表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※2  作者:
ここは夜の星の国
7/19

いつわりの食卓

 食卓とイスと、ケーキは変わらずにある。けれど、両親がいない。

 先ほどまで両親がたっていた場所には、真っ白な物体があった。

 ひとつはパレットナイフを持ったもの。左手は崩れており、テーブルの上にはボウルがひっくり返っていた。

 もうひとつはテーブルに肘をついているもの。指のあたりがとれており、足もとに苺が落ちていた。

 ──あれは、なんだろう。

 竹琉は、つぶれたものに目を凝らした。

 白の中になにかが混じっている。

 淡い黄色、白、赤、橙色の個体。

 眉をひそめる。

 ぐちゅり、と粘着質な音が響いた。

 父側に立つ物体が、くずれはじめたのだ。細く長い足の部分が崩れ、腰、首の順にひび割れていく。それはだんだん、竹琉の方へとかたむいてきた。

 止まって。竹琉の心の願いはむなしく、白い物体は崩れて──、

 弾けた!

 飛び散った白は、竹琉の足元まで飛んできた。靴とジーンズに白いものが付着し、口から手をはなす。

 あたりは甘い香りにみちていた。

 竹琉は驚愕する。


(この香りは)


 つぶれたものを、じっと観察する。

 黄色いものはスポンジ。赤いものは苺。橙色のものはビワ。


『苺とビワのケーキは10月2日にしか作らないものよ』


 頭の中で母の声が響く。


『竹琉の誕生日限定のケーキだからね』

『お母さん、お父さんみたいにお料理が上手じゃないから、この日のために世界一美味しい野菜とくだものを育てたの。ほめてくれるわよね? ね?』


 わかっていた。

 つぶれた左腕を見たときから、ぼんやりとわかっていた。そして、香りで確信した。

 鳥居の外にいる両親は、幻だということを。


「また泣くの?」


 ふりむくと、少年は背後に立っていた。いつ注連縄から解放されたのだろう。


「あれぇ? 泣いてないの? つまんね」


 竹琉は少年を睨みつけた。


「馬鹿にしないでください。なんでそんなことをいうんですか」

「えへへへ、だってだってぇえええええ……嫌いだからだよ」


 目の前に少年の顔がきた。ふり上げた右手を、視界にとらえた。その手には、包丁が乱暴に握られていた。


(刺されるなんてこと)


 あるわけない。


『甘ったれの愚か者』


 不意に左腕が引っ張られた。石畳に足をつっかけ、しりもちをつく。

 左腕には注連縄が巻きついていた。顔を上げると、柱には深々と包丁が突き刺さっていた。その場所は、竹琉の頭があったところ。

 あそこに、ずっと立っていたら――。

 こめかみに汗がつたった。首を横にふる。

 そんなわけない。だって、人を刺すことは犯罪だ。やってはいけないことだ。


『こいつに豊葦原の常識などある訳がない』


 桃色の月は嘲笑う。


『愚かすぎてわからなかったか? こいつが本気でお前を殺そうとしていたことが』


 ぱしん。注連縄が、傷だらけの少年の横っ面をたたいた。


『どんなに優しくしても、こやつの心は変わらんよ』


 少年は包丁で応戦するが、注連縄は鳥居の隙間から次々と飛び出し少年に襲いかかる。

 圧倒的に不利だ。

 戦いを知らない竹琉でもわかる。

 注連縄は手数が多いうえに早いし、無駄がない。


『捕獲成功だ』


 いきなり少年は倒れた。竹琉もなにが起きたと、目を見張った。気付いていなかったのは、少年も同じだったようだ。上にばかり気がいっていて、下からの注連縄に気付いていなかった。


『そうだそうだ、言い忘れておったわ』


 少年の足をいましめる注連縄は上に移動し、少年の体をさかさ吊りにした。


『こやつは青草人ではないからな?』


 竹琉の顔の高さに少年の顔がきた。

 あらわになった少年の顔を見つめる。

 目を見開く。体がふるえる。

 引き結んでいた口をあけて、口内に空気をいれた瞬間だった。

 声にならない悲鳴が爆発した。

 情けないから、今まで必死に我慢していた絶叫だった。でも、その顔を見てしまったら、もう我慢なんてできなかった。

 どうしよう。声が止まらない。


『なかなか好ましい絶叫だが、うるさい』


 注連縄が竹琉の頬を叩いた。

 地味に痛い。おかげで声を止めることができたけれど。

 竹琉はふたたび少年の顔をみた。

 血まみれの白い顔。その顔をとめどなく汚す血が、どこから流れているか、ずっとわからなかった。

 それが今、ようやくわかった。

 少年の顔には、深紅のくぼみがふたつあった。くぼみがある場所は、本来ならば【眼球】が埋め込まれている場所。

 彼は、眼球がなかった。

 少年は、にたぁっと笑いかける。口端をつりあげたせいで、くぼみが圧迫され、たまった血液がこぷこぷとあふれた。


「ぼくの、目玉、どっかにおとしちゃったんだぁ。竹琉は知ってるよね? どこにあんの?」

「……知らない……です」

「うそつき」

「嘘じゃありません!」

「嘘つき! 泣き虫! ふざけんな!」


 笑っていた少年は、いきなり怒鳴りだした。竹琉はすっかり怯えて、立ちあがることができなくなっていた。必死に尻を引きずりながら、うしろにさがる。


『にげんなっつってんだろうがぁあ!』


 狂った怒声に、体と思考が停止する。


『おれはぁああ! いたいんだぞ!? くるしいんだぞ!? なんでわかんないんだよ!?』


 僕はあなたじゃないからです!!

 言いたい言葉がつばと一緒に飲み込まれる。竹琉は体を後退させ続けていた。もう無意識に近かった。


『竹琉って、バカだね』


 少年は怒りの表情を、また笑顔に変えた。


『ついでに言うと、お前もな』


 言うなり少年は勢いよく上体を起こした。月をめがけて物を投げた。それは一瞬だった。だが、わかった。それは彼の血で真っ赤になった包丁。

 竹琉は顔をあげた。

 紅梅色の月がいない。

 そう認識したときだった。


 げぇえぁああああああああああおああ!!


 凄まじい轟音とともに地面が揺れた。

 外の世界で巨大なものが暴れまわっている。白い毛におおわれた巨大な爪が鳥居を強くひっかく。鳥居の破片と爪の破片、血液が落ちてくる。強烈な血のにおいが、甘い香りをうち消した。

 ブチン。

 轟音の中でとらえた音に、竹琉は戦慄する。

 少年の体が、石畳に落ちていた。


『えっへっへへへへっへへへ』


 血の雨をあび、笑う。


『邪魔はきえたねっ!』


 その姿は無邪気で、狂気。

 彼はゆっくりと竹琉に近づいてきた。


『でもね、ほんとうに消えなきゃならないのは、おまえだよ。僕じゃない。【竹琉】だ』


 逃げろ。逃げなければ。殺される。

 わかっているのに、動けない。

 立つことよりも、逃げることよりも、全神経は血まみれの少年に集中していた。

 あっという間に少年は、竹琉の目の前にたった。制服の襟をつかまれ、軽々と持ち上げられる。


『えっへっへへへ。だからさぁ?』


 少年の笑みが、消えた。



『死んじまえ』



 包丁が、大げさな動作で振りあげられる。竹琉はきつく目をつむった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ