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ここは夜の星の国
15/19

彼女は背中に菊の花を咲かせた

 甘い声の方に、目を向けた。

 夜空の下、青い花畑の中にたたずむ、細い影をとらえる。

 知っている影のかたち。雲に隠れていた星が顔を出すと、あたりは明るくなった。

 その影の髪の色は紅茶色。長い長い髪の女性がいた。

夜深夜やみよさん!」

 思わず走って、夜深夜に抱きついた。

「私に抱きついてくれるの? ひどいことをしたのに」

「あ」

 言われて、竹琉は清庭草原のことを思い出した。

「忘れちゃってました」

 苦笑いすると、夜深夜の細やかな手が、やさしく頭を撫でてくれた。

「清庭草原で見放すようなことをして、ごめんなさいね。

 儀式をしないと竹琉はここにこれなかったし、正直にいっても信じてもらえないと思ってね。だまっていたの。

 とても怖い思いをしたでしょう。

 ごめんなさい」

 首を横にふる。

 邪魔だったんじゃないか、とあの場所で不安だった気持ちがなくなったわけではない。だが、今はまた会えたという、うれしい気持ちの方が強かった。

 ふと自分にかかる影の違和感に気がつき、抱きしめる力をゆるめた。

 夜深夜の顔を見上げる。

 彼女の背景には、見たことのない星空と無数の蛇の影がみえた。

 微笑む夜深夜から、そっと離れる。

 それは蛇ではなかった。

 緋色に光るしっぽ、のようなもの。

 夜深夜と竹琉の髪と同じ、癖が強い毛並みで、何百何千もあるように見える。

 巨大な花。緋色の菊を背負っているようだ。

「夜深夜さんも」

 竹琉はふりかえり、蒼磨と癒馬を見た。

「……蒼磨さんも、癒馬さんも、人じゃ、ないんですね」

「人よ」

 予想外の答えに竹琉はとまどった。

 何故、とまどったのかわからなくて、さらにとまどう。夜深夜はニンマリと笑った。

「この国ではね。でも、豊葦原では違うわ。有名ではないからひとまとめにして『化け狐』なんて失礼な言われをするたぐいなの。

 でも、本当の種族名は『化け狐』じゃあなくて『菊花狐きっかぎつね』よ。神様に仕える力の強い狐なの」

 夜深夜は微笑んだ。すこしだけうしろに下がると、蒼磨の体にぶつかった。彼の腕にしがみつく。無意識だった。

 夜深夜の背で燃え盛るようにあった緋色の尾が、霞のように薄くなり、やがて、消えてしまった。

 彼女がまとう真っ赤な羽織の中には、小さな竹筒がたくさん縫いつけられていた。清庭草原で不思議に思っていた音の正体が今、はっきりと見えた。

 これも、儀式をすませたから『見えるもの』なのだろう。

「風が冷たいわね。こっちの秋は寒くなるのが早いのよ。中にはいりましょう」

 夜深夜に手を引かれた。瑠璃唐草の花畑から、竹林。竹林にかこまれた道の先に、建物があった。

 古い大きな洋館だ。

 一見、山小屋のようにも見える。雨にも風にもびくともしないようなどっしりとしたたたずまい。

 三つ並んだゆるやかな切妻屋根が特徴で、星明りではその屋根がはっきり何色かはわからない。建物を構成する壁は下半分は強固な石、上半分は木の枠と白い壁でできていた。

 建物の左側には、煉瓦でできた塔が寄り添っていた。その塔のてっぺんには水滴をのせたようなドームがある。巨大なテレイドスコープのようだ、と竹琉は思った。

「おかえりさない。竹琉」

 夜深夜を見ると、ほがらかに微笑んだ。



「ようこそ、幻荘へ」

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