11・ウィリアムの正体
「怪我はないか?」
強盗の男たちも拘束し終え。
ウィリアムさんは、まず私の体を案じました。
「はい、おかげさまで」
その言葉に対し、私は笑顔で答えます。
「荒っぽい真似をして、すまなかったな。怖かっただろう」
「いえいえ、あなたがいなければ、私はどうなってたか分かりません。怖くなかったと言えば嘘になりますが……あなたの顔を見て、それもなくなりました」
「そうか。その言葉を聞けて、安心したよ」
「それよりも……教えてください。あなたは一体……」
薄々勘づきながら、私はそう問いかけます。
すぐには答えが返ってこないと思いましたが、
「俺はこの国──ベイルズの第一王子だ」
と、あっさり白状しました。
私をそれを聞き、すぐに頭を下げて片膝を地面に突きます。
「申し訳ございませんでした。殿下とは知らずに、このような無礼な言葉遣い。謹んで、お詫び申し上げます」
「いい」
ですが、それをウィリアムさんは制します。
「顔も上げてくれ。それに謝らなければならないのは、こちらの方だ。あの時は急を要していため、ちゃんと礼を伝えられなかったからな」
「ですが……」
「殿下なんて呼び方もやめてくれ。君にはもっと、親しい呼び方をしてもらいたい」
頑固なウィリアムさん。
……ここで食い下がっては、逆に失礼ですね。
ゆっくりと顔を彼に向け、立ち上がります。
「俺の正体は意外だったか?」
「はい。ですが、もしかたらそうなんじゃないか……と」
違和感を覚えたのは、商業ギルドでの一件。
あれだけ規則に則るギルド長が、ウィリアムさんから頂いた銀のブローチを見せた瞬間、態度を一変させました。
今思えば、あのブローチは王族の人しか持ち得ないものだったかもしれません。
そして現在は王族視察の最中。
王族の方たちと出会す可能性を、私は危惧していました。
ウィリアムさんの格好と後ろの騎士の方々もそうですし、ここまでヒントを散りばめられれば、王族……もしくは、それに連なる人であるとは容易に推測できます。
問題はどうしてあの時、ウィリアムさんは冒険者だと名乗り、護衛もつけずに一人でいたということだけど……。
それはここで、あまり問いたださない方がよさそう。ウィリアムさんからは、そのような雰囲気を感じ取れました。
「殿下」
私がウィリアムさんと話していると、騎士の一人が彼に声をかけます。
「この強盗たちは、どうされますか?」
「厳重な処罰を与えろ。なにせ、俺の大切な人を傷つけようとしたんだ。そいつらには命で償うくらいの覚悟はしてもらう」
「ま、待ってください」
慌てて、私は彼を制止します。
「そ、それはさすがにやりすぎでは?」
「だが……」
「私も、彼らを挑発するような真似をしてしまいました。処罰は与えなければならないですが、それは過度ではなく、適正なものであるべきです。そうでなければ、他の民にも示しがつかないでしょう。それに──ほら」
私は健常さをアピールし、こう続けます。
「私は怪我もしていませんから」
「そうか……自分が怖い思いをしたというのに、君は優しいな。やはり、俺の思っていた通りの女性だ」
と、ウィリアムさんはふんわりと優しい笑みを浮かべました。
「この後は、なにか予定があるのか?」
「特に……は。お店に戻って、掃除をするつもりでした」
「お店? どこかのお店で働いているのか? どこで──いや、こんなところで立ち話もなんだな」
ウィリアムさんは半身になって、こう続けます。
「先日の礼もまだだ。それも兼ねて、場所を変えよう」
「問題ありませんが、一体どこに……」
私が問いかけると、ウィリアムさんはニカッと笑って、こう答えました。
「王城だ」
──ウィリアムさんの勧めで、私は彼らと共に王城に向かうことになりました。
道中は落ち着かない時間を過ごしましたが、無事に王城に到着。
そこで私はまたしも、驚かされるのでした。
「ウィリアム殿下。そして、その恩人アルマ様! お戻りをお待ちしていました!」
王城に入るなり、何人もの騎士や使用人の方々が一斉に頭を下げ、私たちを出迎えます。
「で、殿下! これは……」
ウィリアムさんに対して頭を下げるのは分かるものの、私がそれをされる理由はありません。
戸惑いながら隣のウィリアムさんに尋ねると、彼は愉快そうにこう口を動かしました。
「当然の処置だ。いつもなら、このような丁重な出迎えはやめてくれと言っているんだがな。しかし、今日は君がいる。先発させて戻らせていた騎士に言って、手配させたよ」
「は、はあ……」
そんな曖昧な返事しか出来ません。
うーん……落ち着かないです。
セレスティアにいる頃は、王城で住み込んで働いていました。
だから今更、他国とはいえ王城の雰囲気に呑まれるわけがないと思っていましたが……こうなるのは予想外。
セレスティアでは、こんな丁寧に出迎えられたことはありませんでしたからね。
聖女とはいえ、一介の労働者。城の中にいる者は誰も、私に頭を下げませんでした。
ウィリアムさんに着いていくと、やがて控え室のような場所に通されます。
「話すにしても、なにもなしでは味気ないだろう。すぐに紅茶と菓子が運ばれてくる。だから──」
ウィリアムさんが言葉を続けようとすると、一人の騎士が申し訳なさそうに彼に耳打ちします。
「殿下。陛下が……」
「ちっ……こんな時にも、視察の報告義務があるのか。すまないが、アルマ。少しだけ待っていてくれるか?」
「分かりました。どうか、私のことはお気になさらず」
「助かる。すぐに戻る」
そう言うと、ウィリアムさんは不服そうな顔をしながら、部屋から出て行きました。
「ふう……やっと、落ち着けます」
ウィリアムさんとは、馬車で話し合った仲。
ですが……王城で、しかも相手が王子殿下だと知った上で話すのとでは、全然違います。
おかげで、肩肘を張りっぱなしです。
だから、こうして一息吐けるのは正直有り難い。ウィリアムさんには悪いですが、気持ちを整えて……。
「アルマ様」
……っ!
突然、後ろから声をかけられて、ビクッとして肩を震わせてしまいます。
「紅茶と菓子をお持ちしました。殿下がいない間は手持ち無沙汰だと思いますが、こちらで時間を潰してくださいませ」
「は、はい。ありがとうございます」
どうやら、執事の方だったみたい。
燕尾服を身に包んだ男性が、私の前にあるテーブルにそっと紅茶と菓子のフィナンセを置きます。
「い、いつから、この部屋にいたんですか?」
「最初からですが?」
きょとんとした顔で、彼が首を傾げます。
……驚きました。彼がいたことに全く気が付きませんでした。
存在が希薄とでも言うべきでしょうか。
優しそうな雰囲気を身にまとい、顔立ちも整っている彼でしたが、私はそんな失礼な印象を抱きました。
「では、遠慮せずに──美味しい!」
バクバクする心臓の鼓動を抑えるため紅茶を一口飲むと、その美味しさに感激します。
フィナンシェも絶品です。
甘すぎず、くどくない味わいが、私の好みに合っていました。
「それはよかったです」
笑顔で言う執事の方。
「一流のコックが作ったフィナンセなんですよ。紅茶も貴重な茶葉を使っております」
「私なんかのために、そんなことまで……ありがとうございます」
「いえいえ」
「聞くのが遅れましたが、あなたは誰ですか? せめてお名前だけでも……」
「失礼しました」
執事は頭を下げて。
「私はクラークと申します。ウィリアム殿下の専属執事をしています。あなたのことは、殿下からよく聞いています」
「クラークさん……覚えました。私はアルマです。専属執事というと、ウィリアム殿下のことをよく知られているんですよね?」
「はい」
「ウィリアム殿下は、どのような方ですか? 私にとって、殿下は優しい男性なんですが」
なんとなく気になって、執事のクラークさんに質問します。
「素晴らしい方です」
すると、クラークさんはそう即答しました。
「これはお世辞でもなんでもなく、心からそう思います。殿下は民のことをよく考え、民のために尽くす政治をなさる。私たち使用人に対しても、殿下は平等に接してくれます。他の皆様も、同じようなことを言うと思いますよ」
「そう……ですか」
やっぱり、私の中にあるウィリアムさんのイメージと同じです。
私がそう問いかけたのは、セレスティアの第一王子、サディアスの存在があったから。
サディアスのあの優しい言葉も、『役に立つ労働者』を体よく操るための手段に過ぎなかったのでしょう。
その証拠に、彼は私のお仕事を理解してくれず、いつでも代わりが効く存在だと思っているようでした。
そうでないと、『第二の聖女になってくれ』なんてことは言い出しませんからね。
彼の裏の顔を知った時、私は期待が裏切られたみたいで、深く失望しました。
だから、こちらの王子、ウィリアムさんにはそうであって欲しくありませんでした。
「すまん。話が長引いた。退屈していなかったか?」
紅茶と菓子に舌鼓を打っていると、ほどなくしてウィリアムさんが部屋に戻ってきます。
「いえいえ、楽しい時間を過ごしていました」
「それはよかった。早速で悪いんだが……」
ウィリアムさんは真剣な声音で、私にこう告げました。
「陛下が君に会いたいと言っている。今すぐ付いてきてほしい」




