18・道具屋の問題
道具屋ユキのしっぽが開店してから、一週間が経ちました。
相変わらず、お客さんの数は途切れることはありませんでしたが、問題が二つ浮上します。
一つ目は、お店に並べている商品が少なくなってきたこと。
忙しくて仕入れが出来なくなり、その間にも商品は飛ぶように売れていきます。
今のところは、なんとか耐えていますが……それもジリ貧。このままでは売る商品がなくなってしまいます。
二つ目は、従業員の問題。
現状、このお店は私一人で回しています。
ですが、週に一度の休業日も日々の疲れを取るために使っており、他のことがほとんど出来ません。
どうしたものかと悩んでいると……。
「ねえ、アルマちゃん」
昼頃。
店内で女性のお客さんに声をかけられました。
「なんでしょうか?」
「いや……さ、気になることがあって」
困った顔をして、お客さんはこう言います。
「最近、家の中で不運が続くんだ。一つ一つは大したことはないよ? 階段で転びそうになったり、なにもしていなのにお皿が割れるくらいさ。でも、こうまで続くと、少し気になって……さ」
「あら、それは大変ですね」
もちろん、偶然の可能性があります。
ですが、私の勘では、こういう不運が連続して起こるのは十中八九、それには“穢れ”が絡んでいます。
“穢れ”は放置していくと、だんだんとその力を増していきます。
今は大したことがなくとも、いつの間にか取り返しのつかない事態になっている例もしばしば。
病気も“穢れ”も、初期に対応するのが肝心です。
「分かりました。すぐに見にいってみます。今は営業中なので……お店を閉めてからでもいいですか?」
「いいのかい? アルマちゃんも忙しいんじゃ……」
「へっちゃらです」
そう言って、私は右腕を曲げて力こぶを作ります。
まあ、ほとんど、あってないようなものだけど。
「住民あっての、このお店です。困っている人がいたら、見過ごせません」
「ありがとう。ほんと、アルマちゃんは優しいね。まるで童話の中に出てくる聖女みたいだよ」
ドキッ。
別に彼女は深い考えもなしに言った一言だと思いますが、『聖女』と聞いて、肩がびくつきます。
「と、とにかく、お店が終わってからお伺いします。念のために、私が来るまで不必要な行動は慎むように」
「分かったよ」
頷いて、彼女は退店していきました。
……そして夜。
私は昼間に話した女性の家に訪れました。
「どうだい。なにか感じるかい?」
不安そうに、女性が問いかけてきます。
「僅かですが、家の中に“穢れ”を感じます」
「やっぱり……! でも、どうして!?」
「そうですね……」
私は“穢れ”の痕跡を辿りがら、家の中を歩きます。
「この上から“穢れ”を感じます。失礼ですが、屋根裏に上ってみても?」
「もちろんだよ。私も行った方がいいかい?」
「いえ、お気遣いは有り難いですが、ここで待っていてください。上では、なにが起こるか分かりませんので」
そう指示を出してから、私は屋根裏に足を踏み入れました。
……真っ暗な空間。
女性に借りたランタンの光を頼りに、“穢れ”の気配がするようへ慎重に歩を進めます。
すると。
「……いました。やっぱり、『魔獣』でしたか」
私はそう声を零します。
この世界には、魔物と魔獣が存在しています。
魔物は自分の意思で動く一方、魔獣は明確な意思を持ちません。
現在、私の目の前には黒いネズミのような魔獣がいます。
魔獣は謂わば、“穢れ”の塊のようなもの。
魔物のように攻撃してくるわけではないのですが、魔獣はいるだけで周囲に“穢れ”を振り撒く困った存在なのです。
最近、女性の家で不運が続いていたのは、これが原因だったのでしょう。
「でも、原因が分かったなら……」
魔獣に手をかざします。
「あなたはなにも悪くないのに、ごめんなさい。安らかにお眠りください」
魔獣に伝わるわけがないのですが、私はそう呟き、浄化魔法を発動します。
すると、あっという間に魔獣は消滅してしまいました。
「ふう、終わりです」
一息吐き、私は屋根裏から降りて女性のいる場所に戻ります。
「屋根裏に魔獣がいたみたいです」
「魔獣!? 大丈夫なのかい!?」
「はい。浄化し終えたので、もう安心ですよ」
「お、終わった!? まだアルマちゃんが屋根裏に上って、ほとんど時間は経っていないよ!?」
「まあ……魔獣はさほど、厄介なものではありませんから」
なんだか照れ臭くなって、私は頬を掻きます。
「アルマちゃんはすごいねえ……本当にありがとう。これ、少ないけど報酬だよ」
「え……いえいえ、悪いですよ。こんなの片手間ですし」
「いいんだ、いいんだ! もらっておいてくれ! そうじゃないと、私の気が済まないから!」
女性は強引にお金が入った袋を、私に押しつけます。
私は彼女にお礼を言って、その場を後にしました。
「誰かに感謝されるというのは、やっぱり気持ちいいですね。こういう人助けは積極的に行っていきたいところです」
朝から働きっぱなしだけど、疲労感は驚くほどなく、気持ちいい充実感が全身を満たしていました。
「でも……このまま私一人では、限界があります」
仕入れの問題も、従業員の問題も──要は、私一人で解決しようとしているから問題なのです。
せめて一人でも従業員を雇えば、私も余裕が出来るでしょう。そうなれば、今日みたいに街中で困っている人を助けられます。
ですが、そう簡単に従業員を雇えないのも事実。
「誰かに相談しましょうか……?」
真っ先に思い浮かんだのは、メルヴィンさん。
彼は商売のプロ。
私のことを気にかけてくれていますし、彼に聞けばなにかいいアイディアをいただけるかもしれません。
ですが。
「お店を無償で借りているのに、この上、相談なんて持ち込んだら迷惑ですよね。メルヴィンさんも忙しいですし」
申し訳なさすぎます。
となると……。
「ウィリアム……でしょうか」
優しい王子、ウィリアム。
彼に相談すれば、悩み事が解決するような気がしました。
「次にウィリアムが来てくれたら、相談してみましょう。きっと近いうちに、また呪いのアイテムを持ってきてくれるでしょうし」
家路を歩きながら、私はそう呟きました。
そして、その機会は意外にも早くも訪れました。
「アルマに相談したいことがあるんだ」
「ウィリアムに相談したいことがあるんです」
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