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ここは夜の星の国
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虹色の証明

 たそがれ。あめのむらくものつるぎ。

 竹琉は首をかしげた。厳密には知っているのだが、自己紹介に使われる単語ではない。わけがわからず、反応を返せなかった。

「本当に、なにも知らないんだな」

 すこし笑いを含みながら言う。バカにされたような笑いではない。何故だか、すごくうれしそうな感じ。蒼磨は竹琉に微笑みを向けた。

 絶世の美形に胸がときめく。照れくさくて、部屋の方を見た。

「……魔法使いの部屋、みたいですね」

 橙色とはちみつ色の光にやんわりとつつまれている部屋は、上からみたら、きっと鍵穴のようにみえると思う。蒼磨と竹琉がいる部屋は四角い間取りだが、奥にある開けた部屋は、円を描くように棚が埋めこまれているから。棚は果てが見えないほど、高い。そこには見たことのない植物が漬けられた瓶や古ぼけたぶあつい本があるのが見える。

 すこし、懐かしい。

 どれも母が持っているものに似ていた。家にあった物より、ずっとずっと古そうだけれど。

 正面を向くと、たくさんのお菓子が積み上げられたローテーブル、その奥には作業用であろう大きなふたつのテーブルとキッチンがあった。キッチンには、かまどと火が必要なオーブンがある。

 カウチソファの横には、上につづく石の階段。のぞきこめば、銀細工が埋めこまれた重々しい扉がみえた。

「それにしても、運が悪かったな」

 蒼磨をみた。

「……なにがです?」

「『さんかようの儀式』だ。アレは人型の悲鳴を特に好む。時間をかけて脅かすのが趣味だ。たちが悪い」

「さんかよう?」

「水にぬれると透明になる白い花のことだ。

 お前の目が『不信』で穢れて、こちらの世界にくる権利を失っていた。だから、神の涙で体にたまった穢れを落とした。対面した黒いものはお前の穢れだ。もうすぐ病気になるところだった」

 竹琉は言葉をうしなった。

 あれは夢じゃなかった。

『なにをいまさら』と思う。夢だったら、彼が目の前にいるわけないのに。けれど、あそこでの体験はあっさりと認めるにはあまりに『不思議』すぎた。

 頭の中で、鳥居にかこまれた一本道がよみがえる。

 紅梅色の月。目玉のない傷だらけの少年。ケーキでできた人形。竹琉に突きたてられた硝子の包丁。包丁の持ち手になっていた立浪草の煌めき。血の匂いまで思い出して、たまらない気持ちになった。

 夢じゃないならば、もう一生忘れられない。

 頭ではなく、この体で体験してしまったことだから。

 手が、震える。こぶしを握ればもっともっと震えた。目をきつく閉じる。

 手の甲に、ふんわりやわらかいものがふれた。

 まぶたをひらく。

「ワッフル?」

 しっとりとやわらかい。ケーキのような優しいきつね色のワッフル。

 竹琉はひっくり返さないように、ゆっくりと手のひらにのせなおした。慎重になってしまったのは、ワッフルの特徴である網模様の一列ごとに、違う色のジャムが詰めこまれていたからだ。

 蜜柑色。赤。黄緑。黒。琥珀。白。

 鼻をきかせれば、いろんな果実と砂糖の香りがした。

「嫌いか?」

 しばらく見つめていると、蒼磨に問われた。竹琉はワッフルを見つめたまま、首を横にふる。

「甘いもの、とっても大好きです。ただ、宝石みたいだなぁ、と思って感激してました」

「宝石は食べられない」

「そうですね。でも、綺麗で、しかも食べられるなんて良いことです」

「そうだな」

 気持ちいい即答だ。

 笑うと、心もゆるむ。ついでに涙腺まで緩んでしまわないよう目に力を入れた。

 出られたのだ。

 血のにおいがする、赤と黒の不気味な現実から。

 ワッフルのやわらかさと彩り、香りが『もう終わったこと』という証のように見えた。

 安心したら、おなかが空いたかもしれない。ありがたくワッフルを食べよることにした。

 それにしても、食べづらそう。

 蒼磨はどうやって食べているのだろうか。ちらりと彼を見る。その顔をみた瞬間、ちょっと驚いた。

 蒼磨の口のまわりには、色とりどりのジャムがついていた。気づいていないのか、彼は咀嚼をつづけている。

 信じられない。綺麗な顔がもったいない。

「口のまわり、いっぱいついてますよ」

「お前もすぐに同じになる。大丈夫だ。ジャムは混ざってもうまいからな」

 大真面目に言われてしまった。竹琉はあっけにとられた。そのあと、吹き出し、声をだして笑った。

 蒼磨に対して抱いていた緊張が完全に無くなってしまった。彼の口調はかたくなだったけれども、どこか優しい雰囲気がある。もっと彼を知りたい。その好奇心が、竹琉の心を開いていく。

 笑ってすっかり安心した竹琉は、ワッフルをほおばった。

 甘い。いやな甘さではなく、口にそこまで残らない、心地よい甘さ。

 小さく一口ずつ食べていく。

 橙色はマーマレード。赤は苺。黄緑はキウイ。茶色はチョコレート。琥珀は蜂蜜。白は練乳。

 ワッフルそのものも、上にのったジャムも美味しい。甘さが本当に絶妙だ。

「一緒になった」

 蒼磨に言われ、竹琉は頬に手をやった。濡れたものを指先でとって見るとマーマレードがついていた。

「一緒になってしまいましたね」

「そうだな」

 竹琉が笑うと、蒼磨も笑った。

 むけられたやわらかい笑顔に心臓が高鳴る。

 ワッフルを食べおえると、蒼磨をじっと見つめた。

 彼はたくさん食べる人のようだ。

 彼はワッフルだけではなくて、ブラウニーやドライフルーツのパウンドケーキなど、たくさんのお菓子を頬張っていた。

 食べ方が雑すぎて、誰もがどん引きするだろう。竹琉もちょこっとだけ引いたが、その豪快な食べっぷりにだんだんと感心に変わっていった。

 これほど食べれば、蒼磨のような高い身長になれるのだろうか。横の方が先に大きくなりそうだが。

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