プロローグ
・・・目が覚めた?・・・寝ていたのか・・・
目に映る物が白くボヤけていてよく見えない。
声が出ない。いや、声は出ているが言葉になっていない。
体は動かせるようだが、自分の今までの感覚とは何かが違っている。
・・・焦る・・・何があった・・・必死に頭を巡らせる・・・
午前の業務が終わり、昼食を摂りにいつもの定食屋へ向かうため、大通りの横断歩道で、多くの人と信号待ちをし、ふっと、空を見上げた。
ビル群の上に見える空は、今日は、特に深い青色だ。そして、棚引く一塊の透き通っているように見える紫の雲。空には、その一塊だけ。まるで、オレのようだ。
仕事はチームワークだ。皆で分担、連携して熟さねばならない。
しかし、昼飯は一人で食べに行く。住まいも気楽な一人住まい。休みも一人でのんびり出掛ける。勿論、親も友だちもいる。しかし、プライベートは、いつも一人だ。会社に入ってから誰とも連絡を取らなくなった。
・・・何故だろう、人は所詮一人だ、一人で生きていると思うようになったのは・・・
歩行者用の信号が青に変わり、皆が歩き出す。
皆に少し遅れて、オレも横断歩道を渡り始める。
人の悲鳴に近い叫び声が上がる。
そちらに目を向ける。トラックが走って来る。何人かがトラックに飛ばされる。
そして、そのトラックが、オレの目の前に迫って来る。
そこまではは覚えている。
その時、痛みは感じなかった。音も聴こえなかった。ただゆっくりとトラックが表われて体に当たる。そして、目の前が黒くなる。
まるで映画のワンシーンだと思えた。一瞬の出来事で恐怖は湧かなかった。
今は、死ななかった安堵より、自分の状況が分からない不安が頭を覆う。
・・・倒れてからどれくらい経ったのだろう・・・怪我はどの程度だ・・・大怪我なのだろうか・・・特に痛みはないが・・・
目を見開いて、見ようとするが、変わらず目の前は白い靄しか見えない。オレの体はどうなっているのだろう。
急に眠気が襲う・・・
目が覚めるというか、何かの気配で、意識が戻る。
目の前の白い靄に、黒い影のような物が動いているのが映る。その影が、大きく目の前に被さってくる気がする。
『確かに、左右の瞳の色が違う・・・』と、老人の声。
『・・・はい・・・』と、それより若めの声。
『・・・そうか・・・、仕方ない、教会・・・に知られる前に対処・・・』
黒い影と共に、その老人の声が遠ざかっていく。
言葉はわからない。がそう理解出来た。
その聞こえた声は誰だ、医者では無さそうだ、と思いながら、また眠気が襲って来る。
次に目が醒めた時、オレは誰かに抱かれていた。
抱かれているという感覚に違和感はない。
・・・そうか、今のオレは、赤ん坊か・・・
何故か、そう納得出来た。
・・・オレを抱いているのは、オレの母なのか?・・・この女性は泣いている・・・
何となく、そう感じられる。
・・・何故?・・・
しかし、今のオレに深く考える余裕は無い。ただただ眠い。
目が覚める。
やはり、見える物が白くぼやけている。
それは、事故の後遺症かと案じていたが、今のオレは赤子なのだ。時が経てば見えるようになるだろう、との思いが芽生えている。
・・・生まれ変わりは本当に有る・・・
心の片隅にそんな思いが湧いている。
今も、母親らしき人が、乳を含ませてくれている。満腹感に満たされ、満足し、また、眠くなる。
プロローグ 完