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ここは夜の星の国
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月光色の草原にて みんなが願いを告げる場所

   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 トンネルを抜けると、月面だった。

 その絶景を見たとき、有名な小説の一節が浮かんだ。

 雲ひとつないきれいな青空。その下には、黄金色の太陽に照らされて、月光色に輝く草原があった。

 ──ここが、清庭草原さやにわそうげん

 竹琉が立っている、トンネルを出てすぐのこの場所は、山と草原の境目あたり。すこし高い場所にあり、草原の全体をみわたすことも、些細ささいな変化も楽しむことができた。

 草原の地形は、月のクレーターのような、ゆるやかな凹地形おうちけい。まわりは紅葉こうようで紅や黄色に染まった山にかこまれている。明るい色に支配された草原は、まるで草や森が、みずから光っているかのようにみえた。

 風が月光色の草をなでるたび、その上を琥珀色の煌めきが駆けぬけていく。草原の中を流れる、いくつもの小川は蛇の鱗のようにチカチカ光っていた。

「きれい、ですねぇ」

 深く息を吸いこむ。

 太陽と草と、秋独特の甘くせつない香りで胸がいっぱいになる。

 気持ちいい。けれど、すぐに違和感が気づいた。

 ない。気がする。

 人の気配も。鳥の気配も。虫の気配も。

「清庭草原にようこそ」

「わ!?」

 突然の背後からの声にぎょっとした。ふり向いたとき、むかえられた笑顔の美しさにまたおどろく。

「あらあら、おどろかせてしまったわね」

夜深夜やみよさん」

 竹琉は気まずくて、苦笑いする。

 いつからいたのだろう。話しかけられるまで全然、気づかなかった。

「一緒にこれなくて、ごめんなさいね。いろいろと用事がたてこんでしまって」

「大丈夫です。電車を間違えなければ、確実にこれますから。……夜深夜さん、引っ越しとかいろいろな手配、ありがとうございました」

「ふふ、どういたしまして」

 彼女──菊園きくぞの 夜深夜やみよはニンマリと笑った。

 本当にきれいな女性だ。

 彼女の腿までのびた長い髪は、赤みの強い紅茶色。肌はきめ細やかで、顔は卵形で小さい。無地の黒い着物と真紅の羽織に身をつつんだ体は細く、ぴんと背筋を伸ばした立ち姿は百合の花を思わせた。けれど、美しい彼女の容姿で一番の目を惹くのは、瞳だ。

 特殊なコンタクトでもいれているのだろう。その瞳の色は、蜜柑色。丸い瞳孔はなく、線が細いアスタリスクが描かれていた。

 夜深夜と竹琉の関係は『祖母と孫』。

 彼女と出会ったのは、1週間前。竹琉の誕生日だ。

『あなたのお母さんのお母さんで、あなたのおばあちゃんよ』

 はりきって自己紹介された時、すぐには信じられなかった。彼女は、どうみても二十代にしか見えないから。

 とても『おばあちゃん』なんて呼べなくて、『夜深夜さん』と呼ばせてもらっている。その許可をもらったとき、彼女はめちゃくちゃショックを受けていた。

『おばあちゃんって呼んでくれないのね。おおん』。

 おおんって。独特の泣き声は思い出すと笑ってしまう。

「すこし用事があるから、草原におりましょうか」

 細い指がしめす先には、石の階段があった。草にうもれるようにしてあるから、言われるまで気がつかなかった。

 夜深夜が歩きだしたので、あわててあとを追う。

 竹琉はある事情で、今まで住んでいた家を離れることになった。

 新しい住処は彼女が経営する集合住宅・『幻荘げんそう』。

 そこは家だけど、学校でもあり、宿泊施設でもあるという。きっと、かなり大きな家だろう。けれど、あたりにそれらしいものはない。草原にある建造物はひとつだけ。

 それは草原の中心にあった。

 ──あれが、あの(・・)星摘神社(ほしつみじんじゃ)

 竹琉が住んでいる菊理町くくりまちには毎日、いろんな噂がながれている。

 デカ盛りの料理を完食し、大金をばらまいていく美青年の噂。

 万能薬をもつ美しい乙女が営む喫茶店の噂。

 絶世の美女が教える、異性の心を確実につかめるおまじないの噂。

 数ある噂の中でも、特に本当だと有名なのが『清庭草原の星摘神社』の噂だ。

 満月の夜。願い事をとなえながら祭壇に明かりを灯すと、その願いが叶う──らしい。

(満月の夜だったら、良かったのに)

 竹琉には願いがある。

 大人でも、叶えることがむずかしい願い。それを叶えてくれるかもしれない星摘神社の噂は、竹琉の希望だった。

 でも、実際に神社をみたら、すこし戸惑ってしまった。

 神社は遠くからでもわかるほど、ボロい。すごくボロい。扉は壊れて本殿が丸見えだし、屋根もところどころ崩れている。神社をくるむように育った御神木のおかげで、やっと建っているみたいだ。生き生きとした神木や草原とは真逆で、あまりに弱々しい。願いを叶える力があるようには、とても見えなかった。

「ここにはどんな用事があってきたんですか?」

 階段をおりているとき、聞いてみた。夜深夜はすこしふりむき、妖艶に微笑んだ。

「幻荘に行く前に、竹琉は儀式をうけないといけないの」

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