第三階層:ドキドキ!僕らの拠点訪問!
器用貧乏シーフタカシ、料理好きのハリボテ戦士のジフ、MPカス魔法使いセイン、気持ち回復するヒーラーのフィン。彼らは仲良し4人組チーム「ぐだふわ」。
助けたメイア姫をまずは拠点に招待するのであった。
街から外れ、森を抜けた先に、それはあった。
大きな木々に囲まれ、ひっそりと佇む小さなログハウス。派手さはないが、手入れされた木の温もりと、道端に咲く花々がやけに目に優しい。
ここが、チーム「ぐだふわ」の拠点だった。
「わ、わ、わ、わたわたわた……! ちょ、ちょっと待っててくださいね姫様! 今から片付けますんで!!」
タカシが叫ぶやいなや、ジフとセインも無言で勢いよく駆け込んでいく。
ログハウスのドアが勢いよく閉まると同時に、中から「なんでこんな時に限って脱ぎっぱなしなんだよおお!」だの「セインの巻物が台所まで進出しとるぞ!」だの、断末魔のような叫びが聞こえてくる。
「ふふ……みなさん、仲がよろしいのですね」
姫メイアは、そんな騒がしい様子も気に留めず、ホワホワと微笑んでいた。
「まぁ……言うほど悪くないですわよ。こぢんまりしていて、こ綺麗ですし。お花もたくさん咲いていて……なんだか、とても可愛らしいおうちですわ」
「でしょ? ジフが掃除担当なんです」
フィンが肩をすくめながら、姫の隣で説明を始める。
「タカシとセインは、まあ……その、部屋という概念を忘れてる生き物なんで……でも、花はセインとジフが植えてるんです。素材集めも兼ねて」
「素材、ですの?」
「はい。魔法薬の材料になるんですよ。あと、セインが“花粉を浴びると集中力が増す気がする”っていう謎理論を披露して以来、無意味に品種が増え続けてます……」
姫は興味深そうに花壇に視線を向けると、小さく頷いた。
「なんだか……落ち着きますわね。こういう場所、久しぶりです。王城はいつも忙しくて、風の音なんて聞こえませんから」
フィンはその言葉に、ほんの少しだけ眉をひそめた。
(この人は……ほんとは、こういう空気の中で暮らしたいんじゃないか)
けれど、それを言葉にするには、彼女は「姫」で、彼らはただの冒険者で。
現実は、そこまで優しくない。
「……いつか、そういう時間を持てるといいですね」
「ええ、ほんとうに」
あたたかく笑う姫の横顔を見て、フィンは内心で深くため息をついた。
(さて……姫様を国に返す方法、本気で考えないと)
拠点のリビングは、言ってしまえば「小ぢんまりした空間」だった。
けれど、その空気にはどこか、帰ってきたくなるような温かさがあった。
木製の床、手作りの布をかぶせたテーブル、そしてその上には——
「……また、これ出しっぱなしにしてるし」
フィンが苦笑しながらテーブルを指差す。
そこには、やりかけのボードゲームが広げられていた。駒もカードもそのまま。サイコロは「6」で止まっている。
「だって、冒険行く直前だったじゃん。勝負ついてなかったし」
タカシが言い訳のように呟く。
「ジフが最後にダイス振って“やっといい目が出た”って言ったの、覚えてるぞ」
「……あれ、ズルしてた」
ジフがぽつりとつぶやき、一同が爆笑する。
「仲が良いですのね、みなさん」
姫メイアは、そんなやりとりを微笑ましそうに見守っていた。
そして、ふと、真剣な表情になる。
「ところで……これからの旅のために、必要かと思って……」
そう言って、彼女が懐から取り出したのは、重みのある小さな袋。
テーブルの上に置かれたそれが開かれると、中から出てきたのは——
「おぉぉおおおおおおおおい!?!?!?!?」
タカシがイスごとひっくり返る。
「ま、待て! それ本物か!? 偽物とかじゃなくて!? いや、本物なら逆にヤバくない!?」
セインが叫びながら椅子の背もたれを叩く。
「だって……それ、大金貨じゃん……!」
フィンが固まったまま呟く。
目の前にあるのは、煌めく金色の硬貨——それも、二枚。
一枚あれば、地方なら屋敷が建ち、家臣すら雇えるという伝説級の通貨。庶民が一生見ることもない代物だ。
「これくらいしか、今は持ち合わせがなくて……役立てていただければと思いますの」
姫はごく自然に言った。
「い、いえいえいえいえいえ!? そんな大金、必要ないですからぁぁぁ!!!」
タカシが床に突っ伏しながら叫ぶ。
「我々、“ぐだふわ”はですねぇ、えー、その、事後清算制となっております……!」
フィンが若干震えながらも、毅然とした声で続けた。
「送り届けた後、必要経費を請求する形で問題ありません。信用していただいて結構ですじゃ」
セインも珍しく真面目なトーンで頷く。
「……うむ。お金より、オレは食糧がほしい」
ジフもぶれずに主張する。
それぞれが普段は適当で、ぐだぐだしていても——
こういう時だけは、なぜか、ちゃんとしている。
その姿を見て、姫メイアはふわりと息を漏らす。
「……なんだか、安心しましたわ」
まるで、長い旅の始まりを祝福するように、窓の外では小鳥が一声、鳴いた。
その夜、ぐだふわ拠点は、妙な熱気に包まれていた。
理由は――「部屋割り」である。
「いやいやいや! 無理無理無理! 俺の部屋は本当に無理だから!」
タカシは自分の部屋のドアを必死に抑え込みながら主張していた。
ドアの隙間から、異形のフィギュアと見覚えのない剣のレプリカ、どこかで拾ってきたらしい魔石の山がチラ見えしている。
「……それ以前に、足の踏み場がない」
ジフがぼそりと呟いた。
彼の部屋もなかなかに厳しい。体が大きすぎて、部屋の半分をベッドが占領しており、寝ること以外の用途に使えないという。それになんというか男臭い。
「わしの部屋は……まあ、住むように寝とる。だいたい本の隙間じゃ」
セインが肩をすくめる。
ドアを開けると、まさに“紙の要塞”。本、本、本、そしてその間にぎりぎり人ひとり分のスペース。
「……誰かを泊める以前の問題ですね」
「よって、フィンの部屋に決定です!!」
満場一致。というか、消去法。
「え……えっ!? ちょ、えっ……!?」
名指しされたフィンは、真っ赤な顔で固まっていた。唯一“普通に暮らしている人間”として認定されてしまった彼の部屋は、小ざっぱりとして清潔感があり、最低限の家具が整っているという意味でも、完璧だった。
「ご、ごめんなさい、なんか……変なことになってしまって……」
姫がそっと視線を落とす。
その姿にフィンの思考回路が限界を迎えた。
「わ、わたしの部屋に、女性が……!? そんな……不浄なる混沌が……」
ぼそりと呟いたかと思えば、次の瞬間――
「うわ、倒れた!」
「フィンー!? 戻ってこーい!」
カクンと膝をつき、倒れるフィン。
顔は真っ赤。昇天寸前。
「……仕方ない。ワシが神官部屋を掃除してくる」
セインがぽつりと立ち上がった。
話は“温泉”へと移る。
「拠点に温泉があるって、本当ですの?」
姫の目がキラキラと輝いている。
「うん。もともとこの家のおじさんが掘ったらしいんだよね。ちょっとした露天風呂っぽくて気持ちいいですよ」
タカシが誇らしげに胸を張る。
「でしたら……せっかくですし、セインさん。女子同士で入りましょう?」
姫がニコッと笑いながらセインの手を取る。
「……あ?」
セインが一瞬固まった。
そして、次の瞬間、激しく手を振りながら叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待てい! ワシは男じゃ! 完全に男じゃからな!!」
「えっ……?」
姫の笑顔が凍る。
「えっ……えっ!? ……セインさんって、女性では……?」
「残念ながら、ワシは男じゃ! 髪の手入れは、魔法使いの嗜みじゃ!!」
「ほ、本当に……?」
姫がセインを上から下まで見て、思わず目を丸くする。
その様子を、他のぐだふわメンバーは――
「ぷっ……くくっ……」
「いや、今まで気づかれてなかったんだ……」
「ふつうにショック受けとる……」
全員、肩を震わせながらニヤニヤが止まらない。
「……ああもう! 見るな! 笑うな! 風呂くらいワシひとりでゆっくり入りたいわい!」
セインが顔を真っ赤にして、タオルを握りしめながら逃げるように温泉へ向かっていく。
その背中を見送りながら、姫様は小さく笑った。
「ふふ……賑やかで、楽しいですわね」
その笑顔は、どこか嬉しそうで、どこか――名残惜しそうだった。
拠点の静かな夜。焚き火の余韻がわずかに残るリビングに、柔らかなランプの灯りが揺れていた。
「では皆様、明日もよろしくお願いしますわ。おやすみなさい」
そう言って、姫様――メイアは小さな微笑みとともにフィンの部屋の扉をそっと閉じた。
カチリ。
扉の音が、妙に大きく響いた気がした。
「…………」
フィンの顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「ど、ど、ど、どうしよう……姫様が……ぼくの部屋で……寝てる……!?」
手で頬を覆いながら、壁にもたれかかる。ついには床にへたり込んだ。
「夢じゃないよね……これ……?」
「ふむ、ならば確認じゃな」
セインがにゅっと杖を構える。
「《つねり魔法・ピンチィィィ!》」
「ぎゃああああ!? 痛っ、ちょ、やめて、ほんとに痛い!!」
「ほれ、夢じゃない証拠じゃな」
「そのMPの無駄遣いやめろって!!」
そんなやり取りを見ながら、タカシとジフは笑いを堪えていた。
「なんかさ……」
タカシがぽつりと呟く。
「まるで、物語の冒険者たちの話を外から眺めてるみたいで……なんか、ずっとふわふわしてる」
「うん……わかる。オレも、夢みたいだなって思う」
ジフが小さく頷いた。
この“ふわふわ感”――姫様を救い、拠点へ連れてきて、一緒に明日を迎えることになるなんて。ちょっと前まで、誰が想像できただろうか。
でも、そのふわふわの奥には確かに、何かが灯っていた。
「国外に行くクエストなんて、俺たち初めてだよな」
タカシが壁にもたれて言った。
「うん。でも、やるしかないね。姫様を、ちゃんと送り届ける」
フィンがゆっくりと、リビングのソファに腰を下ろした。
薄い毛布をかぶりながら、少しだけ頼もしげな笑顔を見せる。
「私たちぐだふわ、命に変えても遂行しよう!」
フィンの言葉に、一瞬、場が引き締まる。
「……ほどほどにね」
すぐさま、タカシが茶化すように笑った。
「命まで変えたら怒られるからなー」
「死んだら元も子もないぞい」
「姫様に怒られる前に、僕が泣く」
そんな風に笑い合う彼らの姿こそ、“ぐだふわ”だった。
ふわふわ、でも、しっかり支え合っている。
夢のような状況の中でも、彼らは自分たちなりのペースで、少しずつ歩みを進めていく。
明日から始まる長い旅――それでも、どこか楽しみで仕方がない。
そして今宵は、ぐだふわな仲間たちに包まれながら、それぞれの想いを胸に、静かに夜が更けていった。