なつかしの食卓
幻聴だと思った。けれど、その考えを否定するように笑い声が響く。
いきおいよくふりむいた。うつった光景に息を呑む。
人がいた。
鳥居の柱に寄りかかるようにして立っているのは、竹琉と同じくらいの少年。
カピカピのどす黒い髪に隠れて、顔の上半分はみえない。やせ細った体は黒いボロボロの布一枚に包まれていた。布から出ている顔や首、手足は人形のように真っ白。
竹琉は口と鼻をおさえた。
なんて、におい。なんて、むごい。
少年は傷だらけだった。手足や首についた傷は、切り傷。爪で、というより鋭い刃物で裂いたような傷だ。傷口はどれもかわいておらず、彼が呼吸するたびに血がキラリと光る。
(どうして、でしょう)
竹琉は一歩ずつずれて、少年と距離をつくっていく。
その行動が、自分自身でも理解できなかった。
ようやく出会えた人。なのに、竹琉は逃げようとしている。
それに彼は傷だらけだ。いつもの竹琉ならば、『大丈夫ですか?』と駆け寄って、ケガの深さを確認しているはず。
体はゆっくりと移動をつづけている。
「どうして逃げようとするのかなぁ?」
竹琉の足がかたまった。少年はくすくすと笑う。
「竹琉ってば、ひどすぎだかんね」
「え?」
名前を呼ばれて目を丸くする。
「どこかで、……あったことありましたか?」
「竹琉は知らなくても、俺は知ってるよ」
答えになっていない。
「俺はぁ、ふふ、竹琉のこと、なんでも知ってるよ? なのに、竹琉は、おぼえてくれてないのかな? なんで? 悲しいよ」
大げさな仕草で顔をおおう。でも、声は笑っていた。
また一歩、少年から距離をとる。
「逃げんじゃねぇつってんだろ」
また体がかたまった。
竹琉の様子に満足したのか、少年は顔から手をはなし、嘲笑う。口内は、奇妙なほどに赤かった。笑いつづけていると、鼻と口と頬から血液がしたたり落ちる。
彼は指をさした。
竹琉──ではなく、すぐ脇。鳥居の隙間を。
「みて、鳥居の外になにかあるよ?」
うながされ、おそるおそる視線を、顔を、動かす。
赤い柱の隙間から無の世界をのぞいた。
心臓がはねる。
なにもなかった世界に、スポットライトがあたっていた。円錐形の光の中には、ひとつの食卓が設置されている。
竹琉は息をのんだ。
クリーム色のテーブルとおそろいのイス。テーブルの上にはぶあつい本や、不気味な色の液体が入った瓶。イスの上には、手作りのパッチワークのクッションがあった。
「僕の家のものが、なんで……?」