15・道具屋ユキのしっぽ、開店です!
翌朝。
快晴の中、道具屋ユキのしっぽはスタートしました。
「ユキのしっぽ、いよいよ開店です!」
店先に出て、声を上げます。
まだ早朝ということもあって、お客さんらしき人の姿は見当たりません。
ですが、この日のために頑張ってきたのです。
大通りに並んでいるお店にも負けないくらい、キレイな外観と内装にもなりまたし、品数も十分。
これで、お客さんが来ないことはない……はず。
「コユキちゃんもそう思いますよね?」
「きゅう!」
不安になってコユキちゃんに話しかけると、私を励ましてくれるようにコユキちゃんは尻尾を振りました。
まだかまだか……と待ち侘びていると、その時は訪れたのです。
「アルマちゃん!」
一人のお客さんが店内に入ってきました。
開店準備も手伝ってくれたおじさまの一人です。
「いよいよ開店だね。お客さんの数はどう?」
「今のところは、あなたが初めてです」
「そうか。だけど、すぐにお客さんで溢れかえると思うよ。今は朝で、みんな忙しいだろうし。それに、こんなに立派な道具屋なんだからね」
と、おじさまは私の背中をバンバンと叩きます。
彼は店内にあるペンを一つ手に取り、お店を去っていきました。
「売れました!」
たった一人とはいえ、やはり商品が売れると嬉しい。
幸先のいいスタート──と思っていると、おじさまを皮切りに次から次へとお客さんがやってきます。
「あわわ」
予想以上のお客さんの数に、少しパニックになってしまいます。
ほとんどが見たことのある人たちばかりでしたが、中には一度もお会いしなかった方も。
この道具屋の噂を聞きつけてきたのでしょう。
私はそれらの人々にも、丁寧に接客していきました。
「おお、立派に営業やってるじゃねえか。景気はどうだ?」
そして客数も落ち着き始めた頃。
商業ギルドのギルド長が店内に現れます。
「ギルド長。どうして、あなたがここに?」
「んー? まあ、あれからお前さんのことが気になってたんだ。なんというか……俺もあとで、お前さんに対して少し厳しかったと反省してよ」
と、ギルド長は罰が悪そうに頬を掻きます。
「いえいえ、ギルド長は当然の対応をしました」
規則は規則。
私だからと特別扱いする必要はありません。
「それに……最終的には開業の許可も頂けましたし、ギルド長には感謝しかありません」
「そう言ってくれると、助かるよ。ああ……そうそう。あの時は詳しく聞いてなかったが、たまげたぜ。まさかお前さんが、王族と繋がりがあるだなんてよ」
「は、はは」
ギルド長の言葉に対し、私は引き攣った笑みを浮かべます。
「最初から言ってくれれば、俺も厳しく対応しなくて済んだってのによ。なんで移民者のお前さんが、王族と繋がりがあるんだ?」
「まあ、色々とありまして……」
「そうか。まあ、詮索はしないけどよ。下手に深入りして、王族に目を付けられたくねえし」
と、ギルド長は肩をすくめました。
その後、ギルド長は女性向けのアクセサリーを購入して、店を去っていきました。
なんでも、彼の奥様にプレゼントするらしいです。
コワモテのギルド長ですが、奥様想いのところもあるみたいです。
そして──あっという間に時が過ぎます。
日も暮れ夜になったところで、私は表の札を『OPEN』から『CLOSED』にひっくり返して、一日目を終えました。
「ふう……疲れました」
額の汗を腕で拭います。
ですが、開店初日は満点です。
たくさんお客さんも来てくれましたし、商品も売れました。
棚に置かれている商品が少なくなり、少し寂しいくらい。
予想以上の出来栄えに、心地いい疲労感が体を包んでいました。
「ですが、明日も早いし、気を抜いてはいけません。今日のところは早く寝ますか」
そう言いながら、踵を返そうとした時。
──トントン。
お店の出入り口の扉を、ノックする音が響きました。
お客さんでしょうか?
「はーい。すみませんが、今日はもう閉店で……って、え!?」
扉を開けると、そこには意外な人物が立っていました。
「すまない、遅くなった。少しだけ、いいか?」
この国の第一王子、ウィリアムです。
彼は、両手いっぱいに花束を抱えていました。
「もちろんです。でも、こんな夜遅くになにを……」
「今日が開店初日だと聞いてな。開店祝いの花を持ってきた。受け取ってくれ」
と、ウィリアムは私に花を手渡します。
柔らかな香りが、そっと鼻先を撫でていきました。
「わざわざ、ありがとうございます。ですが、大丈夫なんですか? こんな夜遅くに殿下が一人で出てこられたら、苦言を呈する方もいるでしょうに」
「こっそり抜け出してきたから平気だ。まあ、執事のクラークには見つかって小言を言われたがな。ヤツは融通が利かん」
ウィリアムは苦虫を噛み潰したような表情をします。
クラークさんに怒られているウィリアムを想像して、私はくすりと笑ってしまいました。
「重ね重ね、ありがとうございます。商品もたくさん売れて、これから道具屋としてやっていけそうです」
「よかった。俺としても、君にはなに不自由ない生活を送ってほしいからな。君の解呪の腕は確かとはいえ、少し心配していたんだ」
と、ウィリアムは頬を緩めました。
今日一日、働きっぱなしだというのに、こうして彼と話しているだけで疲れが取れていくようでした。
それはきっと、彼と一緒にいるのが心地いいから。
「用事はそれだけですか?」
「いや……」
一転、ウィリアムは表情を引き締めて、こう告げました。
「君に頼みたいことがある」