10・ウィリアムとの再会
「おい」
唐突に、後ろから声をかけられます。
「はい?」
返事をしながら振り返ると、そこには四人組の男が立っていました。
みんな、ニタニタとした嫌らしい笑みを浮かべています。
彼らの視線は、私が背負っているリュックサックに向けられます。
「荷物を置いて、さっさとどっかに行きな。そんなにパンパンのリュックサックなんだ。さぞ、いいものが入ってるんだろ?」
「へっへ、兄貴の言うことは聞いといた方がいいぜ? 兄貴がキレたら、オレたちでも手が付けられねえからな。怪我しないうちに、さっさと荷物を渡しな」
いかにも小物みたいな台詞を、男たちは吐きます。
ああ……。
強盗ですか。
ここは比較的、治安のいい街です。
だから油断していましたが……大通りを一歩外れれば、こういう輩にも出会しますか。
私が呆れている間にも、男たちは話を続けます。
「いや、兄貴。荷物を奪うだけじゃ、もったいないぜ。こいつ、よく見ると、とんでもねえ美人だ」
「楽しませてもらいましょうよ。お嬢ちゃん、オレたちと一緒に遊ぼうぜ」
男たちは私の体を見ながら、そう口にします。
その上から下まで舐めますような視線に、鳥肌が立ちました。
……荷物を渡したところで、無事に済むとは思えません。
だからといって弱気になっても、ますます相手をつけ上がらせるだけです。
「嫌です」
相手の顔から目線を逸らさず、私は毅然と言い放ちます。
「これは、私の大切な荷物です。それに、遊んでいる暇はありません。申し訳ないですが、他をあたってください」
「て、てめえ……」
当然のことを言ったつもりですが、男たちは見る見るうちに顔に怒りを滲ませます。
「おとなしく言うこと聞いてりゃ、いいんだよ! 女があまり調子に乗んな──」
そして、その中の一人。
一番細身の男性が地面を蹴り、私に襲いかかりました。
「……っ! えい」
私は咄嗟に、肩からリュックサックを外し、それをぶん回します。
リュックサックは見事、男の顔面に直撃。
「ぐへっ!」
間抜けな声を上げて、男はよろよろと後退します。
私はその隙に、リュックサックを背負い直して、その場から逃げようとすると──。
「おっと」
いつの間にか、男の一人が後ろに回り込み、私を羽交い締めにしました。
「なかなか、お転婆なお嬢ちゃんみたいだな。だが、悪手だったな。お前はオレらを本気で怒らせた。ちょっと遊んで、解放しようと思ったが……気が変わった。思う存分、楽しませてもらうぜ」
……うん。
これは、ちょっとまずいかも。
咄嗟に手が出てしまいましたが……相手は四人。私も最低限の護身術を身につけていますが、この場を切り抜けるのは難しそう。
ひりつく緊張感の中、どうしようかと頭を悩ませていると──、
「大の大人が一人の女に寄ってかかって、なにをしている」
聞き覚えのある声。
視線を前に向けると、そこには馬に乗った男性がいました。
その男性は豪奢な服に身を包んでいます。
凛々しい顔立ちをしており、全身から気品と威厳が滲み出ていました。
もしかして──。
「ウィ、ウィリアムさん!?」
馬車の中で出会った、一人の男性の顔を思い出します。
「また会ったな、アルマ」
と、彼──ウィリアムさんは私に微笑みかけます。
ウィリアムさんの後ろからは騎士らしい装いをした人たちが、ぞろぞろと前に出てきます。
「どうして、ウィリアムさんが……それにその服……」
「話は後だ。まずはこいつらを拘束する」
ウィリアムさんはそう言って、後ろの騎士(?)たちに視線を移します。
「あいつらを捕らえろ。容赦はするな」
「はっ!」
騎士たちは短く返事をし、男たちに襲いかかってきます。
私に襲いかかった男たちも腕に自信はあったのでしょう。ですが、練度の高い騎士たちには為す術がありません。
あっという間に地面に叩き伏せられ、残りは私を羽交い締めにしている男一人になりました。
「ち、近付くんじゃねえ! この女がどうなってもいいのか!」
もう勝敗は付いているというのに。
男は取り出したナイフを私に顔に近付けながら、惨めったらしく言い放ちます。
「ほお……? いい度胸だな」
ウィリアムさんは馬から降り、ゆっくりと私たちに歩み寄ってきます。
「俺が誰だか、分かっているんだろうな?」
「当然だ。お前は──」
「だったら、話が早い。彼女は、俺の大切な人だ。それなのに、貴様は彼女を傷つけようとしている。これは王家への反乱だ」
ウィリアムさんは一切怯まず、獰猛な獣のように男を睨みつけます。
私を羽交い締めにしている男から「ひっ」と、短い悲鳴が漏れました。
「貴様にも家族がいるのだろう? 彼女を少しでも傷つけてみろ。家族もろとも、処刑台に上げてやる。それとも、貴様にそこまでの覚悟があるとでも?」
「ち、ちくしょおおおおお!」
どうしようもないと判断したのか。
男は私から離れ、自棄になってウィリアムさんに襲いかかります。
突き出される刃。
「ふんっ」
しかし、ウィリアムさんは冷静でした。
ウィリアムさんの体に、刃が届く……と思った寸前で、彼は男がナイフを突き出した腕を蹴り上げたのです。
「あ……」
ナイフが手から離れ、宙をクルクルと舞うのを見ることしか出来ない男。
「少し眠っていろ」
その一瞬の隙に、ウィリアムさんは彼の腹に拳をめり込ませました。
「他愛もない」
地面に崩れていく男を、ウィリアムさんは手を払いながら、冷たい視線を送ります。
私はその一部始終を、ただ黙って見ていることしか出来ませんでした。




