幻荘探訪 部屋を造る編
明るい茶色のドアだ。前面には、竹の模様が焦がしで描かれている。
夜深夜は金のノブにぶら下がったガラス細工を取り、竹琉に渡してくれた。
「このガラス細工は『星瓶』っていってね、豊葦原で言う『ぷりぺいど型電子まねー』とか『あいしーかーど』の役割を持っているの。
竹琉は菊理町とこの国を行き来するとおもうから、絶対に無くさないようにね。……まぁ、無くなることはないと思うけど」
全体の形は銀製のベビースプーンに似ていた。ガラスでできた輪には緑色と白のずいぶん頑丈な組紐が通されている。
大きく涙型に膨らんだガラスは宇宙を雫にして固めたよう。黒い石の中に色とりどりの星が散らばっている。特に目に入るのは、光の向きで緑や赤に変わる大きな石。
「蒼磨、これを運んでちょうだい。住人棟の階段を上がってすぐの部屋よ。扉は事前にはずしておいたから、すぐにわかるわ」
「わかった」
「あ? 住居棟に住まわせんの? 宿泊棟に住まわせんのかと思った」
「配属させる狐関係でね。お客様に仕える完璧な狐より、すこし抜けたところがある狐の方がいいと思うの。あんまり完璧だと竹琉も堅苦しく思うだろうし」
「ふーん、……どーせならオレが竹琉にお仕してぇなぁ。そこらの狐より優秀だもん、オレ」
そしたら、とつぶやいたあと癒馬はニヤニヤ微笑んだ。頬を薄紅に染めてうれしそう。
蒼磨は癒馬を見て、わざとらしい大きなため息をついた。扉を軽々とかつぎ、カウンターの右側にある、せまい通路のほうへ歩き出した。癒馬と夜深夜にうながされて、竹琉もあとを追う。
二階も静かだった。幻荘はどこに移動しても他の夜人の姿がない。話し声も、物音も聞こえない。
「住人って、いるんですか?」
「いるわ。まだ出てこない時間というだけ。この時間は一番、静かなのよ。出てくる時間はめちゃくちゃうるさいわ」
「幻荘って客よりここを家にしてるやつのほうが多いんだよな。だから空気がちょっとユルいんだ。サボる狐もいるし」
「あら、それ、どこの狐かしら。私の弟子にそんなだらしない狐はいないわよ」
「どーだか。人数がいるとうまくサボる奴ってひとりはいるんだぜ」
二人が嫌らしく言い合いをする中、竹琉は今日から住むことになる部屋をみた。
むき出しになった木の壁と床。家具は、鞄がかけられたバックハンガーだけ。あとは、本もなにもかも床にひとまとめにおかれていた。
竹琉は地べたに寝ることにはまったく抵抗はない。けれど、やっぱり歓迎されてないのでは、と不安になってきた。
ドアがあるから、プライバシーは守られるが。
「んじゃ、ケンカしてねーでさっさと終わらせっか。竹琉は危ないから、うしろな」
言われて竹琉はうしろにさがった。癒馬のはどこからか取り出したドライバーを手の中でクルリとまわした。
「蒼磨、ドア、押さえておけ。別に重かねーだろ」
「だったらお前が持て」
「作業時間がかかって竹琉にわりぃだろうが」
癒馬の作業には一切、無駄がない。あっという間にドアが取り付けられた。
「おっしゃ。しっかり取り付けたぜ」
何度か開け閉めすると、癒馬は竹琉をドアの前へとうながした。
「竹琉、開けてみ?」
なぜ。馬鹿にしているのだろうか。
先ほど中を見たのだ。どんな部屋かわかっている。でも、三人は、じっと竹琉を見つめていた。有無を言わせない気迫。
竹琉は気おされるようにノブに触れた。
「え?」
胸の奥でなにかが強く鼓動する。静電気に似た衝撃だった。胸の奥にたまったなにかが手に移動している。つかんだノブにそれを奪われている。
奇妙な感覚が終わったのは突然だった。
竹琉の全身から力が抜け、倒れそうになった。けれど、隣にいた癒馬が支えてくれた。
「私、料理を持ってくるわね」
夜深夜は、階段を降りていった。
歩けない。それどころか立っているのも辛い。
なにが起きたのかわからなくて、怖くて、冷や汗が出てくる。
「お疲れさん」
労いの言葉とともに、竹琉を横抱きにした。美しい乙女の顔が間近にくる。男とはわかった。だが、顔は乙女なのでどうも照れる。
「照れる顔、可愛いなぁ」
うれしくない。先ほどの仕返しだろうか。
顔が見えないよう彼の肩に顔をうずめた。癒馬の体が熱くなり、ふるえるのを感じる。
きぃ、とドアが動く音がし、顔をドアの方に向けた。すこしだけあいている。
癒馬の腕の中で手をのばし、ドアを引く。
扉が開いていくと同時に、竹琉の目も大きく見開いていった。




