第四階層:準備!おやつは一日300ギルまで!
隠密はできないけどアイデアだけはお手のものシーフタカシ、戦い以外は器用にこなす戦士のジフ、うんちく大好きザコ魔法使いセイン、ホッとさせる魔法だけは得意なヒーラーのフィン。彼らは仲良し4人組チーム「ぐだふわ」。
可愛いメイア姫と旅に出るため、準備を開始するのであった。
出発を翌日に控え、ぐだふわは静かに、しかし確かに慌ただしく動き出していた。
「まずは、馬車と馬の確保だな……」
タカシが地図をテーブルに広げながら、指をぽんと村の端に置いた。
「馬車なら、木こりの爺さんのとこにあったボロのやつ、あれ俺もらってくるわ。いつでも持ってけって言われてたし」
「運ぶのに人手がいるから、ジフもついてきて」
フィンがすかさず指示を出す。
「おう、了解」
ジフが立ち上がる。いつになくキビキビしている。
「じゃあ、私はヒール協会に馬を借りに行ってきます」
フィンもふわりと立ち上がる。どこか自信ありげな顔をしていた。
「知り合いがいるんです。街の家畜を世話してる人で――まぁ、見てのお楽しみってやつ」
その口ぶりに、タカシたちが少しばかりざわついたが、今は追及しない。
「じゃあ、ワシと姫様はギルドに行ってクエスト発注だな」
セインがくるりと杖を回しながら言う。
「姫様の格好も……なんとかせんと目立ちすぎる」
その言葉に、一同の視線が自然と――姫メイアに集まった。
「……っ」
まばゆい光を受けるかのように、姫様のドレスがきらりと揺れる。王族らしい繊細な刺繍、ふんわり広がったスカート、そして揺れる宝石の髪飾り――あまりにも“姫”すぎて、街中では目立って仕方がない。
「……確かに、動きづらそうですよね」
フィンが目をそらしながらぼそっと呟いた。
「でも、見納めだと思うと……ちょっと、もったいない……」
タカシが真面目な顔で言うと、
「わかる……」
「うむ……」
「なぜか拝みたくなる……」
と続けて全員が黙って頷いた。
姫様は頬を染めて、そっとスカートの裾を握りしめた。
「た、確かにこれでは目立ちすぎますし、動きにくいですものね。じゃあ……買い物にも付き合っていただけるかしら?」
「任せるがよい!」
セインが杖をくるくると回し、すでにテンションが高い。
その時、ジフがなにやらごそごそとポケットから紙を取り出して、セインに手渡した。
「じゃぁ、ついでに俺の買い物も頼む」
セインが開くと、そこにはでかでかと書かれたメモ。
「“おやつ”“予備の靴下(厚手)”云々……“ぬいぐるみ(小)”……なんじゃこれは……」
「旅には癒しが必要だろ」
「ぬいぐるみ……!?」
フィンが笑いをこらえながら呟いた。
「ギルドの人間にぬいぐるみ趣味ってバレたら面倒な目に遭うぞ、ジフ」
「うるさいな、別にいいだろ……!」
そうやってわちゃわちゃとしながらも、出発に向けてぐだふわの一行は、それぞれの役割を担って動き出す。
はじめての国外任務。
けれどその歩みは、ぐだぐだで、ふわふわで、けれど確かに前へと進んでいるのだった。
午前の日差しが柔らかく街路を照らす中、セインと姫メイアは街の中心部――冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「冒険者たるもの、ちゃんとクエストを登録して受注せんと、仕事として成り立たんのじゃ」
セインは腕を組み、どこか得意げに言う。
「なるほど、そういう手続きをきちんとしなくては……なのですね」
姫様は頷き、真剣な表情で聞き入る。素直に学ぼうとするその姿勢は、どこか品があった。
……が。
「あっ!まま、見て!お姫様がいるよ!」
「まあまあ、なんて可愛らしいのかしら……」
「どうしてこんなところに王族が……?」
街の空気がざわり、と揺れた。
姫メイアの姿は、あまりにも目立ちすぎた。
金と銀の糸で織られたドレス、ふわりと揺れるティアラのような髪飾り。ひと目で“特別”とわかるその出で立ちは、街行く者すべての視線を奪っていた。
セインが小さく舌打ちした。
「……こ、これはいかん。ギルドに行く前に装備屋に寄るとするかの。まるで移動式灯台じゃ、これでは……」
「よろしくお願いいたしますわ、セイン様」
にこり、と姫様は笑った。
その笑顔には微塵の動揺もなかった。周囲の視線など涼しげに受け流し、むしろ楽しんでいるようにも見える。
「……余裕の笑みじゃのう」
「はい?」
「いや、なんでもないわい」
セインはくるりと踵を返し、人だかりを避けるように裏通りへと進む。その背中に、姫様は小さく笑いながらついていく。
こうして一人と一人は、クエスト発注の前に、まず装備調達へと向かうのであった。
装備屋《ハンマー&ステッチ》は、町の裏手にひっそりと構える老舗だった。店主の鍛冶師ロルフと、その妻で裁縫師のマーニャの夫婦が営んでいる、知る人ぞ知る名店だ。
セインが店に入るなり、奥からマーニャがぬっと顔を出した。
「おや、セインちゃんじゃない!今日はどんな修繕? ……って、まあまあまぁまぁまぁ!!!」
視線の先、姫メイアを見た瞬間、マーニャの目がメテオ級に輝いた。
「――この子! この可愛らしさ、神が降りてる……っ!」
「こ、今回は修繕じゃなくて装備を――」
セインの説明を、マーニャの爆速テンションが吹き飛ばす。
「わかってるわよセインちゃん! 任せて! あたし、今、すっごく燃えてるから!!!」
気がつけば姫様は試着室へ連れていかれ、マーニャのテンションに巻き込まれるようにして着せ替えショーが始まっていた。
柔らかく身体に沿う旅人用のチュニックに、細身のラインを引き立てる胸当て。絶妙な光沢のあるレザーが上品なニーハイの脚部装備へと続き――まるでモデルにでも仕立てているような勢いで、マーニャの手が動く。
「ど、どうしてそんなにやる気に……」
店の奥でロルフがハンマーを持ったままぽかんとしている。隣でセインも目を丸くした。
「いや、ワシもあの気合は初めて見るのう……アイドルのコーデでもしてる気分なのか」
それでも姫様は、全く動じる気配もなかった。
「この服、軽くて動きやすいですわ。素晴らしいお品です」
淡く微笑みながら、着付けられることにも、服を替えられることにも、まるで慣れっこだ。王族として、常に着飾られてきたのだろう。どこかでそれを楽しむ余裕すらあるようだった。
「……さすが王族、というか……あはは、なんかおかしくなってきたわい」
セインは思わず吹き出した。肩の力が抜けるような、そんな一瞬。
「服代の件だけどね、あのおドレスと交換で。むしろ、お釣り出るから気にしないで!」
マーニャが親指をぐっと立てる。
こうして、姫メイアは旅人としての装備に身を包み、新たな一歩を踏み出す準備を整えたのだった。
装備屋でのファッションショー(という名の着せ替え劇場)を終え、セインと姫メイアはギルドへと足を運んだ。
ギルドは昼過ぎで、冒険者たちが出入りするにはちょうど良い時間帯だった。木製の引き戸を開けると、慣れた手つきで受付嬢のフレーネが笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、セインさん。今日はどんなご用件で?」
「こやつ、姫様じゃ。国外への護衛クエストを登録したい」
「国外……なるほど。お連れの方は?」
フレーネの目がふと鋭くなった。姫様の姿、装備こそ一般人風に変えてはいるが、漂う気品は隠しきれない。
姫メイアが一歩前に出て微笑んだ。
「ナウリカ王国の王女、メイア・ノアールです。私を祖国まで送り届ける護衛クエストを、このギルドに正式に発注したく存じます」
周囲がざわついた。だが姫様は落ち着いた声で続ける。
「けれど……国への連絡は、今回は差し控えます。事情がありまして」
それだけ言って、ふっと目を伏せる。何か、深く語れない理由があるのだと察したフレーネは、それ以上は問わずに頷いた。
「わかりました。では、直接の移動ということで」
だが、その静かな場面に横槍が入った。
「はぁ? なにそれ。そんな重要任務を“ぐだふわ”に任せるとか、マジありえなくね?」
ギルドの扉が勢いよく開き、軽装の冒険者たちが数人、ずかずかと中へ入ってきた。中堅チーム《バーニングスピア》、ランクは銀。名は売れているが、評判は――良くも悪くも荒っぽい。
そのときだった。姫様が、懐からひとつの宝石細工のジュエリーを取り出し、静かに掲げた。
ギルド内の空気が一変する。黄金の土台に嵌め込まれた蒼玉の紋章――ナウリカ王家の正統な証。その価値は、軽々しく扱えば国家間の交渉ごとに発展しかねない代物だ。
それを見たギルドの面々がざわつき出す。一部の者は、それを報奨金の一部と勘違いしたのか、浮き足立った声を上げる。
「さすが王家、報酬のケタが違うな!」
「あんなザコチームには無理だろ。俺たちが請けるべきだぜ」
誰もが、目の前の宝石に目を奪われていた。
だが――姫メイアは、そんな空気を切り裂くように静かに言葉を発した。
「これは、私の身分と信頼を示す証。……ですが、金目当てで近づく者に託すつもりはありません」
その一言で、ギルド内の喧騒が嘘のように鎮まり返る。
「ぐだふわの皆様は、報酬よりも先に、私の無事を最優先に考えてくださいました。誠実で、信頼に足る方々です。……少なくとも、目の前の金貨に目がくらんでいるあなた方よりは」
バーニングスピアの面々が凍りつく。軽口を叩いていたリーダーが、舌を噛んだように口を閉じた。
「な……なんだよ、ちょっとからかっただけだって……」
「くだらん真似はやめろ。姫様の意思はもう固まっておる」
セインの声が、いつになく低かった。
ギルド全体に広がる沈黙。そのなかで、姫様はぐだふわの登録書類をじっと見つめ、ふわりと笑った。
「改めて、よろしくお願いしますわ。セインさんたち“ぐだふわ”の皆様に、私の命をお預けします」
その瞬間、彼らの名が少しだけ――確かに、ギルドの中に刻まれた。
ギルドでの一幕が終わり、書類の控えを受け取ったセインは満足げに腕を組んだ。
「よし。これで準備のひとつは整ったな。拠点に戻――」
そのとき、横にいた姫メイアがふいっとそっぽを向いた。頬をふくらませている。
「……どうしたのじゃ?姫様」
「いえ……ただ、少し……悔しいのです」
ぽつりと漏らすその声に、セインは驚いたように目を見開いた。
「悔しい?」
「はい。わたくし、あのような場面を見てしまいましたの。皆様が侮られ、嘲られて……っ。それなのに、何もできずに、ただ笑ってごまかすだけで……」
少し唇を噛んで、目を伏せる姫様。怒りとも悔しさともつかない感情が、その美しい横顔に滲んでいた。
セインはふっと苦笑した。
「気持ちはありがたい。しかし、の。そういうのは、いつものことなんじゃよ」
「え……?」
「この仕事、虚勢を張ってなんぼ。バカにされて、ナンボじゃ。――気にせんで大丈夫じゃ。むしろ、うまく受け流すのが一人前なんじゃて」
「でも……」
「んーむ。ならば、今ひとつ面白いものを見せてやろう。スッキリするぞ?」
そう言ってセインは、腰のポーチからマジックバッグを引っ張り出した。そして、その中から何かぬるりとしたものを取り出した。
「タカシ秘蔵の……特製トリモチ玉じゃ!」
にっこりと笑いながら、それを指先に乗せるセイン。姫様が目をぱちぱちさせる間もなく、セインは指を鳴らした。
「小旋風!」
トリモチ玉は風の精霊に乗って宙を舞い、ぴたりとバーニングスピアのリーダーの足元へ――
「ぬおっ――ぐふっ!?」
思いっきり顔面から倒れこむリーダー。そのまま床にへばりつき、起き上がろうとしても手足がヌルヌルで滑ってまともに動けない。
ギルド内にどっと笑いが起きた。
「こ、これは罠だッ! 罠にはめられた!」
「いや、お前が勝手にこけただけだろ……」
周囲の冒険者たちの失笑のなか、セインが姫様の手を軽く引いた。
「さ、逃げますぞ姫様」
「まぁ……なんていけない人!ふふっ、でも……」
姫様の頬がほころんだ。
「とっても、スッキリしましたわ!」
笑顔のまま、くるりと踵を返し、セインとともにギルドをあとにする姫メイア。その足取りは軽く、春の風のようにふわふわと舞うようだった。
そして二人は、夕暮れの街を抜けて――ぐだふわの仲間たちが待つ、あのちいさなログハウスへと帰っていくのだった。
拠点に戻ると、木の影からカンカンという音が聞こえてきた。
「これは……?」
姫メイアが音の方に歩を進めると、ログハウスの裏手に、年季の入った馬車を前に何やら作業しているタカシの姿があった。
金槌を手に、車輪の軸を調整している。周囲には古いネジや金具、木片といった素材が雑然と広がっているが、不思議と乱雑ではない。どれも、必要な順に並べられているようだった。
「♪まだまだ使える使える~ 雨にも負けず風にも負けず~ 今日も走るぞこの子は~♪」
ふんふん鼻歌まじりに歌いながら作業を続けるタカシ。その口元が緩んでいるのは、道具いじりが本当に好きだからだろう。
「……ぷっ」
その歌声に、姫様が思わず吹き出してしまった。
「えっ!?」
タカシが飛び上がるようにして振り返った。金槌を落としそうになり、慌てて拾う。
「き、聞いてたの!? いや、その、ちょっとリズムとってただけで……!」
顔がみるみる赤くなっていく。
姫様は口元を手で隠して、楽しそうに笑っていた。
「まぁ、修理だけでなく作曲能力もおありなのね。ふふ、とても素敵ですわ」
その一言に、タカシは頭から湯気が出そうになった。工具箱の陰に顔を突っ込みたくなる。
「いや、そういうんじゃなくて……! なんか、気分をノせるために歌ってただけで……ああもう!」
照れ隠しの早口でそう言いながらも、耳まで真っ赤なその顔は、どこか嬉しそうでもある。
そのとき、背後からガシャンと重たい音がして、ジフが大きな布を抱えてやって来た。
「幌、直した」
力任せではなく、手持ちの古布と防水革を縫い合わせた力作だ。しっかり補強もしてあり、風雨に耐えうる出来栄え。
「おおっ、すげぇ! ジフ、それかなり良くないか!? ていうか幌の補修って、そんなのできたの?」
タカシが駆け寄って幌をチェックする。素材の使い方も的確で、彼の目にも納得の出来だった。
「ジフは昔、衣類の補修とか、ちょっとやってた。森の中で破れたテント直すのも似たようなもん」
「ふふ、お二人ともとても頼もしいですわね。冒険者って、もっと無骨で力任せなものかと思っていましたけど……こんなに繊細で、優しいのですね」
姫様の言葉に、タカシとジフは顔を見合わせる。
「……ま、ぐだふわ流ってやつだな」
「……優しい、か。悪くない」
夕陽が差し込む中、修理されつつある馬車の脇で、四人の間に少しだけ、やわらかい沈黙が流れた。
それは、旅立ち前の静かなひととき。
嵐の前の、ほんの小さな晴れ間のようだった――。
タカシとジフの手でほぼ完成を迎えた馬車を、皆で囲む。
「よし、幌も取り付けるぞ」
ジフが手早く補修した幌を馬車の骨組みに固定する。風が吹いて、パッと幌が広がった瞬間――一同、固まった。
「……な、なんじゃこのファンシーな幌は!?」
セインが真っ先に声を上げる。幌一面に広がるのは、ピンクやラベンダー色の布をつぎはぎした、どこか懐かしいキルトパッチワーク。ハート模様、星柄、ウサギの刺繍。どう見ても、冒険者の使う馬車には不釣り合いな可愛さだった。
「ど、どうすんじゃこんな目立つの……っ!」
セインは小声でブツブツ言いながら、自慢の杖で幌をパシパシ叩き始める。
「節約で手持ちの布使っただけだけど……」
ジフは肩をすくめたが、どこか自信ありげでもある。
「おい、これ……よく見たら……お前の布団カバーじゃんか!?」
タカシが小さなクマの刺繍を指差しながらツッコむ。
ジフはそっぽを向きながら「……気に入ってたやつ」とぽつり。
「まぁ、可愛らしい馬車になって私は好きよ」
姫様は目を細めながら幌をなでた。陽光に反射する色とりどりの布が、まるで花が咲いたように美しい。
すると、その場に「おーい!」という声が響いた。
見ると、道の向こうからフィンが戻ってきている。
その横には、堂々と歩く一頭の――牛。
「……馬?」
「……角、あるぞ?」
タカシとセインが顔を見合わせる。
「知り合いに馬を頼んだんだけどね……話したら“お前らの旅路なら牛のほうが合ってる”って、単角牛を貸してくれたんだ」
フィンは苦笑いしながら、牛の背中をぽんと叩く。牛はモ~と鳴いて、幌のパッチワークをじっと見つめている。
「おぉ……見事に、馬車じゃなくなったのう」
「牛車、だな」
「いや逆に、ファンシーな幌に単角牛って……これはもう、ある意味最強なんじゃ?」
「なんかもう……ぐだふわって感じだな」
姫様も小さく笑った。
「牛でも馬でも構いませんわ。皆様と旅ができるなら、それだけで安心ですもの」
「おぉ……それは嬉しいけど、でもせめて名前つけてやらんとな、この牛」
「よし、『モー将軍』でどうだ!」
「却下じゃ!」
「じゃあ、プリティ・モー?」
「お前、センス……」
ワイワイと笑いながら、いよいよ旅立ちの準備は整っていくのだった。