いったいここはどこですか?
部屋が、なくなって、できている。
暗くてよくみえないが、あの木がむき出しだった部屋ではないことは確かだった。
癒馬が一歩部屋に入ると、レトロなブラケットライトがつく。
やっぱり。
竹琉はそっと息をのんだ。
玄関がある。
明るい灰色の石でできた三和土、右横には靴箱と棚、玄関と奥の部屋をつなぐ細く短い廊下。
癒馬に靴を脱がせてもらい、廊下をすすんでもらう。ふすまを開けると、天井のランプがまた自動的に灯った。
古き良き時代の居間といったところか。
新しい畳のいい香りがした。居間の中心にはこたつ、向かって左の壁には戸棚がある。右の方には台所への入り口。その隣には不透明なガラスがはめられた格子戸があった。
「改装なしの一人部屋ってこんな感じだったっけな。久しぶりだなー。せますぎ」
「とうぶん、僕一人が使うのだとしたら十分です。むしろ、広すぎるくらいですよ」
竹琉は台所の隣にある扉を指差した。
「あのしまっているドアは、どこに続いているんですか?」
「洗面所兼脱衣所、風呂があるよ。大昔は共同浴場なんてのもあったんだけど、いろんな体を持ってるやつがくるんで廃止したんだってさ」
「いろんな、体?」
「たとえば、あったかいお湯にとける体なら冷たくしないといけないし、羽根のある者なら水位を低くしないといけないってこと。キリがないだろ?」
でも、もうちょっと早く来てくれれば竹琉と一緒に……、と心底残念そうな癒馬。竹琉は苦笑いする。癒馬の背後に立つ、蒼磨の目がかなり怖い。そのことは本人には報告しないことにした。
ふすまをへだてた奥の部屋は窓からの光で、藍色に染まっていた。
そこにあるのは、みるからにふかふかの布団がしかれたベッド、シンプルな作りの机、机のわきに本棚と箪笥が並んでいた。
(記憶をうつされたんでしょうか)
その部屋は、一週間前まで住んでいた家の、竹琉の部屋と同じ間取りだった。
「竹琉、今度、オレが家具作ってやるな。内装自体は思いつきで好き勝手に変えられんだけど、持ち込んだ家具はそれに影響されねぇんだ」
「癒馬」
「うっせ、だまれ」
蒼磨は不服そうに眉を寄せた。
「竹琉、あの部屋にあったカウチソファ、どうだった?」
頭にパッと浮かんだのは、蒼磨が座り、竹琉が寝かされていた、カウチソファ。
西洋のお城にでもおいてあるような、ものすごく豪奢ものだった。背もたれは、ウォールナット色の木の枠にサザンカの彫刻が彫られている。体をあずけている部分は濃い緑色で手ざわりが良く、いつまでも座っていたくなるくらいフカフカだった。
「すごく素敵でしたし、好きです」
「そっか。じゃあ、そういうの作ろーかなー」
「え? あれって」
「オレが作ったんだよ」
あれを? もしかして、ひとりで?
「すごいですね」
竹琉がそういうと、癒馬はとろけるような微笑みを浮かべた。
ベッドに一度おろしてもらう。
竹琉は、ベットに体をあずけた瞬間、寝転がりそうになった。
力が、はいらない。強烈な睡魔。ついでに、ものすごい空腹感。先ほど、ワッフルを食べたばかりなのに、もう消化してしまったかのだろうか。そんなに食いしん坊ではなかったはずだが。
風が窓をたたく。
――外はどうなっているんでしょう。
立ち上がろうとすると、また癒馬がささえてくれた。彼と窓の枠にすがるように立ち、窓の外を見た。
長い、ため息をついた。
一瞬、絵画かと思うような風景だ。
幻荘はすこし高い丘の上に建っていた。だから、清庭草原とおなじように全体を見まわすことができる。
幻荘をかこむ竹林が落葉樹に変わっていく境目も、星をうつす大きな湖も、長い川も、その果てにある海も見えた。
森のなかには、鬼灯形の山があった。たまに虹色の光が下から上に駆けめぐる。生き物だとしたら、かなり不気味だ。
けれど、何よりも心奪われるのは、満天にちりばめられた星だ。
黒い絹の上にダイヤモンドやルビー、アクアマリンをちりばめたかのよう。今までみたことがないほどの、星の数だった。
「ここは、どこですか? 日本ですか?」
あらためて、聞いてみる。
「月読命があらたに創り、統治している夜の食国だ。
ここは夜深夜ともう一柱の自然神がおさめている『稲穂の海地区』という場所だ」
答えてくれたのは蒼磨だった。




