四十四話 トツクとハーバー
トツクはスーフェンより東にあり、主要街道の一つを東に向かう。
その街道は、境界に近付くと平原は終わり、岩肌の見える山への上りが始まる。その低くない山の頂上が境界だ。
母の言う通りに杭が打ってある。
スーフェンとトツクの境界は山の頂上が境界だが、トツクへの入場の門はその山を下った谷間に壁と門が丸太で作られている。馬のいない馬車を門に近づける。
今回は馬を連れて来てはいない。馬車も大型特別仕様で居間に台所、洗面所も付けて来た。
トツクの入場門は閉まっている。人の気配はあるがこちらに気が付いていないようだ。
『母者、どうする?』
『ジオ、開けられる?』と母者。
『ああ、任せておけ。』
オレは門の鍵を外し、ゆっくりと、静かに開ける。
大きな木の扉は開き始める。
半分ほど開いた頃に人の声が聞こえる。
『・・・扉が開いてるぞ。』
・・・ちっ、せっかく穏便に通ってやろうとしたのに、見て見ぬ振りも出来んのか・・・
オレは、門を一気に開ける。
オレは馬車を門の中に進める。
門の中は広場になっており、更にその向こうにも門がある。
馬車をその門に向けて進める。
と、奥の門の脇の建物から数人の男が現れ、怒鳴る声が聞こえる。
『おい、待て。勝手に通るな。』
そして馬車の前を塞ぐ。馬車の馭者席にいる母が答える。
『何か?。領都に行くつもりなのですが?』と。
『許可がなければ通す訳にはいかんな。』と別の男も言う。
『しかし、払う物さえ払えば通してやっても良いぞ。』別の男も言って笑っている。
『姉様、あの仕様もない男を打ち付けましょう。』とサラが剣を構える。
このサラの黒鋼の大剣の刃紋は白く、刀身と刃紋の色の違いが美しく目立つ。勿論、オレが打った剣だ。
『サラ、トツクは、今や腰の抜けた傭兵の集団、約束を守らない傭兵の地なのよ。期待しないで相手してやりなさい。』と母が笑っている。
怒った顔の男が、いきなり剣をサラの首目掛けてついてくる。
サラは予想していたように体をずらして躱し、大剣の柄で、その男の顎を打つ。
サラは微笑むと、馬車を下り、剣を構える。
『ー人では無理よ。全員で来なさい。』とサラが言う。
母も馬車を降りて、サラの横に立ち長剣を構える。赤鋼を使い刃紋は白くなるように打った。
二人の鎧は白銀鋼、白銀大蜘蛛の薄くしなやかな銀色の長衣を纏っている。
男たちは、母者とサラの装いに気が付かない。
男たちの仲間は更に増え十数人が二人を囲い、剣を振るってくる。母もサラも特に気にせず男たちの剣の相手をしている。とても楽しそうだ。
『ジオ、二人は大丈夫なの?』と大母がきく。
『ああ、ここにいるのは格下だ。母者とサラと対等に相手出来る者はいない。そろそろ終りそうだ。ネティの出る幕は無さそうだ。』とオレ。
『残念ね。彎曲刀の使い方を見せたかったのに。』とネティ。
男の多くは地面に転がり呻いている。血は出ていないが、骨のー箇所、二箇所は折れているかも知れない。
と、背後で隠れていた二人が、馬車に向って近づくと、馭者席に移っていたネティに男の二人が順番に剣を突く。ネティは慌てる事もなく、彎曲刀をー瞬で構え、突き出された剣を捌いていく。ネティは捌いた剣の返しで、男たちの二度目の突きよりも早く、剣を叩き落としていく。男たち二人は手を押えて馬車より後退っていく。
ーーー母者、ハーバーを追っかけているという態度で、行方を聞いてくれ。
ーーージオ、分かったわ。
『ハーバーはどこ?ここに来たでしょう?』と母が一人の男の首に剣を当てて元気そうな男を見る。
『ハーバー様に何の用だ?』
『余計な事はいらないわ。あなたの返事如何でこの男の首が飛ぶわ。』と母者が言う。
『・・・領都ダイトに向かわれた・・・』手を押えた別の男が答える。
『言うな。』と別の男が文句を言う。
『そう言う訳にいかんだろう。』と答えた男が怒鳴る。
『そう。』と、母は剣を収めると、サラと馬車に戻って来る。
『ダイトに行きましょう。』と母。
奥の門に馬車を進める。ダイトに向かう門は開かない。丸太を大人の倍高さで並べて、紐で組んだ壁の一部が門になっている。。門は壁の一部を横にずらして開けるようだ。
『ジオ、どうする?』と、母が聞く。
『そうだな・・・、母者、派手にやるか?大人しくやるか?』とオレ。
『門がなくなればそれでいいわ。』と母。
『よし。どうせなら門も壁も燃やして仕舞おう。』とオレ。
『では、やるぞ。母者、炎を門にぶつけてくれ。ぶつけてくれたら、後はオレがやる。』
『では、やるわよ。』と、母者が門に炎をぶつける。
炎が門に触れた瞬間に門を粉砕し、木片となった門を燃やしながら右左に燃え広がっていく。その炎で壁管理棟に飛び火させる。
馬車の前面には門の跡は何も無く、遠くに山脈が見え、草原の合間の道が下っているのが見える。
『出すぞ。』とオレ。
馬車は道に沿って進んで行く。
『あら、まだ燃えてるわね。』と後を見ていた母が言う。
『ああ、お仕置きだ。壁も宿舎も燃え落ちるまで消えん。』とオレ。
『ジオ殿は、相変わらず厳しいわね。』とネティが言う。
『厳しいかは分からんが、相応の責任は取って貰わんとな。』と仏頂面だ。
『さて、飛ばすか・・・』とオレ。
『それがいいわ。』と母。
ーーーーーー
俺は、ハード兄が住むと云う、爺さんの小さい別邸に行く。
入口から庭に入り、声を掛ける。
『ハード兄いるか?』
兄が部屋の襖を開けて返事をくれる。
『ハーバーか?いいぞ。入れ。』
ハード兄は四男で直ぐ上の兄だ。年は二つ離れている。
部屋の前の廊下に上がり、部屋に入る。
『おおハーバー、久し振りだな。元気だったか?』と兄が言う。
『ああ、元気だし、楽しいよ。』と笑う。
『親父と長兄には挨拶したか?』
『昨日、一緒に夕食を取ったよ。』
『夕食を取ったのか?』
『夕食に何かあるのか?』とオレ。
『いや・・・』と兄。
『アーバン兄とクレメンス兄を見たが・・・何処に居て、いつ帰って来たんだ?』
『二、三日前だな。随分慌てて帰って来たな。話はしたのか?』とハード兄。
『いや、何か二人ともピリピリしてて、声を掛けられる様子ではなかった・・・』
『・・・だろうな。ハーバーは親父たちが何を計画していたか聞いているか?』
『いや、オレは剣にしか興味はなかったからな。剣が欲しくてトツクを出たから・・・』
『そうだな・・・それが新しい剣か、美しいな・・・』
『ああ、見るか?』と言って、鞘を仕舞い、抜き身の大剣を見せる。刃紋が白く輝いている。
『白銀鋼か・・・凄いな。打てる人がいるのか。魔石も嵌まっている・・・親父に見せたのか?』
『ああ、夕食の時にな。』
『ふむ・・・』溜め息を兄が付いている。
『ハード兄、どうした?』
『親父は、二十年前、ラグルドとガンダルフへの侵入をした。しかし失敗してガンダルフを封鎖した。そして教皇アーバンソーとして次兄を着け、フェルマンの娘を取り込んだ。十年前には、ソドンに教会を建て、奴隷市場を造っている。その後、五年前にクレメンス兄をアクトに仕えさせた。それはアクトの長男が婚姻したからだ。二年前にポーランにも教会を造っている。
しかし、ソドンは砂漠の下に埋まり、ポーランの教会は消滅した。挙げ句にクレメンス兄もアーバン兄も追い出されてきたようだよ・・・』と、ハード兄は呆れた顔をしている。
『親父たちはそんな事をしていたのか・・・』
・・・参ったな、皆の怒りの矛先が親父たちとはな・・・
『そんな事をして、親父は何を欲していたんだ?』
『さあな・・・オレは聞いていないからな・・・ただ、ハーバーがその白銀鋼の大剣を持って帰って来て、少しは安堵してるかもな・・・敵が乗り込んで来るとか言ってらしい・・・』
『オレには、相手がそんな愚かな事をするとは思えんがな。』とハード兄が続ける。
『いや、もう近くまで来てる気がする・・・』と俺。
『何故、そう思う?』とハード兄が聞く。
『オレの入っていた商団の主は喧嘩を売られて黙っているほど大人しくないぞ。因みにアクトの後継者だ・・・教会領まで追っていった。トツクに逃げたと分かっているなら、もう着く頃だ。』
『それは早過ぎないか?』
『いや、空を飛んで来る人たちだ。おそらくは、今居る魔力使いの中で最強力だ。この大剣も打って貰った・・・』と兄を見る。
『勝ち目はないか・・・しかし、砂漠の民やグランツ家に協力を頼むとか言っていたな・・・』
『ハード兄、それは無理だ。チコもグランツもサイファーもアクトに借りがある。それに、教会のした事に怒ってるぞ。逆に攻められるぞ。』とオレ。
『そ、そうか・・・では、益々ハーバーが操られるな。』とハード兄の顔に悲しみが見える。
・・・兄は何を言っているんだ・・・
『ハード兄は加担していないのか?』とオレ。
『ああ、オレは親父の言う事聞かないだろう。だから、ハーバー以外には相手にされてないからな。』
『そうか・・・』
『ハード兄、商団主達が来たぞ。・・・迎えに行ってくる。一緒に行くか?』
『あ、ああ・・・』
ーーーーーー
遠くに街が見えて来る。ゆっくりと近づく。街が低い土壁で囲まれている。建物が密集している。殆どは平家だ。家根に瓦が使われている。取り敢えず、街道に馬車を卸し門に向かう。
『ジオ、あの家根の上に乗ってるのは何?』と母が聞く。
『母者、あれは瓦といって、土を焼いたものだ。』
『そう。』と母。
『門は閉まってるわね。どうするの?』と母。
『ハーバーを呼ぶ。来なければ壊す。』とオレ。
『坊はやさしいですね。』とサラ。
『ハーバーの顔を潰すわけにはいかんからな。』
馬車を門の前に停めて待っている。皆でお茶を飲む。まだお茶を飲み終わらない間に門が開いていく。
『早いわね。』と母が溢す。
ハーバーと、もう一人の男が開いた門より表れる。
『坊、いるか?』とハーバーの声がする。
馬車の居間部分の壁を全て開ける。
『ハーバー、元気か?なんだ自由か?助け出しに来たのに残念だ。』と笑って見せる。
『そうか・・・』と苦笑している。
ハーバーは母の方を見ると、
『嬢、兄のハードです。』とハーバーが男を紹介する。気配は良さそうだ。
『レディティアと申します。宜しくね。』
『アクトの当主でジオの祖母のベロニカ様よ。』と大母をハーバーとハードに紹介する。
『ガンダルフからアクトの当主に戻ったベロニカよ。』
『これでも、先々代とは気が合っていたのよ・・・とても残念ね。』と大母かま笑う。
『ガンダルフの方・・・』とハードが言葉を詰まらせる。
『ハーバー、話は後でいいわ。ドーレンとクレメンスとヨキリを渡して。隠してもいいけど、街全てを燃やすだけよ。』と母が言う。
『嬢、クレメンスは私の兄の一人だが・・・私では何とも・・・』とハーバーが煮え切らない。
『ハーバーに言っても仕方ないわね。領主の所に行くわ。連れて行って。』と母。
『分かった・・・』とハーバーはオレを見る。
オレは小さく頷く。
『ハード兄、先触れを頼んでいいか?アクトの領主、サイファーの先代、ノルデノルンの領主が会いたいと言ってると。』とハーバーの声が小さく聞こえる。
『サイファーの先代も居るのか?』とも聞こえる。
ハーバーの先導で二階造りの建物に向けて馬車を進める。
『坊殿、この街の道は狭く、直角に曲りくねっていますね。壁も低いし・・・何故でありましょう?』とネティ。
ネティは衣装を砂漠の装いに替えている。
『攻め込まれた時の対策ではないか・・・』とオレ。
『なるほど。しかし魔力使いが居ては用は成しませんね。』とネティ。
『昔のラグルドは兵も入れていたから、その対策であろう。』
『ラグルド対策ね・・・』とネティ。
領主館の門の前に付くが門は開いてない。
『嬢、領主は俺の長兄なんだ。俺もハード兄もよく思われてないから、事がうまく進まなくて、すまないな。』とハーバーが謝る。
『ハーバー、ハーバーの責ではないから気にしなくていいわ。それに、ハーバーの親も兄弟も撃つことになるかもよ。』と母が楽しそうだ。
『ああ、それは仕方のない事だ。』とハーバーか苦笑する。
ー刻程時がたつ。母は少し酔い始めているようだ。
『ハーバー、悪いけど時間の無駄ね。力づくで探すわ。』と母が告げ、立ち上がる。
と同時に門が開く。
『見られていたみたいね。態度が悪いわ。』と母が怒る。
門の中は、砂利石か引かれた広場になっている。高床式の二階建ての屋敷が右側に建っており、一階のテラスへの上り階段が見える
『馬車から降りろ。』と誰かが言っている。
オレは気にせず、馬車を庭の真ん中に入れる。
一階からは少し距離を取る。
その高い一階にはまるで見世物でも見るように、庭台の椅子に座り、こちらを見下ろしている何人もの人がいる。
ハーバーが慌てて馬車から降りて、その居間の前まで行って、何かを言っているが、相手にされていないようだ。ハーバーの脇にハードも出てくる。
・・・夢で見た罪人の取り調べのような光景だな。オレたちは罪人か・・・
『何しに来た?』と誰かが言っている。
『ジオ、見下されているみたいで嫌ね。あれより高く上げて。』と母が酒を飲みながら言う。
『ああ、分った。』
馬車の地面を持ち上げ、屋敷の庭台より高くする。
『母者、これでどうだ?』と呟く。
『いいわ。』と母が満足そうに笑う。
それを見ていた庭台の者たちに声はない。
皆もオレも、相手を見下ろすのは気分がいい。
『ドーレン、約束は守らないのね。だから罰を与えにきたわ。』と母。
今まで、薄ら笑いを浮かべていたドーレンの顔が、母を見て青褪める。
母はオレを見る。
オレは、ドーレンを拘束する。
そして、馬車を高くしている壁の側面に移し、動かないように固定する。
ー連の動きにトツクの面々は声も出ない。
『次はクレメンスとヨキリ、アクトまで連れて帰るわ。』と母。
オレは同じくクレメンスとヨキリも拘束し、側面に固定する。
『アーバンソーはフェルマンに渡すわ。』と母。
オレはアーバンソーもクレメンスの脇に固定する。
『ハーバー、いいかしら?』と母が聞く。
『罪を犯したのなら罰せられるのは仕方のない事だ・・・』とハーバーが言う。
ドーレン、クレメンス、ヨキリ、アーバンソーがハーバーに向って、口々に怒鳴っている。
『早く、兄を助けろ』
『ハーバー、兄がこんな仕打ちをされて口惜しくないのか?』
『ハーバー殿、助けられよ。』
『ハーバー殿、お助けを。』
『父上、何故、客人に、このような無礼な振る舞いを為される?』とハーバーがテラスの老人に向って怒鳴る。
『無礼なのはやつらだ。だから詰問せねばならん。』と老人が答える。
『父上、今更その様な事は通じませぬ。礼儀正しく話をして、お互いの妥協点を見つけ謝罪せねば、父上も長兄もー族皆討たれますぞ。それで宜しいのですか?』とハーバーが力説している。
しかし、老人も壮年の男も鼻で笑っている。
『父上、何故各地にちょっかいを出したのですか。父上と長兄がされた事で各家が怒っておりますぞ。ここにはサイファー家の先代も来て居られますし、ガンダルフ家の方も居られます。我家とアクトの争いになればチコ家もグランツ家もアクト家に付かれます。グランツ家でさえも教会にちょっかいを出され、怒っておりますぞ。それでも対立するのですか?』と更にハーバーが話をする。
老人と男は余裕がありそうだ。お互い顔を見合わせ、にたにた笑っている。下卑た笑いだ。
『ハーバー、何を言っておる?そんな事よりハードと二人で兄弟を助けろ。』とテラスの老人が叫ぶ。
『親父、オレは協力しない。オレの知ったことではない。自分の尻は自分で拭け。』とハードがそっぽを向く。
『ハードめ、後で罰してくれるぞ。』とテラスの壮年男が言う。
『父上、こうなっては、オレも父上や長兄たちに手をかす事はしない。』とハーバーが下を向く。
『ハーバー、その剣で奴らを打ち払え。親、兄弟のためぞ。』と老人が呪文のように命令する。
『ハーバー、親、兄弟の為に奴らを討ち払え。』と老人が再び唱える。
『ハーバー、聞くな。耳を塞げ。呪縛に捕らわれるぞ。』とハードが怒鳴る。
ハードがハーバーを遮ろうとするが、ハーバーはハードを押し退ける。ハーバーの眼付きが虚ろになり、大剣を抜く。馬車の方へゆっくり近付いてくる。ハーバーの動きがおかしい。葛藤があるようだ。
・・・ハーバーと打ち合うのも楽しいか・・・すれば、呪縛も解けるだろう・・・
『ハーバー、いい機会だオレが相手してやろう。』とハーバーに声を掛ける。
『ジオ、駄目よ。母が相手するわ。』と母がオレを睨む。
『母者、母者やサラではハーバーの呪縛は解けん。それにハーバーがオレを傷付ける事はない。』とオレは笑って母を見る。
『本当に・・・』と母。
四十四話 完