第十階層:掃除は心のデトックス!封印されし神殿と弦楽器!
掃除とは母ちゃんがしてくれるものシーフタカシ、掃除とは心のデトックス戦士のジフ、掃除とは無縁の魔法使いセイン、掃除するほど物が無いヒーラーのフィン。彼らは仲良し4人組チーム「ぐだふわ」。
メイア姫と共に、神殿の掃除に向かう。
とりあえず、神殿を掃除することになったぐだふわの面々。
まずは道具集めから──ということで、町中から掃除道具をかき集めることに。
タカシは町の家々を回りながら声を張り上げた。
「すみませーん、掃除道具を少し貸していただけませんか?」
しかし、返ってくるのは沈黙ばかり。振り返る者すらいない。
「え? 俺、透明人間になってる?」
手をぶんぶん振ってみても、やはり誰も反応しなかった。
「魂が抜けてしまっているようですね」
姫様が静かに呟く。目には月光のような憐れみが浮かんでいた。
「意思も感情も薄れたまま、それでも生活は続けられる……哀しいことですわ」
タカシは頭をかきながら、急に悪戯っぽい顔になる。
「……しょうがない。となれば、アレしかないか」
「出たよ、タカシの本業」フィンが呆れたように眉をひそめ、
「ほほう、珍しくシーフ技能が役立ちそうじゃの」セインは面白がって身を乗り出す。
「掃除道具を盗むシーフって、妖精か何か?」ジフは吹き出した。
「よーし、やったるぞ!」
勢いよく宣言したタカシは、町のあちこちから雑巾にハタキ、ホウキに脚立までを片っ端から“回収”してきた。
そして気づけば──山のように積み上がる掃除道具の前で、皆が唖然とすることになる。
「おい、誰がこれ全部使うんだよ……俺たち、六人しかいないんだぞ」
フィンが頭を抱えると、ジフが苦笑して肩を叩いた。
「タカシ、やる気だけは評価する」
こうして、やる気だけが空回り気味の“ぐだふわ清掃班”が幕を開けた。
神殿の扉を押し開けると、差し込む光も乏しい古びた空間が広がっていた。長年の埃が積もり、空気はひどく重たい。
「掃除はね、上からやるのが基本」
ジフが珍しくキリッとした顔をする。
「さすが、“掃除は心のデトックス”の人だね」
フィンが感心したように頷くと、タカシは露骨に顔をしかめた。
「えー、床からでいいじゃん……」
天井を仰ぎ見て、すでに半歩後ずさる。
「上から埃が落ちてくるからでしょ。ほら、文句言わずに登って」
ジフは容赦なく背中を押す。
「ちょ、待て待て!こういうのは身軽なヤツがやるべきだろ!」
タカシは仲間の顔を一人ずつ見渡した。エルマ、セイン、ジフ、フィン、そして姫様──。
……沈黙。
「……俺じゃん!」
両手で頭を抱えるタカシの姿に、場の空気がどっと緩む。
「まぁまぁ、タカシ。バフかけるから」
フィンがにっこり微笑み、軽やかな詠唱を紡いだ。
ふわりと身体が軽くなる感覚に、タカシの目がぱっと見開かれる。
「……お、なんか行ける気がしてきた」
そのまま器用にロープを結び、シーフらしい軽快さで壁を駆け上がっていく。高所の梁に取りつき、積もった埃を払い落とし、古びた装飾を磨く。その背には、どこか誇らしげな光が差していた。
「よし、俺が一番高いところやってる間に、下よろしくー!」
軽口を飛ばすタカシを見上げながら、下ではジフがさっそく完璧な清掃ルートを組み立てていた。
そこから数日、ぐだふわの面々はひたすら掃除に明け暮れた。
埃まみれの床、蜘蛛の巣に覆われた柱、崩れかけた壁──荒れ果てていた神殿は、少しずつ彼らの手で甦っていく。
「上から下へ、内から外へ! 掃除は流れが命だぞ」
ジフがモップをくるりと回すたび、埃が舞って光の筋にきらめいた。
「……掃除でテンション上がるオーガなんて、ジフくらいだよ」
フィンは苦笑しつつ箒を動かす。
「だってよ、空間がきれいになると心まで整うんだ。それに……姫様の祈りの邪魔はしたくないしな」
照れ隠しのように視線をそらすジフの耳が赤い。
神殿の中央、姫様は膝をつき、静かに祈りを捧げていた。差し込む光に金の髪が淡く輝き、その姿はまるで神像そのものだ。
「……ずっと祈ってるんだな」
梁の上からタカシがぼそりと漏らす。
「神聖力を高めているのです。月の女神の気配を、この神殿に呼び戻すために」
エルマの答えは落ち着いていて、どこか厳かな響きさえあった。
「にしてもすげぇよな。割れてた壁、勝手に治ってるじゃん」
タカシが身を乗り出すと、セインがモップを杖のように構えてうなずく。
「ふむ、月の女神の代行者たる姫様ゆえにこそなせる業よ」
「──ってタカシ、梁の奥。まだ埃残っとるぞ」
ジフの鋭い声に、タカシは「うへぇ……またかよ……」と肩を落としつつも、器用にロープを操り上層へと消えていった。
窓辺ではフィンがガラスを磨きながら、ぽつりと漏らす。
「ねぇ、空気が少しずつ澄んできてない? 光も音も、前よりちゃんと届いてる感じ」
「うむ……」
ジフは柱の根元を磨きながら深く頷いた。
「目には見えぬが、確かに神の気配が戻りつつある。まるで神殿そのものが目を覚ましたかのようじゃ」
セインの言葉に、誰ともなく手を止め、皆が小さく頷いた。
土に還ろうとしていた神殿が、まるでそれに抗うように、美しさを少しずつ取り戻していく。
それは掃除という地道な努力と、姫様の祈りの奇跡とが、静かに手を取り合って生まれた再生の風景だった。
そして、その中心には、今日もいつもと変わらぬ“ぐだふわ”なメンバーたちの賑やかな声があった。
「……あれ?」
高所の梁で埃を払っていたタカシが、ふと動きを止めた。
手のひらを壁に当てると、ごくわずかに風が漏れるような感触が伝わってくる。
「この感じ……この空間の歪み……間違いねぇ……!」
目を輝かせ、夢中で壁を探るタカシ。ごそごそと石の継ぎ目を押したり撫でたりして──ついに、ひとつの石が「カチリ」と音を立てた。
次の瞬間、石造りの壁の一部が、重たい軋みを上げて横に開いていく。
冷えた空気がふわりと流れ出し、暗い隙間の奥がぽっかりと口を開けた。
「見つけたぁぁぁああっ!! 隠し扉ぁぁぁああっ!!!」
モップを放り投げ、バンザイしながら飛び跳ねるタカシ。
「ちょっ、声大きいってば!」
フィンが慌てて制止するが、興奮のタカシに届くはずもない。
「な、な、な!これ絶対、中に何かあるやつだろ!? 宝とか罠とか謎解きとか──あるいはモンスターとか!! ダンジョン探検隊、出動だぁぁっ!」
「落ち着きなよ! まだ中の様子もわからないんだから! 危ないかもしれないでしょ!」
「いいじゃーん、ちょっとだけ! ほら俺、ずっと掃除がんばってたし! 梁の上だって頑張ったし! 埃まみれだし!」
手足をばたつかせ、必死に訴える姿はまるで駄々っ子そのもの。
「……駄々こねるなっての。子供かあんたは」
「永遠の子供ですっ!!」
エルマに胸を張って堂々と宣言するその様子に、フィンは思わず額を押さえた。
長い沈黙ののち、深いため息。
「……ほんの気晴らし程度だからね。深く行かないこと。危ないと思ったらすぐ戻ること。約束だよ」
「やったーーーっ!!」
タカシは大きくガッツポーズ。目はすでにキラッキラに輝いていた。
「セイン! 一緒に行こうぜ! こういうの得意だろ!」
「ふむ、ワシの歩く“洞窟探検マニュアル”知識の出番かの! よし、久々に冒険らしいことができそうじゃ!」
二人は声を揃えて笑い、肩を並べるようにして暗い口へと足を踏み入れる。
冷気と古びた匂いが漂うその奥は、まるで長い眠りから覚めた迷宮のようだった。
「……だから、あの二人一緒にするのやめた方がいいって言ったのに……」
フィンは肩をすくめながら、心のどこかで祈るようにしてその背中を見送った。
奥へと足を踏み入れると、空気ががらりと変わった。
ひんやりと湿り気を帯び、静寂が肌にまとわりつく。先ほどまでの古びた神殿の石組みとは違い、壁の模様は驚くほど鮮やかで、長い時を経てもほとんど風化していない。ここが誰の足にも踏み荒らされていないことは、嫌でも伝わってくる。
「うわ……真っ暗だな」
タカシがぽつりと漏らす。
「ふむ……ここに仕掛けがあるようじゃ」
セインが壁をなぞると、指先に円形のレリーフが触れた。
「魔力供給式か。……ほいっと」
軽く魔力を流すと、レリーフがぼんやり光を帯び、次いで廊下に並ぶ魔法ランプがひとつずつ淡く灯っていく。仄白い光が闇を払い、冷たい通路にわずかな温もりをもたらした。
「わぁ……」
後ろからついてきたエルマが感嘆の息を漏らす。しかしその横で、セインがふらりと体を傾けた。
「うおっと!? おい、倒れるなよ!」
タカシが慌てて支える。
「ふぃ〜……ちと目の前がグルグルしての……」
「だから! 魔力量ないのに調子乗んなって言ってるだろ!」
タカシの叱責は呆れと心配が半々だ。エルマが目を丸くして覗き込む。
「えっ……でも、こんなに魔法使えるのに? 本当にそんなに魔力切れてるの?」
あの魔法書の容量。尋常じゃなかったはずの魔法の数々。
「いや、切れてるっていうか……」
タカシが肩をすくめる。
「そもそもコイツ、魔力を貯めとけないんだよ」
「……え?」
「要はさ、バッテリー容量が雀の涙。なのに出力だけはやたら高い。燃費死んでるハイパワー型ってわけ」
「呪い……とかじゃなくて?」
「いや、ただの仕様」
「仕様って……何そのバグ。それでよく今まで生き延びてこれたわね」
「フィンが毎日ちまちまチャージしてるから。家畜に餌やるみたいにな」
「……おぬし、ワシを何だと思っておるんじゃ」
セインは情けない声を上げるが、タカシもエルマも笑って取り合わない。
そんな小競り合いを交わしながら、三人は少しずつ奥へと進んでいく。
仄白い光が壁に揺らめき、床に夢のような模様を落とした。どこか現実離れした空気に包まれながら、彼らの探検はさらに深い闇の中へと続いていった。
通路を抜けると、ひときわ重苦しい気配に満ちた一角へとたどり着いた。
そこにあったのは――古びた大鐘だった。
「……これ、もしかして」
タカシが目を丸くしながら近づく。
巨大な鐘は、まるで時の流れから取り残された遺物のようにひっそりと佇んでいた。かつては神殿の鐘楼に吊るされ、人々に祈りの時を告げていたのだろう。今はその役目を終え、錆と埃に覆われたまま、静寂の中で眠り続けている。
「封印……そんな気配がするわ」
エルマが慎重に表面を指でなぞる。指先には、刻まれた模様の奥からかすかな神聖力の残滓が伝わってきた。
「うおおおっ!出たな伝説のお宝感!こういうの探検っぽくて最高じゃん!」
タカシは目を輝かせ、子供のように跳ね回る。
「……お宝じゃなくて、本来の場所に戻してやるべきものよ」
エルマが真剣な声で鐘を見上げ、一つ息をついた。
「でも、これは……さすがに重すぎるわね」
「――というわけで!」
タカシがくるりと振り返り、拳を握りしめる。
「力持ち呼んできますっ!」
脱兎のごとく駆け戻っていったかと思えば、ほどなくして――
「ふんっ!」
ジフが片手で鐘の底をつかみ、軽々と持ち上げてみせた。
「おおおーーっ!さすがジフ!!」
タカシが歓声を上げ、パチパチと拍手する。
その瞬間だった。
鐘の底が地面を離れると同時に――カラン、と小さな音を立てて何かが転がり出た。
「……ん?」
全員の視線が、床に落ちたひとつの箱へと吸い寄せられる。
それはちょっとした辞典ほどの銀の箱だった。繊細な細工で縁取られ、表面には月の女神の紋章が刻まれている。まるで、誰かが宝の中にさらに宝を隠したかのように。
「こ、これ……ほんとのお宝発見じゃん……!」
タカシの瞳はきらめき、とうとうピョンと飛び跳ねた。
血が騒ぐのか、シーフの本能そのままに。
その姿に、エルマは肩をすくめながらも、思わず小さく笑みを浮かべた。
「やっぱり、あんた、シーフだね」
拝殿に戻った一行は、そっと銀の箱を中央の祭壇へと据えた。
タカシがいそいそと革手袋をはめ、身をかがめてにやりと笑う。
「さぁて!シーフ・タカシ様の真骨頂――解錠ショーのお時間ですよ!」
「ワクワク」
なぜかセインが隣で期待に目を輝かせている。
だが次の瞬間、タカシの動きが固まった。
指先で蓋を探ったが――
「……あれ? 鍵穴が……ねぇ……?」
「ふふ、それは当然よ」
エルマが片手で箱の側面を示す。そこには淡く光る月の紋様が浮かんでいた。
「この箱は、“月の女神の加護を受けし者”だけが開けられる。そう記されているの。錠前じゃなく、魔法の封印よ」
「なにそれー!?俺の出番、一瞬で終了とか聞いてないんだけど!」
タカシがその場に崩れ落ち、両手をぶんぶん振り回す。
「まぁまぁ。魔法でしか開かないなら――いるでしょ、適任が」
フィンが意味ありげに、姫へと視線を送った。
「……私ですね」
姫は静かに頷き、箱の前に跪いた。両手を重ね、胸元で印を結ぶ。
「月の光よ――導きの扉を、照らしたまえ」
その瞬間、箱の紋様から淡い銀の輝きがじわりと広がった。
やわらかく揺れる光は、まるで夜空から零れ落ちた月明かりそのもの。
やがて――パチン、と軽やかな音を立てて、封印がほどける。
蓋が静かに持ち上がり、中身を覗かせた。
箱の中から取り出されたのは、一本のリラだった。
滑らかな木肌に月色の螺鈿が淡く輝き、弦はかすかに光を帯びている。
その存在だけで、拝殿の空気が静かに震えるようだった。
「……これは」
姫様はそっと手を伸ばし、リラを抱き上げる。
「手記にあった“音の根源”。かつて村に音楽をもたらした、神の楽器……」
神聖な沈黙が拝殿を包む。
しかし、その空気は姫様が試しに弦に指を触れた瞬間、あっさりと破られる。
ビギャァン……!!
「い、痛っ……!」
思わず耳を押さえて姫様がのけぞる。
「うわ、猫がびっくりして逃げ出しそうな音だ」
ジフが素直に感想を漏らす。
「これは……完全に調律が狂っていますね」
エルマが眉を寄せ、リラを覗き込む。
「このままじゃ、本来の神聖な音は戻らない……でも、村の人たちだけでは、こんな精密な修理は無理でしょう」
しょんぼりするエルマと姫様の横で、フィンがひらめいたように手を打つ。
「あ、そういえば!案内所に楽器の修理用の道具があったよ。小さな作業机と工具箱も」
「おお、それは俺の出番だ!やっと!」
タカシが飛び上がるように立ち上がった。
「昔ちょっと細工仕事をかじってたんだ。小手先の作業なら任せろって感じだね」
「ほう、珍しく役に立ちそうじゃの」
セインがうさんくさそうに呟く。
「ひどいけど……今回はマジでやるぜ!このリラ、ただの楽器じゃない。すごく神聖で、なんつーか……魂に触れるような存在だ」
姫様はリラを胸に抱き、静かにうなずく。
「ええ、このリラが再び鳴るとき、この村は“音”を取り戻すでしょう。これは単なる修理ではなく、再生の儀式です」
リラを囲む仲間たち。
緊張と期待、そして小さな希望が入り混じった表情で、誰もが息を潜めて見守る。
そして――
再び、神聖な音がこの世界に響き渡るその瞬間を、皆が静かに待っていた。
村に戻ったぐだふわの面々。
タカシは早速、修理に取り掛かろうと工房へ向かった。
「お邪魔しま〜っす……って、誰もいないのか」
すっかり静まり返った工房に足を踏み入れると、そこにはさすが音の街らしく、楽器用の工具や道具がずらりと並んでいた。
長い間触れられていなかったはずなのに、どれも丁寧に保存されている。
「やっぱり……心を失っても、道具を大事にしたいって気持ちは残ってたのかな。なんか分かるな」
道具に思い入れのあるタカシは、古の楽器職人たちの気持ちに静かに共感した。
「……あんた、本当に修理なんてできるの?
こんなアーティファクト、あんたみたいな素人に渡すなんて、正直心配だわ」
エルフのエルマは、こういう神聖なものには鋭敏だ。
「むむ、これだからエルフは……アーティファクトだろうとなんだろうと、道具は道具!
道具の修理は俺の得意分野なの!」
「……あんた、シーフでしょうが」
「さてと……神聖銀で作った弦と調律器はどこかな〜」
耳を貸さず、目の前のお宝修理に心を奪われているタカシ。
そんな彼を見て、エルマは小さくため息をつく。
「……心配だわ」
ぶつぶつと呟くエルマを横目に、タカシは楽しそうに作業を始めた。
埃にまみれたリラを前に、タカシは黙々と手を動かした。
マジックオイルや見慣れない道具も臆せず使いこなし、ひとつひとつ丁寧に掃除し、弦を調整していく。
その手つきはまるで、道具と会話をするかのように滑らかで、見る見るうちにリラは光を取り戻していった。
「あら……た、確かに、意外といい感じね」
エルマは先ほどまでのやり取りを照れ隠しするようにしながら、思わずタカシの腕前を認めた。
「俺、田舎で便利屋のバイトしてたんだよね〜。楽器の調律もちょっとだけ齧ったのさ」
「便利屋……なんでシーフなんかやってるのよ」
「楽しいからに決まってるだろ! いいから話しかけないでよ! 今、道具と語り合ってるんだから!」
エルマはため息混じりに「はいはい……私はみんなのところに行ってるから」と言い残し、離れたが、もうタカシは完全に無視。
「♪まだまだ使える使える〜 時間にも負けず風化にも負けず〜 今日も奏でるぞ、この子は〜♪」
自作の歌を口ずさみながら、タカシは神聖なリラを愛情たっぷりに修理していく。
その姿には、まるで楽器に命を吹き込む魔法のような力が感じられた。




