます。
「はい。やはり、森の奥から濃い“穢れ”の反応があります。おそらく、そこになにかがあるかと」
「〈真紅の爪痕〉のアジトだろうな。こちらでも大体の位置は把握しているが……君にそう言われて、自分の考えが当たっていると分かって安心したよ」
と、ウィリアムは安堵の息を吐きます。
今回の作戦に参加した人数は10人。
しかも、来てくれた騎士は精鋭揃いらしいです。
万が一でも、私に怪我をさせてはいけない。そういう配慮らしいですが……少し過剰戦力すぎないですかね?
そして、作戦に参加しているのはウィリアムと騎士だけではなく。
「ウィリアム様はここ数日、そわそわしていましたからね。アルマ様をどうやって守ろうか、作戦立案にとても注力されているようでした」
隣にはウィリアムの専属執事、クラークさんの姿もあります。
彼の実力はお目にかかったことがないけれど、ウィリアムから「強い」と評価されています。
今回の作戦に万全を期すための処置らしいです。
「当然だ。彼女は謂わば部外者。彼女に万が一でもあったら、たとえ〈真紅の爪痕〉を壊滅させられても、作戦は失敗に等しいのだからな」
毅然と言い放つウィリアム。
「守られる……のは、ウィリアム殿下もでしょう。殿下まで来る必要はなかったですよ。ですが、こうして現場の指揮を取ってもらっています」
「そうです、殿下。殿下もどうか、あまり前に出すぎないようにしてだければ、こちらも守りやすいです」
話を聞いていたのか、騎士の数人がそう話をします。
「彼女を危険に晒すのに、俺一人が城の中でぬくぬくと待っているわけにはいかないからな。これも当然の処置だ」
ウィリアムがSランク冒険者であることは、一部の者しか知らないといいます。
ここにいる騎士の方々も、ウィリアムがそうであることを知らないのでしょう。
だから、彼らにとってウィリアムは守る対象というわけです。
うっかり、ウィリアムがSランク冒険者であることをぽろっと口にしないようにしなければ……。
あらためて、私は気を引き締めます。
緊張感を持ちながら進んでいくと、やがて私たちは足を止めました。
「見えたぞ」
ウィリアムが指を指します。
その指の先には、洞穴のようなものが見えました。
穴は深く、先まで続いているようです。
「間違いない。あそこがヤツらのアジトだ。気付かれる前に、侵攻する。皆、より一層、周囲を警戒するように」
ウィリアムがそう口にすると、みんなは真剣な眼差しで頷きました。
洞穴の中に侵入。
外から想像つかなかったですが、洞穴の中は快適に住めるように整備されているようです。
通路の所々に灯りもあり、 “穢れ”を防ぐ魔導具も複数置かれていました。
「なるほど。これがあるから、〈真紅の爪痕〉は白聖結界を張らなくても、魔の森内で活動できていたというわけか」
周囲を眺めて、ウィリアムが声を零します。
「そうですね。ですが、念のために白聖結界は継続します。ウィリアム、私から離れないようにしてください」
「もちろんだ」
ウィリアムが身を寄せる範囲まで、私に近寄ります。
ちょっと近すぎる気が……。
だけど、これから起こるであろうことを考えると、ウィリアムの行動は正しいです。
少し恥ずかしさを感じながらも、アジトの中をさらに進んでいきます。
「おかしいですね。ここまで誰一人、〈真紅の爪痕〉の連中と遭遇していません」
不審に思ったのか。
騎士の一人がそう声を上げました。
「ここまで来れば、さすがにヤツらも気付いているでしょう。もしかして、これは罠なのでは……」
「どうだろうな」
「殿下、一度引き返すべきです。嫌な予感がします」
騎士の進言はごもっともなこと。
「お待ちください」
ですが、その中で一人──異を唱える騎士が現れました。
「せっかく、ここまで進んだのです。次にいつ、ヤツらを追い詰める機会が訪れるのか、分かったものではありません。強行すべきです」
「だが……」
「殿下もそう思いますよね?」
反論した騎士が、後ろからウィリアムに近付き、彼の肩に手を伸ばします。
「おい、あまり殿下に不要に触れるな──」
それを制止させようと他の騎士が動いた瞬間。
異変が起こりました。
床に突如、魔法陣が浮かび上がったのです。
「殿下っ!」
すぐさま、騎士たちが私たちに駆け寄ろうとします。
ですが、もう遅い。
魔法陣から発せられる光はだんだんと強くなり、私とウィリアム、そして彼の肩に触れた騎士を包みます。
そのまま、周囲の景色が朧げになり、最後に見えたのはニヤリと笑った騎士の顔でした。
…………。
光が減退したかと思うと、私たちは先ほどまでいたのとは別の場所に立っていました。
先ほどの魔法陣はやはり、転移の効果があったのでしょう。
隣にはウィリアムもいます。
彼は守るように私の肩を抱きつつ、周囲を警戒していました。
そしてもう一人──。
「はーはっはっは! 上手くいった。まさか、王子殿下まで来てくれて助かったぜ!」
高笑いしながら、共に転移させられた騎士が頭の鎧を脱ぎます。
「貴様が、〈真紅の爪痕〉の親玉だな」
ウィリアムは私を守るように前に出て、謎の騎士に問いかけます。
「そうだ」
すると、その方はあっさりと答えます。
「〈真紅の爪痕〉の親玉は……エドガーという名前だったっか。今まで、散々国中で好き放題してくれたな」
ウィリアムから敵意を向けられても、謎の騎士──もとい〈真紅の爪痕〉のボス、エドガーは余裕を崩しません。
「ほほお、殿下ともあろう方に名前を覚えてもらっているなんてね。俺も有名になったもんだな」
愉悦した笑みをエドガーが浮かべます。
思えば──彼は変装し、騎士の中に紛れ込んでいたのでしょう。
そして自然にウィリアムの体に触れ、魔導具かなにかで転移魔法を発動させた。
これが今回、彼の張った罠なのです。
「さすがに、俺一人で騎士全員を相手にするのはきついからな。あいつらは今頃、隠れていた他のヤツらに戦わせているよ」
エドガーは勝利を確信しているのか、饒舌に語ります。
「まさか白聖結界を張って、魔の森を突っ切ってくるなんてな。予想外だったぜ」
「だから、彼女を消すために、俺たち二人をこんなところに転移させたのか?」
「そうだ。お前ら二人が、今回の作戦の肝なんだろう? どちらか一方をやれば、組織は機能不全に陥る。まあ……二人とも、返す気はねえけどな」
ここで一転。
動揺しない私たちを見て違和感を抱いたのか、エドガーが目を細めます。
「……さっきから慌ててねえんだな。今、あんたらは絶対絶命のピンチなんだぜ? 他の騎士連中が助けにくんのにも、時間がかかるだろう。それなのに、どうしてそんなに冷静でいる?」
問いかけるエドガー。
それに対して、ウィリアムは冷めきった目で、こう答えました。
「この状況は予想していたからだ」
──そうなのです。
ウィリアム……もしくは私が集団から離脱させられるのは、想定の範囲内でした。
作戦が実行される前。
ウィリアムと話し合ったことを、私は思い出しました。
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