1・第二の聖女になってくれ
「第二の聖女になってくれ」
急に呼ばれたかと思うと、第一王子のサディアスから思いもよらないことを言われて、私──アルマは「は?」と聞き返してしまいました。
「殿下。それはどういう……」
「うむ」
サディアスは椅子に腰掛け、こう話し始めます。
「アルマ、君が王宮で『聖女』として働き始めてから、何年が経とうとしている?」
「三年ほど……でしょうか」
「そうだ。平民として聖女に抜擢された君だが、それなりに頑張ってきているようだな」
それなり──と言われて、私の中に生まれた感情は失望でした。
私は三年前、浄化の力を見出され、ここ──セレスティア王国の王城で勤めることになりました。
そして、セレスティアでは代々、王城で国中の“穢れ”を払う存在のことを聖女と呼びました。
“穢れ”の種類は様々。
モンスターによって生まれた澱み。立ち込める瘴気。他者を害する呪い──例を挙げれば、キリがありません。
この国では、昔から“穢れ”が溜まりやすい傾向があります。
そのため、“穢れ”を払える聖女の力は大事にされてきたわけですね。
なのに『第二の聖女』って?
この人はなにを言っているんですか?
急にそんな変なことを言い出したのは、目の前の男性──サディアス。
この国の第一王子です。
王子という立場上、王宮で住み込みで働いている私とも接点が多く、彼はよく声をかけてくれていました。
『君の働きには感謝している。君の力は、王宮にとって必要不可欠だからな』
『もう少し、頑張ってくれ。君なら、きっとやれると思っているんだ』
『なにかあれば……まあ遠慮なく言ってくれ。出来る範囲で考えよう』
……と。
そんな優しい言葉をかけてくれるサディアスに、私はいつしか彼に淡い恋心を抱いていました。
……まあ、いくら聖女とはいえ平民である私は彼と身分が違いすぎて、具体的に行動を起こしたわけではありませんが。
だから、サディアスの突き放す言葉に、私は奈落に落とされたような気分になります。
「僕は前々から思っていたんだ」
私の失望も知らず、サディアスは話し続けます。
「聖女が二人いても、いいんじゃないか……と? 二人いれば、もっと効率的に“穢れ”を払うことが出来る。いい考えだろう?」
「一理あるかもしれませんね。しかし──」
「もちろん、もう準備している。エスメラルダという令嬢だ」
勝手に話を進めるサディアス。
エスメラルダ……聞いたことがない名前です。
有名な方なら私も聞き及んでいるはずですが。
聖女というのは大変なお仕事です。
なのに、そんなぽっと出の女性に、聖女が勤まるでしょうか?
そう不安になっていると、続けてサディアスはとんでもないことを宣います。
「彼女は素晴らしい。ゆくゆくは、僕は彼女と婚約するつもりなんだ」
「……!? 本気でおっしゃっていますか!?」
驚きで声を大にしてしまいます。
「そのことは陛下に許可をもらっているのですか?」
「そんなもの、必要ないだろう。愛し合っている者が結ばれる。それが自然なことだ。どうして、君はそんなことを聞くんだい?」
本当に分からないのか、サディアスは首を傾げます。
ああ……なるほど。
なんとなく、読めてきました。
第一王子のサディアスですが、彼には悪い噂も流れていました。
夜な夜な街に繰り出し、幾多の女性と逢瀬を重ねているという噂です。
信じたくありませんでした。
あんなに優しい彼が、第一王子という身分も考えずに、複数の女性と会っているなんて……。
だから、噂は噂。
嘘だと自分に言い聞かせ、精神を保っていましたが……この様子だと、噂は本当だったみたい。
エスメラルダという女性も、サディアスの女遊びに引っかかった一人なのかもしれないのですから。
「……百歩譲って、それはいいとします。私が口を挟む問題でもありません」
「その通りだ。君になにかを言われる筋合いはない」
「だとしたら、私……第二の聖女の具体的な勤務内容は、どのようなものになるのでしょうか?」
「君には、第一の聖女であるエスメラルダの補佐に回ってもらおうと思う。僕の愛する人──エスメラルダを影ながら支えてやってくれ」
愛する人。
サディアスがそう断言すると、急速に心が冷たくなってきました。
「本来なら、エスメラルダがいる時点で、君を解雇してもよかったんだが……これは僕の優しさだ。第二とはいえ、君が聖女であることには変わりないね」
「…………」
「だから、これからも頑張ってくれたまえ。せめて、エスメラルダの足だけは引っ張らないでくれ」
尊大な態度で告げるサディアス。
ああ──。
もう我慢の限界です。
私はにっこりと笑みを浮かべます。
「お断りです」
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