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ここは夜の星の国
4/19

雨降って、変化始まる。

    ◇◆◇◆◇◆◇



 気がついたときには、ここにいた。

(僕は死んでない、ですよね)

 鳥居に近づく。つやつやとした赤い柱には、自分の姿がうつっていた。

 今日の竹琉は私服。上着がわりに初等部のブレザーを来ていた。

 ほっとする。

 死んで、おばけになっていたら鏡にはうつらない。眠気もくるし、空腹だし、痛みも感じる。だから、生きてる。

 ポケットに手をいれた。そこから取り出したのは黄色いカード。

 竹琉が通う学校特有のものだ。『元気だけど学校を欠席してます』のカード。欠席理由の欄には『引っ越しのため』ときれいな字で書いてある。

 これがあるから、ブレザーを着ていても、堂々と駅の中をあるくことができた。でも、このカードも嘘かもしれない。

 現実では、竹琉は行方不明者にされていたりして。

 首を横にふる。また赤い柱にうつる自分を見た。

「なんて情けない顔なんでしょうね」

 嫌悪感たっぷりに、自分を罵ってやった。

 赤い柱にうつる竹琉は今にも泣き出しそうな顔をしていた。小柄な体をちぢこませているせいで、いつも以上に弱々しく見える。

 まだ12歳になったばかり。まだまだ子どもだ。だから、小さいのはしょうがないことにしておく。でも、情けないのはダメだ。

 背筋を伸ばし、下がっている眉を上げた。

(大人になったら、お父さんみたいに背の高いかっこいい男性になるんですから)

 竹琉は母親似だ。

 感情を隠せない大きな目のかたちも、油断するとすぐにはねてしまうクセのある髪も、茶色の強い紅茶色の瞳も、おまけにちびで病気になりやすい体も。ぜんぶ母親に似てる。

 この髪の色と体つきのせいで、幼馴染みの一人からは、

『頭が悪そうなポメラニアンっぽいよな』

 そうからかわれていた。

 思い出すだけでムカつく。でも、今はひたすら懐かしい。

空頼そらより泰地たいち

 両手を見つめる。その手を両頬におくと、強くたたいた。

 しっかりしろ! 情けないやつめ! 体だけではなく心も弱くなってどうする!

 頬をたたきながら、自分自身に叱咤しつづけた。

 思い出したくない。

 そう思っているのに、頭の奥で二人の親友の声が響いてくる。

『大丈夫じゃないことがあんなら大丈夫にしてやるからさ、そばから離れんなよ』

『隠し事をしてもすぐに見抜くぞ。嘘をついたら叩くからな』

 大事な親友。いつだって一緒にいた。いつだって助けてくれた。竹琉は、なにもできないのに。

 歩くのをやめ、泣かないように目をきつく閉じた。

「会いたい、です」

 誕生日から一週間、学校に行けなかった。

 引っ越しの準備のあいだ、駅前のホテルに軟禁されていた。夜深夜に『一週間後の9時まで外に出てはダメ』と言われ、スマホも取り上げられた。

 誕生日から一週間後の今日は平日。9時は子どもは学校で勉強をしている時間。だから、会いにいかなかった。引っ越しが落ち着いたら、いつでも会えると思っていたから。

 馬鹿だった。気持ちのおもむくままに会いに行けばよかった。もう二度と会えないかもしれない。

 頭が後悔でいっぱいになる。

「う、あ、だめ、だめ」

 視界がグニャリと歪んだ。あわてて上を向く。涙は流さなければ、泣いていることにはならない。一刻も早く、目にたまった涙がかわくのを願った。

 そのとき──。

「……っ!?」

 顔に水滴が落ちた。頬や額に数滴。ちょうど両目にもはいり、反射的にうつむいた。

 なんだか、変だ。目から入った水が、体全体に染みていくような感覚。嫌じゃない。妙に心地いい。それが逆に怖かった。

 手のひらに集まった水滴を握りしめるように、こぶしをにぎる。顔から手を離すと、腕で目の水気をぬぐった。

 石畳にはたくさんの水のシミがあった。

 それは、だんだんと増えていき、石畳の色を変えていく。

 立ち上がり、暗黒の空を見る。

(ここ、空、あるんですね)

 髪についた水滴が、ひたいや頬をつたう。

 最初は冷たかった。だが、頬をつたう水滴だけ、だんだんと熱くなっていく。

 水が目にあたったせいだ。

 もうだめだ。とめられない。

 竹琉は、こぼれる涙を何度もぬぐった。

 あいたい。両親に。

 親友に。あいたい。



「泣き虫」

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