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五話 クランノーバァの敷地

ノルデノルンでの作業が、昨日で一区切り付いた。 

馬房と馬の放牧地、湯処、屋敷、庭、織物工房、工作工房、菓子工房、果実水工房、耕作地。

耕作地にはまだ何も植えていないが、予定は思うより早く完了した。


今日は、皆で一番近い街のグランツ領クランノーバァへ行く予定だ。物資の調達と、商品の取引先を探しにだ。

それと、街を見てみたいという欲求が強い。何せ、オレは三歳児だ。アクトの街は通って来たが、街の実情を知らない。


早朝にノルデノルンを出る。

ノルデノルンからクランノーバァへは早朝に出発し、昼過ぎに到着する距離だ。

グランツ領へ森の中の道を進む。ここ迄は整備が終わっている。馬車の移動も快適だ。


暫く進むと、やがて道の周りは草原地帯となり、グランツ領との境界まで続く。距離は大したことは無い。道を整地しながら進む。

グランツ領との境界手前にも用心のため、結界を張る魔石を置いておいた。


グランツ領に入った。

道の両側は農地が広がる。風景はアクトの農業地域と変わらない。しかし、ここがグランツ領と言うだけで、何故かわくわくする。


母が言うには、クランノーバァは、領都クランアスと南のガバン砂漠の街ソドンをつなぐ交易中継点で、街は高くない壁で囲まれている。また、街の商人は富む者が多いが、民の貧富の差は激しく、貧しい者は街の壁の外でテントを張っての生活をしている。

貧しいが働ける者は日中、街に入り、人の嫌がる作業で幾許かの金を得ている。

働けぬ者は、街道の傍らで通行者の援助を期待する日々を送る、と教えてくれた。


『ジオ、この馬車に何かしたの?長く乗っていてもお尻が痛くないわ。』と母が言う。皆も肯いている。

『ああ。オレが、この馬車に痛くならない工夫をしておいた。』

『ジオは物知りね。』と母。

『ああ、オレは読書家だからな。何でも知ってるぞ』と返す。

母におでこを指で弾かれた。

『痛いぞ。母者、力が強過ぎじゃ。なんで弾く?』と、額を押さえて、涙目で母を見る。

母がにやりと笑う。皆も笑っている。

・・・三歳児に、母の指は痛すぎるぞ、それにしても、母者も気持ちが昂っているぞ・・・


昼食の時間だ腹が減った。

もう少しで街だ。街道に目を遣る。

テントが道添いにちらほら立っている。その前に人のいるテントもある。クランノーバァの壁が近づく。

・・・あれが、母の言っていた貧しい人々か・・・

貧富の差が出るのは仕方がない。しかし、生きて行くのが大変なのは領主の責任だ。

・・・まあ、そんな事は三歳児の考える事ではないな・・・


・・・うん?・・・あそこだけテントの間隔が随分空いている・・・四十代の男と十歳の娘か・・・この男は躰が働かぬのか・・・娘は咳をしている、肺が汚れているか・・・

『爺、停められるか?』

『ああ、ちょっと待て。』

馬車が止まる。

ゼルトが、オレを扉の開いた馬車から降ろしてくれる。


街道の木の下で、男とその娘が頭を下げたまま座っている。

・・・ここ二、三か月くらい前からか・・・

男とその娘の前へ歩いて行く。

・・・この親子から人が離れて座っているのは、娘の病が移るのを恐れているのか。助け合いは無いな・・・

男とその娘は顔を伏せたままだ。


男の前の箱に銀板五枚を置く。男の肩に手を置く。次に娘の背に手を置く。

男と娘に背を向け、急いで馬車に向かう。


『・・・父さん・・・何だか胸の苦しいのが失くなったみたい・・・』と、娘のはしゃぐ声。

『ああ、父さんも体が動くようになったみたいだ・・・また、働ける・・・良かった・・・』と、男の泣きながらの声が途中まで聞こえる。


『坊、用事は終ったか?』

『ああ、終った。動かしてくれ。』

『ジオ?』母の怖い声。

ノルデノルンを出る時に、能力を人前で使わないと、母と約束をした。

『母者、子供は可哀想だ。でも、もうしない。』

母は頷く。

『じゃあ、行くぞ。』

シーザスの声で馬車は進む。

念のため、街に入る前に、顔の右側に火傷痕を貼っておく。


馬車は街の入口の門に差し掛かる。

・・・護衛団か?・・・

三人が立っている。その脇を何事もなく通過していく。

『母者、壁があるのに、街に入るのが、こんなに簡単で良いのか?』と、母を見る。

『そうね。五、六年前に来た時は、入る時と出る時と、検査はあったのよ。どうしたのかしら?』と首を傾げている。

『母者、あの三人は何者だ?』と同じ服を着た三人を指をさす。

『あれは護衛団ね。街の警備をしてるわ。』と、母も三人を見ている。

・・・護衛団にしては、気配が良くないな・・・


馬車を、真っ直ぐ道なりに進めると、街の広場が見える。

街の広場は、宿に宿泊出来ない者たちの為に馬車を留め、テントを張り、宿泊するための場所だ。

その広場に馬車を停める。

広場は広い。十分に距離を取った多くの馬車が停まっている。オレらの馬車も、他の馬車と十分な距離がある。


馬車の傍らで昼食にする。

四角の柔らかいパンに卵焼きと鳥肉を挟んで食べる。

勿論、飲み物は牛の乳だ。母も皆も、昼食を食べてご機嫌だ。勿論、柔らかいパンはオレ特製だ。


五人で、取引先探しと資材の買付に向かう。

シーザスは馬の世話をすると言って、馬車に残っている。


広場の角で、街の入口から来た道と直角に交じわる道が通っている。

その道が、南方向にある商業地域に向かう大通りだ。

大通りの商店街を、先頭にゼルト、後ろをエレナとルミナ、真ん中を母とオレが手を繋ぎ歩く。

まず、塩の販売先を探す。

大通りに面した商店の構えは立派だ。しかし、取引先としての適正は、もう一つの気がする。


大通りの商業地域の終り、東に向かう通りの先に良さそうな小売店を見つけた。

両隣は更地だ。扱っている商品は食料品関係だ。


『ロワール商会だって・・・』

母がオレの顔を見て言う。

『母者、いいと思う。』

『皆は好きに買物して来い。オレと母者はここで交渉する。』と、オレが言う。

頷いたゼルトとエレナとルミナは、来た道を戻って行く。


店は、正面横三間の戸、全て外してあり、店先に、袋や瓶に小分けされた商品が並ぶ棚が見える。奥は帳場と作業場だ。

灰色のフードを深く降ろし、母と手を繋いだまま入る。

帳場で一人の男が忙しげに動いている。

男に、母が声を掛ける。


『ご店主、塩を買い上げて頂く事は出来ますか・・・』と、母の声。

二十代の若さに見える男は店主のようだ。

男は帳場から出て来る。

『こちらでお見せ頂けますか?』

和やかに応じる店主。

・・・対応は悪くない・・・


母は塩の壷を魔袋より出して受付台に載せる。

店主は出された塩を僅かに取り、光に翳した後に舐め、器具に乗せる。驚いた顔。

『この純度の塩はクランアスでなら捌けるのですが・・・』と店主が言葉を濁す。

母が濁した先の説明を促す。


店主が言い難そうに、領都であればいくらでも捌けるが、買い取るための資金が無いとの事。

もし良ければ、二日の後には領都に向えるので、その時に同道しての委託販売にしてもらえないかと提案される。

オレは、母のお尻を強く押し、母に提案の受け入れを伝える。

店主のロワールは母に丁寧に何度も感謝していた。


クランノーバァヘ出発する前に母から、ジオはなるべく声を出さない事、了承するなら母のお尻を、拒否するなら腿を強く押すように言われた。

母は砂糖も取り出して見せる。

塩と同じ扱いで良いことを告げる。

店主は最高級純度の砂糖である事を確認して、塩以上に感謝していた。砂糖のほうが儲かるようだ。


次に母は家屋の話をする。

この街で取引を続けるならば、この街での拠点は是非欲しい。湯場が必要だ。


母から離れ、傍らにある椅子に座る。

魔袋から取り出した自作の果実水を飲み、菓子を頬ばる。

三歳の幼児はたくさん食べれないので、直ぐにお腹が空くし、我慢が出来ない。

菓子の片割れが落ちる。

母と話をしながら訝しげにこちらを見ている店主の顔が目の端に映る。

・・・兄さん、店内で飲食は駄目かい・・・


オレはため息をついて、店主が母に何かを言っているのを聞きながら、落とした菓子を拾うと、店の外へ歩く。

・・・まあ、躾の時間もなかったし、普通の幼子じゃないから。母者、すまん、恥をかかせたか・・・


店先にしゃがんで、拾った菓子を食べる。指をグレーの上着で拭く。

・・・灰色は三歳児には似合わないな・・・

・・・商団用に共通の衣裳を作るつもりが忘れていた・・・

で、衣裳の事を思い出す。

三歳児は忘れ易い。

母が近づくと、そっとオレを抱き上げて耳元で囁く。

『どうしたの?』


店主が菓子を食べているのが目に入る。

『母者、あいつ!店内で菓子を食べてるオレを睨んだくせに、オレの菓子を食べてるぞ!母者が上げたのか?』と、母の胸を押す。

母はオレの手を撫でながら

『ここで、菓子を売りたいって・・・どうする?』と、そっと母が呟く。

・・・ちぇ、目聡い店主だ。・・・

『菓子一枚につき銀貨一枚で、とりあえず五百枚なら』と、呟いて寝た振りをする。

店主に気が付かれないための擬態だ。

ロワールは菓子も喜んで買い取るとの事。

・・・そんなに菓子が珍しいのか・・・


この街に置く拠点について、希望する条件に近い物件をロワールから紹介された。

紹介された家屋は、商業地の外れ、ロワールの店舗から北に向かい歩いて少々の距離だ。


皆も、買物より戻って来たので、家屋を見に行く事にする。

オレは疲れたので母に抱いて貰う。母は喜んで抱いてくれた。母は強し。


ロワールも同道する。

その間、店は閉めて置くようだ。一人だと大変だ。

その家屋は、冶金場が併設されているとの事。

敷地を囲む黒い土壁は、民家の壁より四倍厚く、高さも三倍ある。家屋も広く、直ぐに使えるようだ。

その壁が広い敷地を隈無く囲っているのが気に入り、母に言って直ぐに購入した。


家屋の販売や賃貸の案件は、街の全ての商会が委託を受けるらしく、紹介料がロワールに入るらしい。


ついでに、ロワールの店の左側についても、母に聞いてもらう。やはり売り地らしい。広さはロワールの店の三倍とのこと。

・・・よし、馬車を作って売ろう。・・・

その更地も、母に言って、購入する。

ロワールは成約がなった事を喜び、手続きに戻って行く。


購入した敷地にある平屋の家屋は、右壁の際、奥行との真中の位置にある。門は右壁際だ。

門から、敷地の中を見えなくしたい。

それで、木材の簡易な衝立を門から家屋の入口まで並べる。

これで、門の入り口からは、家屋の入口しか見えない。


敷地の雑草を刈り整地する。

家屋は全ての部屋を作り直し、増築した。

湯場を家屋と繋げて家屋の増築した奥に造る。

馬房と馬車置場を門から見て左側の壁沿いに置く。

冶金場は敷地の左奥に有るのでそのままだ。


時刻はそろそろ夕食時だ。

一応、納得したところで眠くなる。馬小屋の藁の中でちょっとのつもりで横になる。


目が覚める。

・・・うっかり寝てしまったな、お腹が空いた・・・

辺りは暗い。長く寝ていたようだ。

急いで、食堂へ行く。

オレの作り直した食堂の、大机の椅子に皆が座っている。


・・・皆、元気がないぞ。・・・

『皆どうした?腹減ったか?すまん。』声を掛ける。

俯き加減の母が顔を上げた。

・・・母の顔が怖い。うん?泣いてたのか?・・・

『母者!泣くな。大丈夫だ!オレがいる!』と胸を叩く。

母以外の皆の顔も、オレを睨むのが分かる。

・・・どうした皆、オレを睨むな、顔が怖いぞ・・・


母が、オレの傍らに来て、オレを抱き上げ、

『ジオ!どこにいたの?探したのよ。』

と母に怖い顔で言われた。

オレの姿が無いので、皆必死に探したらしい。

で、オレは馬小屋を作った後に眠くなった事、馬小屋の藁の上で寝てしまった事、寝てる間に藁に埋もれたらしい事、を必死に説明した。


母に、これからは母の側を離れるなと、くどくど言われた。

皆、肯いている。

しかし、三歳児は何にでも興味が尽きないし、何処でも眠くなる。


後でルミナとエレナから母の様子を聞いた。

母はオレが居ないとわかると、怒るやら、オロオロするやら、泣くやら、でひどく取り乱していたらしい。

四人で、能力使いだから大丈夫だと必死に落ち着かせたとの事。

・・・母者、すまん。しかし、母者どうしてだ?母者はもっと強いだろう・・・


次の日、朝、店が開く頃を見計って、母とエレナとルミナの四人でロワール商会に行く。新しい家敷からロワールの店までは歩いて行く。

父娘の先客が居る。

この気配をオレは知っている。

母が店内に入ると、その父娘は店の裏手に回る。

母は店主に向かう。


三歳児は店先にしゃがみ込んで、地面に転がっていた棒で、衣裳の図を書く。

・・・上は黒のシャツ、赤のベスト。下は黒のスボン。腿の部分はゆったりに銀の縁、金の紐を通すか・・・


『小僧!』低い声が聞こえる。嫌な気配だ。

・・・ここは知らんぷりだな・・・

オレは顔を上げない。

男がオレのフードを持ち上げる。

・・・何だ!・・・

怒りが沸く。男を睨みつけ、声を上げる。

『母者!人拐いだ!』


男がオレの顔を見て苦虫をつぶした顔をする。

そして、剣を抜く母を見ると、走って逃げ出した。

・・・おい!本当に人拐いか?・・・

・・・母者、人混みで剣を抜くな!怖いだろう。・・・


『ジオ!怪我はない?』と、剣を鞘に戻した母は、オレを抱き上げてくれた。

昨日の事があるので、めちゃくちゃ顔が怒ってる。

『母者、大丈夫。』火傷痕の顔で笑った。

母もオレの顔を見て笑う。

母はオレのフードを深く下ろした。

回りに人が集っていたが、何もないとわかるとそれぞれに散っていく。


母はエレナとルミナに馬車を呼びに行かせた。

母はオレを下ろして、オレに革のベストの縁を握らせ、店主に販売用の菓子の包みを渡し、代金を貰っている。

『この街に人拐いは居るのかしら?』

と怒気を含んだ口調で母が聞いた。


『残念ながら、組織か個人かわかりませんが、人拐いが起きております・・・』と、ロワールは申し訳無さそうに言う。

『警護団が追っているようですが・・・なかなか・・・』と渋い顔で首を振る。

それを聞いて母はオレと手を繋ぎ、しっかり握る。離したら駄目よとばかりに。

・・・母者~、三歳児だけど、一応能力使いなんですけど~・・・

と母を見る。母は首を振る。


馬車が着く。シーザスとゼルトが、御者席にいる。

二人はオレを見て、溜息を吐いた。

・・・おい、溜息を吐くな・・・オレが何かした訳では無いぞ・・・一人でいいだろう、お前らにも、オレは信用はないのか・・・


五話 完



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