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ブラックエンド

「次の仕事だ。一夜が失敗した、"ブラックエンド"を奪って来い。」

 そう言い、宇佐美は部屋を後にした。

『ブラックエンド…か。皮肉なもんだな。』

 月夜は、右腕を触って下を向いた。


 一条は、事務所でテーブルに足を置き、煙草を何本も吸って、月夜を連れて行った男たちの事を考える。あの年配の男の身元は、判明した。宇佐美貞夫。

資産家にして、いくつもの福祉施設や孤児院を経営しているオーナーだ。それは大規模で、全国に建てられているという。だが、職業柄からは、とても考えられない風貌をしていて、月夜を連れて行く様は、とても施設を運営しているとは思えない様だった。

「…わしの物、ね。」

 月夜の事を、まるで人間扱いしていない素振りが、印象に残っている。あれから1カ月。月夜は、今無事なんだろうか?と考えずにはいられなかった。すると、不意に事務所のドアをノックする音が聞こえてくる。

「…はい。」

 一条は、テーブルから足を下に置く。ドアが静かに開くと、一人の青年が顔を覗かせた。

「…あのー、月夜です。」

「月夜君…!」

 一条は、中に入ってくる月夜を、きつく抱きしめた。

「良かった…!心配していたんだよ!?」

 暖かい抱擁に、月夜は一条の背中に手を回す。

「すみません。長く仕事を休んでしまって…。」

「何を言ってるんだい!君は、まだ安静にしてなくてはいけない体だろ?しっかり、ご飯を食べているのか?前よりも、痩せてしまっているじゃないか!君は、ソファーで休んでいなさい。何か、食べ物を作ってあげるから!」

 月夜は、散らかり放題のどこに、ソファーがあるのか考える。すると、それを察知したのか、一条はダンボールだらけの山からソファーを発掘して、自分の枕と毛布を持ってきて、月夜を横にする。

「今、材料を買ってくるから、待ってなさい!」

 一条が、事務所から出て行ったのを見て、

『一条さんって、料理なんてできるのかな?』

 と、首をひねる。


 デンッ!と月夜の前に置かれたのは、真っ黒い物体だった。

「な、なんですか、これ…?」

「見て分からないかい?マカロニグラタンだよ!」

「マカ…。」

 月夜は、黒い物体を見つめる。

「さぁ~、遠慮なく食べなさい!」

 意を決して、月夜はスプーンをとる。

「い、いただけます。」

 正直、あの屋敷の料理は、食べる気にはならなかった。あの宇佐美の顔を思い出すと、食欲も湧かないというものだ。一条の料理を口にすると、意外と喉を通った。

「どうだ、美味いだろ!?」

 食べながら、自然と涙が零れ落ちていた。それを見て、一条は、ギョッとする。

「そ、そんなに美味しいのかい…?」

 月夜は、涙を拭いながら笑顔を見せる。

「はい。どんな料理よりも…!」

 愛情のこもった料理は、無理やり食べさせられる家畜の料理よりも、美味しく感じた。

「…辛い思いをしたんだね。でも、大丈夫だ。私が、傍に居てあげるから。」

 思いがけない言葉に、ドクンッと鼓動が鳴る。

「…はい。ありがとうございます…!」


 一段落ついた所で、一条から話し始める。

「宇佐美氏の事は、調べさせてもらったよ。とてつもない資産家だってね。彼とは、一体どういった関係なんだい?」

 月夜は、両手を握って話す。

「身元引受人です。施設で、兄と二人で引き取られた、義理の父親です。でも、子供と言うより、奴隷扱いを受けています。」

「奴隷…!?」

「奴の意にそぐわない事をすると、暴力を受けます。だから、僕はそこを抜け出した…はずでした。でも、実際はずっと監視されていました。僕は、行方不明になっていた、兄を探していました。そしたら、その兄も、健蔵のコレクションになってしまっていました。」

「何だって!?その、お兄さんっていうのは?」

「宇佐美一夜。」

「一夜…君だって!?」

 一条は、口に手を当てる。

「兄を、知っているんですか!?」

 月夜は、一条の方を向く。

「近くの喫茶店でバイトしてたから、よく話しをしたよ。…あの、一夜君か…!10年前、忽然と居なくなったから、探していたんだ。ある男と一緒にね。」

「ある男…?」

「小田桐豪。一夜君が居なくなった時と同じ、10年前に居なくなった男だ。奴は、坂下昇に雇われていたスナイパーだ。怪盗シルバーが、"ブラックエンド"の予告状を出した時にいた。」

「坂下、昇…!」

『こいつだ、次のターゲットは!』

 月夜は、早る気持ちを押さえて聞き出す。

「それで、その二人は一体…?」

 一条は、ゴミの中から一つのファイルを出した。そして、写真を見せる。

「まず、これが小田桐豪。」

 写真の男は、短髪でうっすら髭を生やしていた。眉は太く、ガタイは筋肉質で大きい。

「こっちが、坂下昇だ。彼は、株で儲けている。」

 一条が渡してきたもう一つの写真を見る。前髪を左右に分けていて、細身の男だ。

            ※

 月夜は、フューたちのいるボックスカーに向かう。

「俺だ!開けてくれ!」

 月夜の声に、急いでフューがドアを開ける。

「月夜!もう、大丈夫なのか!?服に血がついてた時には、びっくりしたぞ!」

「休んでいる暇がないんだ!あの、爺の性格分かってるだろ!?」

 フューは、う〜ん、と唸る。

「傷口を見せてみろ月夜。」

 珍しく、バスクが同行している事に驚く。

「…あ、おう。」

 月夜は、傷口を見せる。すると、バスクは注射を出して、傷口に打つ。

「ぐあっ…!!」

 あまりの痛さに、声を上げる。

「鎮痛剤だ。しばらくはもつだろう。後、これは、痛み止めのような薬だ。」

「あ、ありがとう…。」

 月夜は、驚いて聞いてみる。

「バスク。まさか…。」

「医者免許なら持っている。」

『やっぱり。』

 その場にいた3人が、唖然となる。このバスクは、一体いくつの免許を持っていることやら…。

「李よ、開けてちょうだい!」

 突然、ドアを叩く音がして、フューが開ける。

「どうしたんだ、一体!?」

「どうしたじゃないわよ!月夜、"ブラックエンド"を取りに行くんでしょ?なんで、教えてくれなかったの!?」

「えっ…?なんで知って!」

「馬鹿ね。宇佐美さんが、私に言わない訳無いでしょ!?」

『あの爺〜!!』

 月夜は、心の中で毒づく。すると、李がドアを閉めて中に入ってくる。

「私も行くわ!一夜の二の舞いは、もうごめんだわ!」

「李。でも…!」

 李は、月夜の傷口を指す。

「そんな怪我して、危険な場所に1人で行かせるわけがないでしょ?サポートが、必要だわ!」

「服は、伸縮するから、女の人でも着れるよぉ~!」

 ジェリーが、声をかける。

「決定ね!」

 李が、笑って見せる。月夜は、苦笑いして頭をかく。

「…ありがとう。よろしく頼む!」

「ええ!」

 月夜は、李と握手する。

「それじゃあ、今まで以上のサポート、皆頼むぜ!」

「おうっ!!」

 月夜たちは、互いの拳をぶつけ合う。


 今回、坂下からの依頼はなかったが、轟たちは動員数を増やし、木陰に潜んでいた。坂下の屋敷の庭には、ロボットの兵士たちが何体も見張りをしていた。

「庭先には、AIの警備兵が数体います。ドローンを飛ばして、中をスキャンします。」

「ああ。」

 警官は、一機のドローンを飛ばし、屋敷の上に行く。

「…ん?おかしいな…。」

「どうした?」

 首を傾げる警官に、轟が聞く。その頃、月夜たちも違うルートから屋敷を見ていた。

「ねぇ~。熱探知が、まったくないよぉ~?」

 ジェリーが、椅子越しに後ろを向く。

「何だって?じゃあ、坂下は一体どこに…。」

 スキャン画面を見て、フューが言う。

「何にせよ、入って見るしかないだろ?」

 月夜は、グローブをつけ直す。李も、準備万端だ。

「ねぇ、月夜。あの探偵さんに、何も告げずに来て良いの?」

 月夜は、ほほ笑んで頷く。

「未練が…残るとさ…。」

「そう…。」

 李は、月夜の肩をポンと叩く。

「それじゃ、パーティーと行こうぜ!!」

 月夜の声を合図に、屋敷の近くから一機のヘリコプターが姿を現す。

「な、なんだ。これは…!?」

 轟たちは、口をあんぐり開けて、上を見る。そして、月夜と李は、屋敷の庭先へと降りる。途端に、ロボットたちが警戒音を鳴らす。

「侵入者発見!侵入者発見!直ちに排除します!」

 AIロボットたちが、一斉に発砲する。月夜と李は、一体ずつ蹴りや拳で壊していき、木陰に隠れながら攻撃を続ける。ロボット兵たちが居なくなると、今度は鉄格子が空いて、レンズをつけたドーベルマン型の犬たちが、襲ってくる。

「これじゃあ、きりがない!」

「こっちよ、月夜!」

 李の後を追いかけ、2人は屋敷の扉へ入る。外では、犬たちが吠えて、扉を開けようとする。

「堂々と入って良かったのか!?」

 言っていると、メイドのアンドロイドが現れる。

「お客様。アポイントメントは、お取りですか?そうでない場合…。」

 言い終わる前に、李が頭を蹴る。すると、

「侵入者…発見!侵…入者…は…!」

 警報音が鳴り響くと、屋敷内のメイド型アンドロイドたちが、指鉄砲を放つ。月夜たちは、銃弾を避けながらロボットを破壊していく。

「侵入者発見!直ちに総動員…!」

 総動員と聞き、月夜は冷や汗をかく。

「おいおい!フュー、どうにかならないのか!?」

「もう少し、耐えてくれ!ジェリー!!」

「アイアイサァ〜!」

 ジェリーは、キーボードを動き続ける。月夜と李は、骨董品の置いてある台に隠れて、銃弾を避ける。

「ここは、からくり屋敷か!?」

 メイドの次は、執事たちが口を開けて銃弾を放ってくる。

「すごく派手なパーティーねぇ!」

「言ってる場合か!?」

 月夜がそう言うと、李が出て行き、両腕から刃物を出し、執事ロボットを切り刻んでいく。その鮮やかさに、月夜はポカンと見ている。やがて、あらかたやっつけた。

「…スゲッ!拳法か何かか?」

「女のたしなみよ。」

 李は、ウインクして見せる。2人が、角に差し掛かろうとすると、不意に銃弾が飛んでくる。

「月夜!」

 李は、月夜を庇いながら角の壁際に隠れる。廊下の壁沿いに、大型ロボットが二機待ち構えている。月夜は、李の右手首を負傷している事に気づく。

「李、お前…!」

「かすり傷よ!」

「ハッキング、オーン!!」

 ジェリーの声と共に、大型ロボットたちが、同士討ちを始める。それを見計らって、月夜は、李の右手首に布を巻く。

「っ…!あなた、いつも布を持っているの?」

「バスクが、傷口が開いてしまったら、使えって。」

 李は、ギョッとする。

「あなた、そんなものを…!」

「大丈夫だ。傷口は、開いてない。ついでに、これも飲んでおけ!」

 月夜は、李の口に薬を入れる。

「!?」

「痛み止めだ。バスクがくれた。」

「それじゃ、月夜の分が…!」

「問題ない!たくさんもらったからな。用意周到だよ!」

 辺りが静まり、2人は自滅したロボットを後にして、先を急いだ。月夜は、本当は右腕が悲鳴をあげていた。薬も、1錠しかない。

『これぞという時に、取っておかないとな…!』

 月夜は、冷や汗をかく。

「侵入、完了〜!でも…、ちょっとおかしいんだよねぇ。坂下が居るはずの、ラボのコントロールができないんだぁ~?!」

「えっ…?」

 それが、何を意味しているのか。2人は、行って確かめるしかなかった。


 周りが、静かになった事に気づき、外で構えていた轟達が動き出す。

「突入するぞ!」

 警察官たちは、うん、と頷き屋敷に進んで行く。


 月夜たちは、急いで坂下の居るであろう大部屋へと向かう。だが、奴の姿は見当たらず、二手に別れて探した。リビング、ダイニング、客室。2人は、顔を合わせて首を横に振る。残りは、寝室…。うん、と頷き、2人は顔を合わせてドアを蹴り破った。すると、異臭が漂ってくる。

「なんだ、この臭い…!」

「これは…!?」

 李は、そっと部屋の隅にあったベッドのカーテンをめくる。そして、ハッとする。

「月夜…!」

 呼ばれて、ベッドの方へ行くと、そこにはミイラ化した坂下の遺体が寝転がっていた。

「それじゃ、一体どうやってこの屋敷は機能してたんだ!?」

 ベッドわきに置いてあったパソコンの数々が、主人の命令のままに勝手に動き、さも生きているかのように動いていた。

「なんてこと!?株の取り引きも、AIが自動的にやっているわ!」

「居ない主人の代わりに、AIが成り代わっていたなんて…。肝心の得物は?」

 2人が考えに耽っていると、屋敷の入り口からドドドッと大勢の足音が聞こえてきた。

「ここには、居ません!」

「手分けして探せ!!」

 警察官たちが、安全だと気づき、敷地内に侵入したことを知り、2人は焦る。

「まずいな!このまま、得物の場所が分からないんじゃ、話しにならない!」

「待って!」

 李は、坂下のパソコンを操作する。

「このパソコンだけ、ネットに繋がっていないわ!ジェリーが言ってたのは、コレの事じゃない?」

「李、そんな事してる場合じゃ…!」

「あった!」

 李が、パソコンのエンターキーを押すと、後ろの本棚が、ガガッと開く。

「ウソだろ!?」

「この先に、隠し通路がある!月夜、先に行って!!」

 月夜は、目を見開く。

「何を言ってる!一緒に…!」

「ここにも居ません!」

 警察官達が、徐々に近づいて来る。

「早く行って!!」

 李は、月夜を突き飛ばし、隠し通路への道を閉めた。

「李!!」

 李は、パソコンの画面を叩き割って、月夜に笑顔を向けると、窓を蹴破って行った。

「居たぞ!シルバーだ!!」

「外へ逃げたぞ!捕まえろ!!」

 月夜は、閉まりゆく扉に手を伸ばし、消えて行った。

            ※

 李の行く末が気になるが、彼女の意思を信じて前に進むしかない。月夜は、ライトをつけて、下へ続く階段を降りて行った。とても静まりかえっていて、何処からか、滴の落ちる音が響いている。

『こんな所に、"ブラックエンド"は、あるのだろうか?』

 後には戻れない為、前に進むしかなかった。疑問を持ちつつ、暗闇の中を進んで行くと、一番奥には水たまりがあり、そこに沈んでいるトンネルが続いていた。

「これを、潜れってことかよ!」

 月夜は、ため息をつく。そして、コートとサングラス、帽子を脱ぎ捨て、ポケットに入っていた最後の痛み止めを飲む。

「水泳なんて、何年振りだ?」

 言いながらストレッチをする。 

「行ってみっか!」

 月夜は、口にライトを加えて、静かに足から沈んでいった。

『思っていたよりも深いなっ…!』

 少し、恐怖を感じながら、思い切り壁を蹴って潜って行った。水に沈んでいるトンネルは、とても古びていて、きっと坂下が亡くなる前に、放置されていたように思える。しばらく経つと、トンネルの奥が見えてくる。 

『良かった。そんなに長くないみたいだ!』

 息が続く距離に出口があり、月夜はホッとする。トンネルを抜けると、そこには一つの空洞があった。月夜は、一気に顔を上げる。

「はぁっ、はぁ~!」

 息を切らして、月夜は力無く地面に横たわる。

「帰りも、これだったらたまらないぜぇ!」

 泳ぎが苦手な月夜は、毒気づく。言いながら、周りを照らして見ると、頭上に女性の彫刻がある事に気づく。そして、その首には"ブラックエンド"が架かっていることに気がつく。

「あっ…。あった!」

 そのサファイアは、埃を被りながらも、美しい輝きを放っていた。これが、一夜が取ることが出来なかった宝石。月夜は、そっとそれに触れようとする。

「動くな!」

 突然、洞窟内に響き渡る声に、月夜はギクッとする。こんな洞窟の中を、どうやって入って来たのか、不思議に思う。

「こちらを向け!」

 銃を向けた男に、目を見開く。

「小田桐…豪…!?」

「俺の事を知っているのか?」

「何故ここに!?10年前に行方不明になっていたはずじゃ…!」

 月夜の姿を見て、小田桐は銃を下げる。

「もしかして、君は一夜さんの…!?」

「兄さんの事を、知っているの!?」

 小田桐は、銃を持った腕をダランと下げて、頭を抱える。

「そういうことか…!ああ、神よ…!!」

 小田桐の首には、十字架が架けられていた。

「俺は、また過ちを犯すところだった…!」

 訳の分からない小田桐の言葉に、月夜は困惑する。それに気づき、小田桐はゆっくりと月夜を見る。

「ああ。すまないね。昔の事を思い出していたんだ。」

 月夜は、小田桐に話しかける。

「あんたは、兄さんの何を知っているの?兄さんと、どんな関係?」

 月夜の真剣な眼差しに、小田桐は一夜の面影を重ねる。姿形は違えど、やはり兄弟。少し似ている。

「…彼を、この手で…殺した。」

 月夜は、ハッとする。

「愛していたのに…!まさか、彼だとは思わなくて…!!」

 小田桐は、腕をダランと下ろし、上を見る。そして、ゆっくりと月夜を見る。

「…少し、昔話しでもしようか?俺は、この仕事についてから、絶望の底にいた。そんな中、あの喫茶店で、一夜さんと出会ってしまったんだ。いつも明るくて、俺の事など分からないに、親しげに話しをかけてくれた。血塗られたこの手を持った俺に、その笑顔はとても神々しくて、惹かれずにはいられなかった!今日会ったら、また明日。今度は、どんな話しをしようかと…、胸が躍った。一夜さんも、徐々に俺の事に興味を抱いてくれて、次第に俺たちは愛し合った。とても充実して、心満たされた日々を送った。…そんな中、坂下からの依頼が舞い込んできたんだ。多額の報酬。それを手にしたら、一夜さんを宇佐美から解放して、二人で国外に逃げようと…!」

 その夜の事を思い出して、小田桐は首に架けた十字架を握る。


 坂下の屋敷から、シルバーが屋根づたいに舞い降りて、手には""ブラックエンド"を握りしめていた。小田桐は、木陰からシルバーを銃で狙った。

「グッバイ、盗っ人シルバー!」

 ためらわず、小田桐は引き金を引いた。ドンッという音とともに、シルバーは屋根を転がり落ちた。それを目視すると、小田桐はシルバーの倒れた庭先へ銃を持ちながら歩いて行った。血だらけで倒れていたシルバーにまたがると、荒い呼吸をしながらまだ生きていた。

「しぶとい奴だ。最後に、面を拝ませてもらおうか。」

 シルバーのサングラスを外し、小田桐はドクンッとする。銀色の眼をした、血だらけの一夜が、息を切らしてほほ笑んでいた。

「…さ…よなら、豪…さ…。」

 一夜は、そのまま呼吸をしなくなった。小田桐は、ワナワナと銃を投げ捨て、血だらけの一夜の顔をそっと触る。

「…そ、そん…な…!そんなことなんて…!?うあぁあ〜!!」

 小田桐は、天を仰いだ。


「俺は、一夜さんを抱えてその場から姿を消した。警察にも、誰にも触れさせたくなかったからだ。彼を、埋葬しようとした時、首に君の写真があった。それで、君の存在を知った。一夜さんが、もっとも大事にしていた者がいることを知り、俺はこの仕事から手を引き、宇佐美の事や君の事も色々と調べた。そして、一夜さんが危険な仕事をさせられていることを知った。俺は、気を見て宇佐美をどん底に落としてやろうと考えた!だが、その前に君の事が気になってね。一夜さんの後を継ぎ、必ずここへ現れるわじゃないかと、身を潜めていたんだ。」

 小田桐の話しを聞きながら、月夜はやっと合点がついた。

「兄さんを、どこに埋めたの?健蔵の屋敷に行ったら、兄さんの首だけコレクションにされていたんだ!身体は、どこに…!?」

「なんだと!?」

 小田桐は、困惑する。そして、歯ぎしりする。

「健蔵…!あの、狂い老人が!!俺が埋めた場所を、坂下から聞いたんだな!?」

「兄さんを埋めた場所は、どこ!?」

 小田桐は、地図を渡す。

「ここだ。気を見て、改めて埋葬してやってほしい!首は、警察が…?」

「宇佐美が、金を払って首をもらい受けた。兄さんも、ホルマリン漬けじゃ、可哀想だ!」

 小田桐は、うん、と頷いた。

「俺の仕事は、君を宇佐美から解放することだった。だが、もうその必要も無くなった。」

「えっ…?」

 月夜は、首を傾げる。

「奴は、昨年から心臓を患っていた。そして、何度も倒れては、医者を呼んでいた。最後に、君に会ってから、宇佐美を撃ち殺してハッピーエンドにしてやろうと思ったが、今奴は危篤状態だそうだ。」

 あまりの事に、月夜は頭の中が真っ白くなる。

「危…篤!?あの、じいさんが…!?」

 一夜が居なくなってから、この悪夢は続くのではないかと思っていた。だが、唐突に、心に巣食っていた闇が晴れていくのが分かった。不意に、涙が零れ落ちて、膝をつき、我慢していたものが一気に込み上げて、咆哮を上げる。その姿を見て、小田桐は月夜の背中をさする。

「君は、自由になれる…!やっと、奴から解放されるんだ!!」

 月夜は、手で顔を覆い、縮こまる。そして、ひたすら大声を上げる。しばらく経つと、全てを吐ききって静かになる。

「…ずっと。ずっと、続くと思っていたんだ!それなのに…!!」

「俺の役目も、君をここから出したら終わりになる!これが、最後の仕事だ。あの宝石を持っていくんだ!」

 月夜は、笑顔を見せる小田桐の顔を見て、頷く。

『…一夜兄さん。やったよ!やっと、解放されるんだ!!』

 宝石を胸に抱き、月夜は一夜を思い出す。月夜が、物思いに耽っていると、小田桐が何かの気配に気が付き、急いで月夜を銅像の陰に隠れさせる。すると、銃声が飛び駆ってくる。

「坂下!こんな所にまで、仕掛けをしていやがったか!!」

「どうするんだ!?」

「言っただろ?俺の役目は、君をここから無事に逃がすことだと!俺が引き付けるから、君はあの穴から脱出するんだ!」

 言いながら、小田桐は、仕掛けを銃で狙い撃ち壊していく。

「あんたは、一体どうするんだ!?」

「俺の事は、気にしなくていい!そんなことより、君は君の役目を果たすんだ!」

 月夜は、頷くと洞窟の外へつながる通路へ走って行く。

「…そう。それでいい…!」

 小田桐は、ほほ笑んで見送る。そして、仕掛けを全て壊していく。月夜は、息を切らしながら、入り口のある道を走って行く。その間に、天井がガタガタと崩れ落ちていくことに気づく。

「なっ…、なんだ!?」

 言いながら、月夜は足を止めない。小田桐は、洞窟が崩れ落ちていくのを眺めていた。周りには、大きな岩石が崩れ落ちていた。

「…一夜さん。これで、少しの償いは出来ただろうか…?これで…。」

 小田桐は、石の下敷きになってしまった。


崩れゆく道をひたすら走り抜けると、明かりが見える。 

「やった、出口だ!」

 月夜は、その先を見て唖然とする。入り口は、崖の上だった。

「なっ…!これじゃあ、一体どうやって…!?」

 すると、間髪入れずにヘリが駆け付けてくれる。

「バスク、ジェリー、フュー!」

 フューが、ハシゴを降ろす。

「掴まれ、月夜!」

 月夜は、ハシゴに飛び移る。ヘリは、その場を去っていく。月夜は、崩れ落ちていく洞窟を見ていた。そして、ヘリの中に入ると、1人居ない事に気づく。

「フュー、李は…?」

 フューは、無言で首を横に振る。

「嘘だろ!?だって…!」

「今回、警察も万全を期して総動員してきた。彼女なら、逃げおおせると思っていたが、ヘリに乗り移る前に、多くの警官に取り押さえられた。残念だが、助けることが出来なかった。」

 バスクが、心無く言葉を突きつける。

「そ、そんな…!?」

「李は、捕まる時に、舌を噛みちぎろうとしたけど、抑えられた。ひどく抵抗したせいで、顔には酷い痣が残っていたよ。」

 ジェリーが、頭の後ろで手を組んでしゃべる。

「李は、ここへ来る前に、自分の店を跡形もなく壊してあった。それだけ、覚悟をしてきたという事だ。」

 フューが、口を開く。

「…李は、始めから俺の代わりをするために…!?」

 月夜は、手にしていたブラックエンドを握りしめる。

            ※

 大きな犠牲を払った。それも、この一人から始まった。月夜は、息も絶え絶えの宇佐美のもとに居た。

「…あんたでも、死ぬ時が来るんだ?」

 宇佐美は、薄目を開けて月夜を見る。

「…はっは。ま…さか、最後に見る顔が、お前だとはな。皮肉なものだ。」

 月夜は、無言の表情を浮かべる。

「さ、…最後に、頼みがある。私が居なくなったら、代わりに…ロスに居る息子の面倒を…。」

「ふざけるな!なら、なんで俺たち兄弟を引き取った!?面倒を見ろだって?なら、最初から息子に仕事をやらせれば良かったじゃねぇか!!」

「息子は…障害者…なんだ。寝たきりになっている。妻も旅だっているから、他に見てやれる家族が居ない。」

 月夜は、部屋を出て行こうとする。

「なら、最初から息子をここに呼んで面倒を見てやれば良かったじゃねぇか!」

「…惨めに見えて、傍に置いておく勇気がわしにはなかった…。私に、障害者の息子が居ると分かれば、世間のかっこうの餌だ。また、そんな息子を、世間に出したくなかった!」

 月夜は、それを聞いて、ドアノブから手を放す。

「結局、あんたは実の息子でさえも、一人の人間として見れなかったんだな。ロクな死に方しねぇぜ!」

 宇佐美は、うっすらと笑みを浮かべる。

「…そうだな。私の財産は、好きに使え。」

「当然だ!こっちは、命がけで怪盗ごっこをしてきたんだからな!!あんたの事は、子供の頃から大嫌いだった!俺たち兄弟を、散々引っ掻き回しやがって…!!」

 月夜は、怒鳴り声を上げて涙を流した。そして、部屋から出て行く。その姿を見送り、宇佐美はフフッと笑みを浮かべ、天井を見る。

「…宇佐美様?…宇佐美様!?」

 傍使いの声を後に、月夜は屋敷を出て行った。


 この後。月夜には、一番恐ろしいイベントが残っていた。

「…あ、あの〜。」

 そっとドアを開けながら、月夜はある男のもとへ足を運ぶ。その男は、煙草をふかしながら、テーブルの上に足を置いて座椅子に座っていた。

「…一条さ〜ん。」

 月夜の声に、一条はムクッと立ち上がり、月夜の方へ向かってくる。その顔は、当たり前だがムスッとしていた。

「ごご、ごめんなさい…!!大人しくしてないと、絶対反対されると思って…!!」

 月夜が頭を下げる前に、デコピンが飛んでくる。

「痛っ…!」

「君。一体、どんなことをしたのか、自覚してるんだよね?」

 一条は、月夜の顔を覗き込む。

「は、はい!もう、こんなことはっ…!」

 突然、一条の顔が近くにあって、月夜は驚く。唇はふさがれ、激しい口づけをされる。月夜は、目を閉じてされるがままになる。一条は、唇を放すと、ギュッと月夜を思い切り抱きしめた。

「言ったじゃないか!私が傍にいると…!なのに、君は…!これ以上、後悔させないでくれ…!!」

 月夜は、涙が出てきて、一条の背中に手をまわす。

「…はい。ごめんなさいっ…!」

『ああ。やっぱり、俺の帰ってくるところは…。』

  暖かい抱擁に、胸が高鳴る。しばらく経つと、一条は月夜の肩を掴んで離れる。

「先ほど、轟さんから怪盗シルバーを捕まえたと連絡がきたんだ!」

「えっ…?」

 月夜は、ハッとする。

「特別に、私に顔を拝ませてくれると言ってるんだけど、どうする?君も、行ってみるかい?」

「は、はい。是非!」

 月夜は、胸を押さえた。

            ※

 月夜は、フューたちに一条と共に訪れた場所を話す。アジトのテーブルの上に、李が収容されている病院の見取り図を広げる。

「まず、周りは警察と、報道陣でごった返している。この気に、人混みへ紛れて入るのが良いだろ!」


 月夜は、一条と訪れた時の事を思い出す。一条が車を入れたのは、病院の裏手だった。

「入り口は、報道陣でいっぱいだから、轟さんから裏の方へ入るように指示を受けたよ。」

 一条と月夜は、車を降りて辺りを見渡す。そして、入り口付近で待っていた轟に声をかける。

「轟警部。お招き、感謝いたします。」

 一条の姿を見て、轟が歓喜の声を上げる。

「おお。一条さん、よくぞいらしてくださいました!ついに、念願が叶いました!」

「おめでとうございます!私では、役に立たなくてすみませんでした。」

 轟と一条は、握手を交わす。

「なんの!さあ、こちらです!」

 轟は、一条たちを案内する。だが、入り口へ行くと、警官が立ちはだかる。

「すみませんが、身体検査を!」

「必要ない。私の客だぞ!」

「はあ…。しかし…!」

 一条は、轟の肩を叩く。

「構いません。その方が、こちらの警官の方も安心でしょ?構わないよね、月夜君。」

「ええ。僕は一向に構いません。」

「で、では…!」

 警官は、身体を念入りに調べる。

「すみません。不快な思いをさせてしまいました。どうぞ!」

「ああ。」

 一条と月夜は、轟の後に続く。まずは、入り口付近の小部屋に監視カメラが数台。部屋では、二人の警備の警官がいた。

「怪盗シルバーは、てっきり男性だと思っていました。彼、…いや、彼女でしたけど、声をかけた事がありましたから。」

 一条が、歩きながら話す。

「私も、そうです。でも、変声期を使っていたのかもしれません。」

 轟も、話しながらエレベーターの上ボタンを押す。そして、チンッと音が鳴るとドアが開く。轟に続いて、中へ入る。轟は、六階のボタンを押す。上に行くと、一度二階で止まり、一人の医者が入ってくる。名札には、内藤と書いてあった。

「これは、先生!今、向かうところでしたよ。」

「これは、警部。調度、時間だったのでね。」

 内藤は、眠たそうに頭をかいた。時間は、11時半頃だった。六階に着くと、四人はエレベーターを降りる。ナースステーションに行くと、内藤が声をかける。

「誰か、手が空いてたら、バイタルチェックをして。」

「はい。」

 一人の看護師が、カルテを持って一行に加わる。廊下の壁は真っ白で、窓は一つもなかった。途中で、ゴミの入ったカートを持った業者が、後ろから着いてくる。途中で、内藤は閉まった扉に着くと、暗証番号を入れ、胸元につらさげていたカードのバーコードを読み取る。ピーッという音と共に、扉が開く。すると、いくつものガラス張りの個室があり、皆ベッドに拘束されていたり、猿ぐつわを噛ませられて、薬を飲まされているのか、ダランと身体をベッドに横たわる人間でいっぱいだった。内藤は、左の奥の一番奥にあるカーテンがかかったガラス部屋に向かう。そこにつくと、分厚いガラスの前で足を止めた。

「ここで、お待ちください。」

 内藤がそういうと、看護師と部屋のドアに向かい、キーボードにパスワードを入力する。すると、プシューッという音と共にドアが開く。内藤達が、病室の中に入ると、看護師がガラス越しのカーテンを開ける。その部屋のベッドに横たわる人物を見て、一条と月夜は、息を飲む。

『李…!』

 月夜は、ガラスに手を当てる。彼女は、右目と頭に包帯を巻き、口には大きな酸素マスク。両腕、両足は縛られ、拘束されていた。

「こ、これは…!彼女に、ここまで拘束を!?」

 一条が、轟に訴える。

「彼女は、警察が仲間の事を聞くと、その度に自殺を測りました。今は、睡眠薬と安定剤で眠らせているので、抵抗できません。」

「その、仲間とは?シルバーは、一人で動いていたのではないんですか!?」

「ええ。坂下の屋敷に、ヘリコプターを使い、姿を現しました。」

「ヘリを!?」

 一条は、ただただ驚いた。

『李が、仲間を売るわけないだろ!?』

 月夜は、今すぐ助けたい衝動を抑えて拳を握った。

「不甲斐ない限りです。シルバーに、そこまでする強い意志があったとは…!」

「ただの盗っ人ではなかったと?」

 一条が聞き返す。

「警察の感というやつです。…こう、何かを守ろうとする強い意志があるようにしか見えない!命を張ってでも…!!」

『その通りだよ…!!』

 月夜は、心の中で叫んだ。

「彼女の身元は、分かったのですか?」

「名前は、李周梅(りしゅうめい)。花屋で働いていましたが、部下がその場所に行った時には、瓦礫の山になっていたため、それ以上の事は判明していません!」

「なるほど…。」

「彼女が回復するまで、捜査は打ち切りになりました。時間はかかるでしょうが、怪盗シルバーの秘密を、暴いていくしかない状態です!」

 轟は、ガラスを拳でドンッと叩く。

『李、待っていろ!必ず、助け出すからな!!』

            ※

「…ということだ。俺が道案内するから…。」

「いや、待て。お前は行くな!李の救出には、俺たちが行く。」

 バスクが、月夜を止める。

「でもっ…!」

 フューが、月夜の方に手を向け制する。

「お前には、宇佐美のじいさんの葬儀が残っているだろ?いなかったら、もっと怪しまれるぞ!特に、あの探偵さんにな!」

「という事だ。お前は、宇佐美の葬儀に出て、後の事は俺たちに任せろ。」

 バスクが、釘をうつ。その言葉に、月夜は反論出来なかった。


 盛大な葬儀が行われた。各界の著名人が参列し、そこには礼服を着た月夜がいた。その横には、一条が居る。

「…辛いかい?いざ亡くなると。」

 月夜は、首を横に振る。

「心が解放されました。こいつの死で…!なのに、何故かモヤモヤするんです。幼い頃から、兄さんと一緒にこの男からあらゆる教育を受けました。そして、兄さんも亡くなったことで、こいつの後始末をするのは、僕です。まだ、こいつに振り回されている感じがします。」

 一条は、月夜の頭を抱く。

「そうかい。」

 棺に入った宇佐美が、墓地に埋められていくのを見て、二人は無言のままそれを見ていた。全ての葬儀が終わり、余韻が残る中、一条が話しを始める。

「宇佐美さんの事を調べさせてもらったよ。彼は、アメリカに血の繋がった、障害者の息子さんがいるらしい。そして、その施設や、国のあらゆる施設に財産を使っていたらしい。君たちのいた孤児院にも、寄付していたらしいよ。」

 一条の話しに、月夜は足を止める。

『ああ。だから、宇佐美が来た時に、室長は大喜びしていたのか。』

 少しの疑問が、解決した。

「偽善だ、そんなの…!」

「ああ、そうだね。だけど、私には息子さんにしてあげられなかった、彼の唯一の償いじゃないかって気がしているよ。」

「償い…?」

「宇佐美氏は、確かに君たち兄弟には、手厳しい人だったかもしれない。でも、周りを見れば、彼の偽善と呼ばれる行動に、どれだけの人たちが救われてきたか、葬儀の参列者の数を見れば、分かるんじゃないかい?」

 月夜は、参列者の多さに、目を見開いた。

「その人間の器は、亡くなった時に訪れる参列者の数で解ると言う。彼の偽善も、これだけの人間を救ってきたんじゃないか?」

 一条の言葉に、月夜は食ってかかる。

「それでも、俺たち兄弟には、良い父親なんかじゃなかった!!道具のような扱いを受け、苦しめられて…!胸が張り裂けそうで…!!」

 月夜は、胸を押さえる。

「あんな奴、地獄に落ちれば…!!」

 憎しみが込み上げてきて、顔が歪む。また、そんな自分が惨めで、悔しくて、心の置き場所に困った。

「少しの謝罪もなかった!最後の最後まで!!俺に、押し付けるだけ押し付けて…!!」

 一条は、月夜を引き寄せる。

「許さなくて良い!無理に、許さなくて良いんだ…!あまり、自分を苦しめるんじゃない!君も、一人の人間なんだから。」

 一条の言葉に、救われた気がした。月夜は、一粒の涙を零した。

            ※

 内藤は、いつもと同じ時間に、エレベーターの前に二階に着くのを待っていた。

「動くな…!そのまま、いつもと同じでいろ。」

 姿が見えない声に、内藤は驚く。首には、ひんやりとしたものが当たっている事を感じる。刃物が、しっかりと動脈の上に当たっている。

「…プロの人だね。もしかして、彼女のお仲間かな?」

「…。」

 バスクは、何も言わずにいる。すると、エレベーターがついて、扉が開く。内藤は、冷や汗をかきながら、中に入り六階のボタンを押す。天井を見ながら、内藤が話す。

「…それにしても、酷いよねぇ。警察も、あんな綺麗な女性をボコボコにしちゃうんだから。同情するよ。」

「いつもと同じようにと言っている。妙な気を起こしたら、解ってるな?」

「はいはい。僕も、まだ死にたくないからねぇ。」

 六階に着き、内藤はいつものようにナースステーションを通る。

「あ、内藤先生。バイタルチェックですか?」

 看護師の一人が声をかける。

「いや、いいや。いつもと同じことだし、僕が一人で見てくるよ。」

「あ、はい。分かりました。」

 看護師は、首を傾げる。内藤が、いつもと同じように廊下を歩いていると、いつもと同じように業者が後から着いてくる。

「お仲間…ねぇ。」

 帽子を深く被っていた為、顔は見れない。内藤は、扉に着くと暗証番号を打つ。そして、胸元のカードのバーコードをかざす。すると、扉が開く。

「こっちだ。」

 内藤は、左奥の病室へ向かう。そして病室の扉にパスワードを打つ。プシューッと音が鳴り、ドアが開く。業者の男も、一緒に入ってくる。

「言っておくが、バイタルに異常がでたら、看護師たちが見に来るぞ?」

「そんな事は、解っている。」

業者の男が、ゴミ袋を運ぶ台から、アンドロイドを取り出す。人間とそぐわない人形を見て、内藤は驚く。

「お前の役目は、ここまでだ。」

 バスクは、内藤の首を打ち、気絶させる。フューは、アンドロイドのスイッチを入れる。バスクは、姿を現し、李の脈を測っているコードを掴む。

「俺がやる。人形を置いてくれ。」

 バスクは、素早くコードを抜く。その間、ナースステーションに、一瞬だが警報音が鳴る。看護師たちは、驚いて部屋の場所を見る。だが、その場所を見て、直ぐにいつもの作業に戻る。

「内藤先生が行っているから、大丈夫よね?」

「そうね。」







 









 














 月夜は、李の身を案じていた。

『フューたちは、うまく李を救い出せただろうか…?』

 彼らの連絡を待つしかなかった。神妙な表情をしている月夜の顔を見て、一条は、コーヒーを渡す。

「月夜君。少しは、落ち着いたかい?」

「え、ええ。ありがとうございます。」

 月夜は、両手で受け取る。事務所のソファーに座り、一条はその隣に座る。

「宇佐美さんの会社は、引き継ぐのかい?」

「いえ。まだ、そこまで考えていません。宇佐美には、まだ血縁者がいるようなので、その人たちと話し合ってみようかと…。」

「…そう。」

 一条は、コーヒーを一口飲む。そして、ゆっくりと話す。

「こんな、古びた探偵事務所なんかのバイトをしていなくてもいいんだよ?君には、君の大切な人生がある。」

「い、一条さん?僕は…!」

 一条は、席を立って何も言わずにいつものデスクに向かう。その後ろ姿を見て、月夜はいたたまれない気持ちになる。

「…言ってくれたじゃないですか!ずっと、傍に居てくれるって!!あれは、ウソだったんですか!?」

 一条は、背を向けたまま何も言わない。

「やっと…。やっと、俺の居場所はここだって思えたんです!それなのに…!その思いさえも、あなたは踏みにじるんですか!?」

 一条は、デスクにコップを置く。

「…後悔は、しないのかい?」

「えっ…?」

 月夜は、目を見開く。

「私の傍なんかにいて、君は…後悔しない?私は、執念深い男だよ。いつまでも、君を…!」

 一条の言葉を聞いて、月夜は背中に抱きつく。

「…今更、なに言ってるんですか?!執念深くなくちゃ、探偵は務まらないでしょ?」

「月夜…。」

 一条が振り向くと、月夜はにっこり笑う。

「まずは、この事務所を新築しましょう!僕の寝床も作らなくちゃいけないし!」

 一条は、苦笑いする。

「君という子は…。敵わないな…!」

 言ってから、そっと頭を撫でる。

「こ、子供扱いしないでください!これでも、25歳ですよ!」

 月夜は、恥ずかしくなって顔を赤くする。

「…安心した。頼りになる助手を無くしたら、私はゴミの山で埋もれ死んでしまうところだったよ!」

 それを聞き、月夜はムッとする。

「ただの助手?」

「それとも、なんて言ってほしいの?」

 一条は、ジッと月夜を見る。

「っ…!」

 赤くなっていた顔が、更に赤くなる。

「…ズルい…!お、俺に言わせるなんて…!」

 心のやり場に困り、目を逸らす。

「ずっと思ってたんだけど、感情が高まると、君は自分の事を"俺"って言うんだね。」

「話しを逸らさないでくださいよぉ~!」

 二人が、良い雰囲気になっているところ、突然月夜のスマホのバイブルが鳴る。

『もしかして…!!?』

 月夜は、予感を感じ一条から手を放す。

「ああ~。どうやら、宇佐美の関係者からの呼び出しのようです!少し、行って来ますね!」

「あ、ああ…。」

 一条は、手の置き場所に困った為、手をワキワキさせる。月夜は、ボックスカーを見かけると、走って行く。すると、ドアが開く。

「フュー、李は!?」

「とりあえず、乗れ!」

 フューの指示に従い、月夜は車に乗る。速攻で、車が動いて行く。月夜は、横たわる李の姿を見て、ホッとする。

「良かった!李…!!」

 李は、ゆっくりと瞼を開ける。

「どうだい、俺たちの力は!いつも主役張ってるお前をサポートしてやってるだけあるだろ?」

 フューは、高らかと笑う。

「ほとんどの仕事は、バスクがやったけどねぇ。」

 ジェリーが口を挟む。傷だらけの李を見て、月夜はそっと頬をなぞる。

「…李。俺なんかのために…!」

 李は、薄っすらと笑みを浮かべる。

「バカね。…あたしの事は、放っておけば…良かったのに…。」

「出来る訳無いだろ?!長年付き合ってる、大切な仲間なんだから!そんな事より、せっかくの美貌が台無しじゃないか!」

 月夜は、笑みを浮かべながら涙を流す。

「そ、そうだぞ!美人の顔に、大きな痣を作りやがってっ…!」

 釣られて、フューも、鼻をすする。

「…皆。」

 李も、涙を流す。

「もうじき、病院のほうも慌ただしくなる頃だ。」

 バスクが、静かにタブレットを取り出す。

「事件です!ただいま、怪盗シルバーこと李周梅が、何者かによって脱走したという情報がありました!」

 報道陣たちが、大々的にニュースにしている。

「李は、しばらくアジトで静養させる。その後、ヒナコの屋敷でかくまってもらえば良い。」

 思わぬバスクの発想に、全員驚く。

「なるほど、その手があったか!」

「月夜。ヒナコに話しをつけろ!李が回復したら、俺たちが、連れて行く!」

 フューが、親指を立てる。

「月夜は、いつものようにあの探偵さんの所にいろ。しばらくは、ブラックエンドの報酬で、やっておけるだろ。」

 バスクが、応える。

「しばらく、連絡を経つが心配するな!こちらの状態が落ち着いたら、合図をする。」

「分かった!」

 月夜は、車を降りる。

「しばらくのお別れだ。またな!」

 フューが、ウインクして車を出す。

『ああ。またな…。しばらくは、怪盗ごっこは休業だな。』

 余韻に浸り、月夜は探偵事務所へと戻って行った。



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