七話 クランアスと二つの商会
オレらはクランアスへ向かっている。
グランツ家の領都クランアスはクランノーバァの北東に位置し、野営一泊で明日の昼には到着の予定だ。
クランアスの道中、オレは馬車の中でもフードを深く下げ、火傷痕を左目周りに付けている。
同行者も多いし、領都への街道は行き交う人も多い。
人拐いにでも会ったら大変だ。心配性の母に、外出を禁止されたりしたら事だ。
領都の往復は、目立たない事に専念するつもりだ。
馬車は三台で、ロワールの濃い茶色の一般的な八人乗りの馬車が先導する。その後に、ロワールの荷馬車が続く。そしてオレらの馬車が最後尾を行く。本来、荷は魔石袋にすべて収まるが、馬車の屋根に、仮装した荷を載せて有る。
領都までの街道は整備されていて、揺れも少ない。
更に揺れないオレの馬車は、自慢の一品だ。
『母者、戦もないのに、傭兵はやっていけるのか?』
『腕に覚えがあるから傭兵ね。今は何でもするわ。商人や旅人の護衛、街の護衛団、商品の買付、運送。農家、商店の手伝い。期間契約でね。』と母。
『ロワールの雇った傭兵は、護衛は勿論だけど、商会の手伝いも契約の内らしいわ。』と母が続けた。
『ふ~ん。』とオレ。
『髪の青い二人は恋仲なのか?傭兵グループの中で良いのか?差し障りは無いのか?』
『ジオは、随分とこまっしゃくれた事を言うのね。』と、母がオレのおでこを、軽く弾きながら笑う。
『アクトに傭兵の書本というのが有った。そこには、決まりが色々書いて有った。その一つに個人的付き合いの禁止と有ったぞ。』と、額を摩りながら話す。
『・・・そうね。昔の領家同士の戦が有った時代の決まりね。今は、厳格でないし、決まりも変わるわ。』と、母が窓の外を見る。
・・・そうか、決まりは変わるのか、オレのは古いから、気をつけんとな・・・
道中は主要街道であっても、たまに強盗団が出るらしい。護衛がいない場合は、全財産の五割の提供で済む事も有るらしい。
・・・それは良心的だ。勿論、皮肉だ・・・
一日目の夕刻、野営地の手前で強盗の気配を感じる。殺気が流れてくる。緊張感も感じられる。強盗としては三流だと思う。
母を見る。母は能力が使える筈なのに、気が付いている気配は無い。
・・・母者は感知が苦手か、オレの事はよく分かるのにか・・・それにしても、強盗に遭うのは偶々だよな・・・情報が洩れているなんて事は無いと思いたい・・・何せ、オレらの荷は、高価な塩と砂糖だ・・・今のうちに、手当てをしておこう・・・
強盗団は、街道野営地手前、右側奥の畑の境界土手向こう側見えないよう隠れている。人数は三十人程だ。三十人とは少ない。
こちらに能力使いが居る事を知らせなければいけない。無駄に、血を流させる必要は無い。
強盗団潜伏場所の掘の手前に子供の高さで四角の土塁を築く。その土塁の上に一金貨を置く。
土塁を示めす事はその商会に能力使いを配置し、強盗団等に備え、強く対抗する意志を示めす。
・・・一金貨を置いておいたのはオレの心遣いだ。有り難く受け取れ・・・
強盗団には能力使いは居ない。オレたちは、この強盗団に襲われることなく、無事野営地に到着する。
ここの野営地は、領都に通じる主要街道である為に、領主が設置している。
その為、広さだけは十分にある。
皆、それぞれ十分な余裕をもって、テントを張る。
オレらも、テントニつと大型のテーブル、調理用テントを出す。調理用テントは魔石袋が知られないための工夫だ。
ゼルトが、用意しておいた調理用テントの前に、テーブルを出し、料理を並べていく。
今日は人数が多いので、料理の種類が多い。鳥肉の唐揚げ、鳥肉のステーキ、猪肉のゼラチン和え、猪肉の酢和え、麺にパンと米。牛乳系と玉葱系のスープの二種。
自分で、好きな物を盛る方式だ。
傭兵の四人とロワール、それに親娘は、初めて食べるものばかりで、たくさん食べていた。
今日のオレの衣裳は、白のフードの、縁が銀のもこもこ付きの上着に、青の七部丈ズボン、黒色の皮の長靴である。結構気に入っている。顔はフードを降ろし、覗かれる事のないようにしている。
何が珍しいのか、家人以外は食べながらチラチラオレを見ている。ヘレンはオレと話したいようだが、話し出すのを止めたようだ
『いつもこの様な食材を持ち歩いて移動されているのですか?』と母がロワールに聞かれる。
『ええ、小さな子供がいますので、栄養をつけさせないと・・・』と、笑っている。
ロワールは、それを信じたのか、信じなかったのか、苦笑いする。
・・・母者、オレのせいにするな・・・
オレは黙々と料理に向かう。
夕食も終り、我らはテントに戻り、眠りにつく。傭兵グループの一人が順番に見張りをしている。
朝方、見張りがヘレン一人なのを見計らって、母の懐から抜け出す。
ヘレンの横に座る。
『話する?』とヘレンの顔を見上げる。
ヘレンはオレの顔を見て酷く驚き、直ぐに顔を伏せる。
『ごめんなさいね。こんな事になるとは思わなくて・・・』
・・・うん、気が付いていたか・・・
『何も起きてないよ。』オレが言う。
『・・・』
ヘレンは顔が硬い。
・・・話はしないことに決めたみたいだ・・・
『行くね。』
ヘレンの側を離れてテントに入る。
・・・母者起きてる!・・・
『どうしたの?』母の顔が怖い。
『大丈夫、何でも無い。寝るね・・・』
『ジオ、他の人の傭った傭兵と、その仕事中に話をするのはダメよ。決まりなの。』と、母が厳しい声を出す。
『ごめんなさい。知らなかったの。』
『そう、坊でも知らない事があるのね。』
母が優しい声でいう。
・・・そうか、だから話し出さなかったのか・・・
母の胸に顔を埋めて眠る。
母は安心したようだ。三歳児は甘えるのがうまい。
朝が来る。皆で朝食を囲む。卵の目玉焼きと鳥の薄く切って焼いた肉を、四角いパンに載せて食べる。美味い。勿論、飲み物は温めた牛の乳だ。
四角いパンを食べながらヘレンを見る。ヘレンに、特に変わった処はない。
朝食後、早々に野営地を出発する。
何事もなく領都クランアスに入る。領都にも検閲はない。
そのまま商業地域のドーヴァ商会に向かう。ロワールによるとドーヴァ商会はクランアスでも五本の指に入る大きな商会らしい。
ドーヴァ商会の庭に馬車を止める。庭が荒れている気がする。気配も荒んでいる感じだ。
・・・嫌な気配だ。真っ当ではないな。強い能力使いも居る・・・
『母者!これを持ってけ!』
柄の先に親指の爪四っつ分の大きさの黒魔石を嵌めた短剣と銀色大蜘蛛の糸で編んだ白い長衣を渡す。
長衣を羽織った母を見て、
『母者!かっこいい!』と声を掛ける。
母が微笑む。
オレは、薄くしていた気配を念のため消しておく。商会の能力使いに知られるのも面倒だ。
短剣の黒曜魔石があれば、能力を出さなくても、様子は分かる・・・
《 母とロワールがドーヴァ商会の応接室に通される。応接室は白い壁際に壼、花瓶、絵、家具等が置かれ、色鮮やかに飾り立てられているが、見るべき物が無い。遅れて主人らしき男と、もう一人、黒の長衣のフードを被った男も後ろに従い、入って来る。
『ロワール殿、元気そうで何より。』店主らしき男が言う。
『ありがとうございます。ドーヴァ様もますますご健勝の程、お祝い申し上げます。』とロワールも型通りに返す。
『ごちらの商会主様は、ご委託様なれば、ご挨拶、ご紹介、ご詳細はご無礼申し上げます。』と、母の事を伝える。
ドーヴァの付き添いの者の紹介もない。
『早速ではございますがご、注文頂いておりました商品が手に入りましたので、御覧頂けますでしょうか。』
母は、ロワール商会にて封印した塩の中瓶と砂糖の小瓶、それぞれを見せる。ロワールが母をを見るが、母ははロワールを見ない。ロワールがドーヴァ商会店主に説明する。
『今日お引き渡し出来る商品はこれだけでございますが、近日中、更にお取引出来ると思いますが、如何されますか』と価格を提示する。ドーヴァ商会の店主は顔を歪めながら、考えている。
黒の長衣の男が、ドーヴァ商会の店主の後ろから、驚いた顔で母の短剣を見詰め、母を睨む。
母は、それを気に留めていないようだ。
・・・短剣の魔石に気付いたな・・・
黒衣の男が店主に何やら耳打ちをする。
『まぁ、妥当な値段か・・・』ドーヴァ商会の店主が男を連れて席を立つ。
・・・商会店主とあろうものが、母の長衣に気が付かないとは・・・
ドーヴァ店主と、黒衣の男とは別の男が部屋に入って来る。
付いて来た男が、卓に代金を置く。
それを、ロワールが確認する。》
・・・あの能力使い、商会を出たな、何処へ行った?まあ、良いか・・・これ以上はいいな・・・
母が馬車に戻る。
『シーザス!馬車を出して、途中、よいところで止めて』と、母が直ちに言う。
『母者、何事もなかったか。』
『ジオ、大丈夫よ。短剣があったし・・・』と頭をなぜてくれた。
・・・さすが母者じゃ、気が付いていたか・・・
シーザスが大通りのドーヴァ商会から十分離れた場所で馬車を止める。
ロワールがこちらの馬車を訪れる。
『レディティナ様!何か不都合がありましたか?』不安な顔で尋ねる。
『ロワール殿、あの商会の庭や部屋を見て気付くことはありませんでしたか?この長衣を見て素材がわからない程、他の事に頭がいっていたようですよ。まして、塩や砂糖を即金で払うことを躊躇ってましたよね。数が多ければ、掛けにして踏み倒すつもりであったのでしょう。』
と母が答える。
『確かに、最近の評判は良くありませんが、昔は色々とお世話になった方だったので・・・私に対してもとは・・・』と、ロワールが苦渋気味に話す。
『ロワール殿、我々はロワール殿を信じておればの取引ですよ。お忘れなく。』と、母が告げる。
ロワールが情けない顔で頷く。
『母者!お腹すいたぞ!』
オレが拗ねる。
『ごめんなさいね!何処かで食べましょうね。』
母の言葉で近くの食事処に入る。時間が遅いため十二人でも直ぐに席につけた。
・・・十二人?一人いない。ヘレンがいない・・・
ロワールに母が聞く。
『ヘレンさんいないようですね?』
『ヘレンはここで外れました。』と困った顔をする。
その言葉に母も眉を寄せているがそれ以上は聞かない。
・・・母者?・・・
この食事処の昼の料理は、鳥肉と葉物野菜の炒め物の一種類だ。幼児には固くて無理だ。仕方ない。馬車に戻ったら、何か作ろう。
食事が終わる。
ロワールが次はフィアレス商会へ向かうと話す。
フィアレス商会は領内最大の商会であり、その商会主はグランツ家の当主であるから、先ほどの様な事は無いから安心をと言う。
同じく商業地域の中心にあるフィアレス商会、ここから近いとの事。
馬車を出すと二、三分で美しい庭園の見える商会前に着く。庭園横の馬車止めの一角に馬車を入れる。
『母者、オレは馬車で寝てる。』
『いいわ、注意することはある?』
『ここは大丈夫だ』と笑う。
母も微笑む。
ロワールが傍らに来る。
母とロワールは店内へ歩いて行く。
『ゼルト、麺あるか、先程の店のは筋張って、食べれんかった。母には内緒じゃ。』
『坊、醤油と引き肉でいいな。』
『ああ。頼む。』
黒曜魔石から気配が流れて来る。
それを感じながら、ゼルトの出してくれた鳥肉の醤油味掛け麺を食べる。やはりゼルトの作ったものは旨い。
《 受付担当の方に、母とロワールが応接室に案内される。応接室にはフィアレス商会側の人が待っている。
商会の会主とその娘。
・・・十歳か、能力が強そうだ・・・
そして商会第二位の会頭らしい。挨拶もそこそこに、母は自分の紹介は省いて貰い、商談に入る。塩中瓶三と砂糖中瓶三を、豪華な石の卓の上に出す。会頭がロワール商会の封印を外し中身を確認している。十分に満足なようだ。会主に何度か頷いている。
『非常に満足出来る商品ですので、あるだけ仕入れたいが、如何かな?勿論即金で。』
会主より母に申し出がある。
母はロワール殿に了解を得て、六つづつの追加を豪華な卓に載せる。脚の飾り彫りが精巧で美しい。
ロワール殿と会頭が値段の交渉を始める。
会主の娘さんが母の短剣に興味を示めし、見せて欲しいと言うが、母は魔石を装着していることを理由に断わる。
娘さんは納得したようだ、が魔石をみつめている。
それを聞いていた会主が話出す。
『魔石も素晴らしいし、長衣も見事ですな。石も購入出来ればお願いしたいし、長衣についても、何処で仕立られましたかな?よろしければお教え願いたいが?』と母に話し出す。
『魔石については手に入り次第、ロワール殿よりご報告を差し上げましょう。長衣については、クランノーバァのマギー商会に生地が有りますので、ご相談を』と母が答える。
娘さんが不満げに、
『直接お取引は出きませんの?』と聞くが、会主が穏やかに止めた。
ロワールと商会主が会頭を交えて話を始める。母は泰然としているが、何か別の事を考えているようだ。それでも非礼にならぬよう、微笑んでいる。》
もういいな。食べるほうが忙しい。
母はロワールと建物を出て馬車に戻ってきた。母が戻るまでに食べ終える。ゼルトには再度、母への口止めをしておいた。
『レディティナ様、お陰を持ちまして、良い取引が頂けました。また取引の継続をお願い出来るとの事、ありがとうございます!』とロワールが母に低頭している。
『私共が最高級の商品をお二方にお願いしておりますのは、商品自体の希少価値が高いので、面倒が起きないように、扱いの方を絞るという意味もありますので、信用も含めて、宜しくお願いしますね。』と言って母は挨拶すると、馬車に乗って来た。
『ジオ、一人で食べるなんて、良くない子ね。今度一人で食べたらどうなるか判るわね。』と言って頬を抓られた。ゼルトを見る。ゼルトは横に顔を振っている。ルミナとエレナが指で口の横を指す。手で口の周りを拭いてみる。手に麺のソースが付いている。
・・・しまった!・・・
母の顔を見る。
母が微笑んでいる。
・・・母者、その笑顔は怖いぞ・・・
『母上、先程は、体して食べれなかったのです。もうしません。』と、オレは、ベソを掻きながら、母に謝る。
母が、笑みを浮かべながら、オレの口の周りを布巾で拭いてくれる。
ロワールとはフィアレス商会で別れた。
ロワールは、近くのグランアリスの村を回ってからグランノーバァへ帰るとの事。
オレらは直ぐに街を出ることにする。特に何か有った訳では無い。ただ、早く出たかった。それだけだ。馬車は野営地へ向って進む。
『母者疲れてないか?』
『大丈夫よ、ジオは?』
『オレは十分寝てる。元気だ』
オレが言うと皆が笑う。
『ジオ、母は金持ちになったわ』と母が苦笑いだ。
『そうか。オレも金持ちだ。困ったな』と答えておいた。
それでオレに塩と砂糖の売却代金を渡すのを諦めたようだ。
強盗団が出ることはないと思うが、気配感知だけは広げておく。日が落ちた。馬の為に、馬車の前方が見えるように灯りを点ける。野営地の手前まで来た。
命の消えそうな気配がある。ヘレンの気配だ。
『母者!ヘレンが死にそうだ。先に行く。』馬車の扉を開け、飛び出す。宙を飛ぶ。
死んだら戻せない。
見つけた。道の脇、雑草の中だ。
ヘレンの傍らに寄る。倒れたまま、意識が無い。
ヘレンをオレの気で包む。
・・・オレの気力が減る?・・・
ヘレンの意識が戻る。ヘレンの傷が消える。
ヘレンがオレを訝しげに見る。
・・・しまった!火傷痕を忘れたか、まあいい・・・
ヘレンの褐色の肌に真っ赤な血が大量に残っている。服は見るかげもない。攻手は拙速だ。
馬車が着く。
母が飛び出し叫ぶ。
『エイレン!』
ヘレンが母に気づく。
『姉様!』
ヘレンは母をそう呼ぶ。
・・・姉様?・・・
『ジオ!エイレンは大丈夫なの!』母がオレを見る。
・・・エイレン?・・・
『母者、傷は治した。残っている血を飛ばすぞ。』
ヘレンを、再度気で包み、血を飛ばす。服の切れ端もなくなる。
へレンは露出した血痕のない褐色の肌をくまなく見る。傷の無い事に驚いている。
・・・ヘレン、少しは元気になったか。オレはくたくただ。ヘレン元気を返せ!・・・
母がオレを何とも言えない顔で見る。
・・・母者、違うぞ、勘違いするな・・・
ヘレンがオレに抱きつく。
へレンが泣きながら何か言っている。ヘレンの胸は大きい。胸に埋まって何も聞こえない。
・・・取り敢えず、眠ろう。三歳児の顔は小さい。気力が減るか?今迄にない疲れだ。それに姉様?エイレン?・・・
深夜、一度目が覚める。テントの寝台だ。母は隣にいる。ヘレンの気配もある。
・・・ヘレンかエイレンか、名前が良くない。・・・
また眠りにつく。
七話 完