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ここは夜の星の国
9/19

小部屋の中で

 目の前に両開きの扉があった。

 右の扉は夕焼け色。銀色のカランコエとペンタスの彫刻が施されていた。

 左の扉は夜明け色。金色のナナカマドとネモフィラの彫刻が施されていた。

 竹琉はこの扉を知らないけれど、知っていた。警戒することなく、ノブをつかんで、あける。

 扉の奥は、暗い。中に入ると、扉は勝手に閉まってしまう。けれど、あわてたりしない。あたりが本当の暗黒になったのは一瞬。すぐに橙色の明かりが灯った。

 竹琉は、なぜかそうなることを知っていた。

 橙色の天鵞絨ビロードの壁、深紅の絨毯がしかれた床。たぶん、この建物のかたちは、きっとかまくらの形だろう。ランプが吊りさがる天井はやけに高いが、床は丸く、とても狭いから。

 竹琉は部屋の奥へとすすんだ。

 壁に取り付けられたテーブルには、お手玉サイズのぬいぐるみや大好きな本が無造作におかれていた。壁一面には、竹琉が大好きな人と笑っていたり泣いていたりする写真が飾られていた。

 ふりかえると、どきりとする。

 先ほどまでなかったものがあったから。

 クリーム色のシンプルなテーブルとおそろいのイス。イスの上には、手作りのパッチワークのクッション。

 テーブルの上には、料理がおいてあった。

 玉ねぎのポタージュ、カニカマがたっぷりはいったアボポテサラダ、魚介がころころはいったちらし寿司。それに、まっしろふわふわのクリームのホールケーキ。ワンピース分だけ切られていて中身がわかるようになっていた。間にはクリームと橙色と赤い果物が挟まれている。


「ビワといちごのケーキ」


 テーブルとイスは竹琉の家のダイニングにあったもの。

 料理は、竹琉の誕生日だけに作られる特別なメニュー。

 毎年楽しみにしているごちそう。このテーブルには笑顔の思い出が染みついている。

 指先で、テーブルをなでる。


「……どうして、こうなってしまったんでしょう」


 口をつぐんで、こぶしをにぎる。



「引っ越しなんてしたくなかった」



 涙とおなじくらい我慢していた言葉だった。

 なんでこんなことになったのだろう。

 すべてが始まったのは、10月2日。

 竹琉の誕生日。

 両親がいなくなった日。

 その日、学校から帰ってきた竹琉を迎えてくれたのは夜深夜だった。



葉流はる織日おりか……あなたのお父さんとお母さんにあなたをあずかるよう頼まれてきたの。ふたりは葉流の親の関係のお仕事を手伝いに行ったの。

 急なのだけれどお引越しよ。駅前のホテルをとったから竹琉は準備のあいだ、そこで待っていて』


『両親は、いつ帰ってくるんですか?』


『とてもむずかしいことらしいの。だから、いつになるかは私も教えてもらっていないわ。でも、私の家に帰ってきて、そのまま住むということになっているから、ここで待つのは賢くない考えよ』



 はじめて会う人ということにも戸惑っているのに、大事なことをさらさらと言うものだから、怖かった。けれど、夜深夜の笑顔は母とそっくりだった。だから、竹琉はすぐに彼女を信用した。

 あの状況では、信用しないという選択をできなかったのだけれど。だって、竹琉はまだ小学生だ。小学生は働けないし、誰かの助けなしでは生きていけないから。あの家で一人ぼっちで両親を待つことは、できない。

 夜深夜の言う通りなのであれば、住んでいたあの家には、

 おそらく。もう。きっと。たぶん。まだ。

 だれも帰ってこない。

(……そういえば)

 竹琉は制服のポケットに手をあてた。かたい感触を感じると中に手をいれる。取り出したのはお守り。籠目かごめの文様が描かれた若草色の袋。普通のお守りよりずいぶんと大きいサイズだ。

 小学校入学式の前夜、約束とともにわたされた葉流お手製のお守り。

 これを開けていいのはいざというとき、ときつく言われていた。いつも持っているせいで、その存在をすっかり忘れていた。

「あれ?」

 お守りの紐をゆるんでいる。あけた記憶はないのに。歩いているうちにゆるんだのだろうか。袋をあける。中には、一万円紙幣と四つ折りの手紙が入っていた。

 心臓がどくりと鼓動する。

 大丈夫。

 両親からの手紙だ。もしかしたら、手紙に父と母の居どころが書いてあるかもしれない。そして、一万円はそこへ行くための交通費かもしれない。ここから出れたら、両親のもとにいこう。もしかしたら、今までのことは夜深夜が見せた幻で、家にいるかもしれないから一度、家に帰ろう。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 何度も何度も自分に言い聞かせる。

 ゆっくりと、手紙を――



『とんでもないことになってしまったね』



 不意の声に、竹琉の手からお守りが落ちた。

 テーブル越しに誰かがたっていた。

 部屋の中は明るいのに、その人は影の色に染まっていた。

 男か女かわからない。でも、この人はとてもとてもとてもとてもとてもとても髪の毛が長い。それだけはわかった。

『起きてしまったことはしょうがない。僕は一足先に海岸の方に行ってようかなって思ってる。そこが最後の砦だからね。

 影色の人は、竹琉に諭すように語りかける。

 ゆっくりと近づき、お守りをひろってくれた。

『竹琉、このお守りは僕が持っているよ。時がきたら返してあげる。今、道はひとつしかない。これから、たくさん道をつくるんだ。

 大丈夫、君は黒色の夜と白銀の星に好かれるだろうからね。きっと大丈夫になるはずさ』

 影色の髪がぶわっと広がる。波のように渦を巻き、竹琉と影色の人の体にからみつき、一緒につつみこむ。


『がんばって』


 優しく微笑まれた顔が見えた気がした。

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