ここは夜の星の国
「よるのおすくに……? いなほのうみちく?」
「稲穂の海は知らなくて当然だが、夜の食国は知っているだろう? 学校で古事記を学ぶはずだ」
「蒼磨、バカすぎだろ。いまの時代、よほどマニアな教師じゃないかぎり、古事記は学べないんだぜ? なぁ? 竹琉」
竹琉はうなづくしかなかった。古事記は学んだことはないし、誰でも知っている神様しか知らない。
「ここはな、月の神様が創った、人の心から生まれた者たちの国なんだ」
人は誰でも想像する。こんな生き物がいたらどうしよう。
こんな生き物が友達だったらいたらいいな。
そんな想像から生まれるのが、『夜人』。
豊葦原の住人・青草人こと『人間』が語りついだ物語や心の中にいる者、いわゆる、妖怪や神さま。
夜人は、青草人の『思いつき』で生まれたがゆえに、彼らに『否定される』と生きていけない。夜人の心臓は、青草人の心の中にあるからだ。
だから、青草人が忘れたり、『そんなのいない』といえば消滅するし、土地の開発で住処や依代が壊されてしまえば、そこに奉られていた夜人も死んでしまう。
とてももろい種族だ。
けれど、月読命が支配するこの国に入国すれば、神から新しい心臓『星明石』をあたえられる。
星明石は星の力を持つ強い命のかたまり。これがあれば、夜人は生み落した人間から独立した存在になれる。だが、星明石を手に入れるには条件が必要だ。
「どんな条件ですか?」
「『夜の食国を発展させることを約束する』ことだ」
夜の食国は、竹琉が生まれるずっとずっと昔から、開発を続けているという。
けれど、国が大きくなればなるほど、神さまの負担も大きい。
月読命はこちらの神さまだが、豊葦原の月の神でもあることはかわりない。だから、すこしでも神の負担を軽減するため、国の形が変わった。
月の神がおわします『宵の宮』を核とし、神託を受けた力の強い夜人たちが管理する、いくつも『地区』に分かれることになったのだ。
それは、ごく最近のことだという。
「でも、地区を創るにはさ、これまた難儀なことに『青草人の信じる力』が必要なんだ」
「信じる力? 信仰心というものでしょうか」
「それよりもうちょっとひろい感じ。
んーと、そうだな。――星摘神社の噂、知ってる?」
竹琉はうなづいた。癒馬は肩を上げ、やれやれと言わんばかりに苦笑いした。
「その噂広げんの、めっちゃ苦労したんだぜ」
「もしかして、噂を広めるために願いをかなえていたんですか? あなたたちふたりが」
ふたりは頷いた。
「そのとおり。昨日もたくさんの願いを叶えてやったよ。さすがに、死んだ奴を生き返らせたりすんのはできねぇけどさ」
「星摘神社の噂だけでなく、俺たち自身が噂の張本人になったりもしている」
「見えないこと、真実がわからないこと、科学的に証明できないことを信じる力がこの国全体のエネルギーになるんよ」
不思議な事を信じられれば、星摘神社の祭壇に『信じる力』が集まり、貯蔵されるようになっている。
蒼磨と癒馬の働きで、稲穂の海地区と繋がっている星摘神社には、数ある地区の中で、もっとも強い力が貯蔵されている。
いまや、神社におさまりきらず、清庭草原や菊理町にもあふれだすほどだという。
竹琉はもう一度、窓の外を見た。
「この地区、豊かに見えますけど」
「それでも、まだまだ必要なんだよ」
「菊理町まであふれているのに?」
「うん」
信じる力は消費されているのだろうか。消費されずに街にまでただよわせるほどあるなら、あつめても仕方のないことなのではないだろうか。




