16・“穢れ”を逆探知します
ウィリアムの表情と言葉から感じる、真剣なオーラ。
店先で話すのもなんだと思い、ウィリアムを店内に招きます。
そのまま、私たちはテーブルを挟んで腰を下ろしました。
「まずはこれを見てほしい」
そう言って、ウィリアムは胸元からなにかを取り出し、テーブルの上におきます。
それは、ネックレスでした。
不気味な赤色の宝石が付いており、私にはそれがまるで血に濡れているようにも見えます。
これは……。
「やはり、一目で気が付くか」
私の反応を見て、ウィリアムが感心したように口を動かします。
「これは呪い……いえ、瘴気に当てられていますね。しかも、かなり強力な」
瘴気。自然発生する“穢れ”の一種。
一見キレイなネックレスですが、強力な瘴気に塗れています。
「それは昨日、強盗団の一味から押収されたものだ」
ウィリアムが詳しく説明を始める。
「先日、君は街中でゴロツキどもに襲われただろう? あいつらの仲間だ」
「あの方たちは、組織だったんですか?」
「そうだ。〈真紅の爪痕〉という名前は聞いたことがあるか? ヤツらは最近、王都を騒がせているんだ。まあ、君が相手にしたのは下っ端の下っ端。組織の全体図など、ほとんど知らないような連中だったがな」
と、ウィリアムは溜め息を吐きます。
「〈真紅の爪痕〉の行方は騎士団も追っている。しかし、なかなか捕まえられていないのが現状だ。今回、捕まえた連中も組織の末端だった。これでは、〈真紅の爪痕〉を追い詰められない」
「なるほど……歯痒いですね。だとするなら、このネックレスの“穢れ”を私に払ってほしいと?」
「その通りだが……それだけではない」
ウィリアムは私の瞳を真っ直ぐ見つめます。
「君には、このネックレスにある瘴気……“穢れ”を逆探知してほしいんだ」
「逆探知……ですか?」
「ああ。このネックレスが元々どこにあったものなのかは不明だが……なにせ、これだけ強力な“穢れ”だ。普通の場所ではないだろう」
「まあ、そうでしょうね」
「ゆえに“穢れ”を逆探知できれば、それがヤツらを追い詰める手がかりになるかもしれない。出来るか?」
問いかけるウィリアム。
ようやく理解が追いついてきました。
ウィリアムたちは、強盗団〈真紅の爪痕〉を捕まえたい。
しかし、捕まえられるのは組織の下っ端ばかりで、中枢にはとても辿り着けない。
今回、押収したネックレスは特別なもの。“穢れ”を逆探知し、〈真紅の爪痕〉の中枢に近付く。
……といったところでしょうか。
やってみる価値はあります。
幸い、“穢れ”を逆探知することは、セレスティアでもよくやっていたことでした。
これくらいの“穢れ”なら、問題なく出来るはず。
「分かりました。やってみます」
力強く頷き、私はネックレスに手をかざします。
……集中。
目を凝らすと、ネックレスから赤くて細い線が現れます。これが“穢れ”の痕跡。辿れば、元々どこの“穢れ”であるかがはっきりします。
それから、細く伸びる“穢れ”の後を探っていくと……。
「街の外……西側でしょうか。そちらから反応を感じます。離れてはいますが、馬車で行けば半日もかからないような場所です」
目を開け、私はウィリアムにそう伝えます。
「西側……馬車で半日もかからないような場所……まさか……っ!」
ウィリアムはなにか心当たりがあるのか、驚愕するように目を見開きます。
私は店の奥からベイルズの地図を取り出し、テーブルの上に広げます。
そして、ある地点を指差しました。
「……ここです。このネックレスを包んでいる“穢れ”は、元々ここで発生したものです」
山と山の間にある、森のような場所です。
ウィリアムはそれを聞くと、考え込むように口元に手を当てます。
「なるほど……どおりで……」
「ウィリアム、なにか知っているんですか?」
「ああ。そこは『魔の森』と呼ばれている。瘴気に満ちている場所で、なんの準備もなしに行けば、数秒で気を失うような森だ。ゆえに禁足地に指定していたが……まさか、ヤツらはここに──」
そこで言葉を切り、ウィリアムは再び私と視線を交錯させます。
「助かった。それにしても、すごいんだな。ここに来るまで、他の解呪師にもあたってみたが……誰一人、ネックレスを包む“穢れ”を逆探知することが出来なかった。それなのに君は容易くやってみせる。大したものだ」
と、手放しにウィリアムは私を賞賛します。
「いえいえ、これくらいなら朝飯前ですから。ですが、私の言っていることを疑わないんですか? 嘘を吐く理由はないにしろ、間違っている可能性があるんじゃないか……って」
「君のことは信頼している。なにせ、君は俺の恩人だからな」
ウィリアムは真剣身を表情を、少し柔らかくします。
「あっ、ついでにネックレスにある“穢れ”も払っておきましたが、問題ないですか?」
「ああ。逆探知が成功すれば、あとは用済みだからな。そのネックレスも今回の報酬として、君がもらってくれ」
「でも……」
「いいんだ。元々、そういう約束だっただろ?」
と、ウィリアムは微笑みかけます。
王城専属の解呪師にならない代わりに、今後も呪いのアイテムを私に献上する。
そういう約束です。
私は大したことをしていなのに、申し訳なさを感じましたが……ウィリアムの言葉に甘えさせてもらいましょう。
「ありがとうございます」
「礼など必要ない。礼を言うのはこちらの方だ」
そう言って、ウィリアムは席から立ち上がります。
「ネックレスの一件は、持ち帰って陛下たちと相談する。今日は邪魔したな。あとはゆっくり休んでくれ」
ウィリアムはそそくさとお店から出ようとします。
ですが、彼の背中を見ていると、なんだか寂しくなって……。
「あ、あの」
無意識に、彼の服の裾を掴んでしまっていました。
「どうした?」
ウィリアムが不思議そうな顔をして、振り返ります。
「ま、また……来てくれますか?」
そう言うと、ウィリアムは一瞬きょとん顔。
やっぱり言わない方がよかった──そう後悔していると、
「ああ、もちろんだ」
ウィリアムは嬉しそうに笑って、今度こそお店から立ち去っていきました。
「ドキドキしました。どうして私、あんなことを口走ってしまったんでしょう?」
首を傾げます。
……とにかく、今日は色々なことがてんこ盛りでした。道具屋の開店初日に、ウィリアムまで。
そこで私は当たり前の事実に今更気付き、愕然とします。
こんな夜に、男性と二人きりだったのでは──。
そう考えると、どうしようもないくらいに顔が熱を帯びました。