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ここは夜の星の国
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両親との約束

 緒環おだまき 竹琉たけるの体は不思議だった。

 正確に言えば、不思議を感じとれる体を持っていた。

 建物と建物のあいだからみえる不思議な世界。真夜中に響きわたる鈴の合唱。風とともに四季の香りを運んでくる透明な人々。

 ──ここにいるよ。

 不思議たちはそう言わんばかりに毎日、五感を刺激してくれた。

 でも、そのことは秘密。絶対に口にしてはいけないことだった。

『竹琉。お父さんとお母さんとふたつ、約束をしましょうね』

 ひとつは、不思議のことを誰にも言わないこと。

 もうひとつは、不思議が見えないフリをすること。

 約束のはなしをはじめたとき、両親は話し方こそいつもとおなじだったけれど、表情は真剣だった。叱られているときのように、空気が重くて冷たかった。 

 だからだろうか。あの時、両親が紡いでいた言葉は今でも一字一句、はっきり覚えている。

『これからは、竹琉が竹琉自身を守れるようにならなきゃ』

『おとうさんと、おかあさんは? ぼくのこと、きらいになったんですか?』

『違うわ違うわよ。竹琉は私たちの可愛い息子よ』

『そうじゃなんだ。竹琉は明日から学校にいくだろう?』

 父に聞かれて、うなづく。約束の話をされる前、竹琉はうきうきと通学鞄を磨いていた。

『おとうさんとおかあさんは学校にいってまで、あなたを守ってあげることはできないのよ。

 私たちが学校に入れるのは明日みたいなイベントがある日か、竹琉が病気になったり、悪さをして先生に呼ばれたときだけなの』

『竹琉はこれから必ず一人になることがある。自分のことは自分で守らないといけない時間がかならずあるんだ。だから、このふたつの約束を絶対に守るんだよ』

『不思議が見えたり、感じることができる体はとても特別なことなの。

 特別な体を持つものには、特別な危険があるのよ』

『とくべつな、きけん、ですか?』

『そう。不思議に近づきすぎると、彼らの住む国に連れて行かれてしまうんだ』

 空気がもっと重く、もっと冷たくなった。竹琉は体をふるわせた。

『その国につれていかれたら、二度とお父さんとお母さんには会えないよ。

 ぼくたちも竹琉を助けたくても、助けてあげることはできない。

 だって──』



「その国の入り口は、人間には見えないから」



 顔をあげ、目をひらく。

 かかえた膝ごしに、灰色の石畳が見えた。さらに顔をあげていくと、石畳の道はとぎれ、赤と黒の壁にぶつかった。

 朱。緋。明。赤。紅。

 視線を横に移動させれば、赤色の部分だけが色の濃さと名前が変わっていく。

 大きなため息がこぼれた。

 ──やっぱり、夢じゃない。

 竹琉が今いるのは、紅い鳥居がどこまでもつづく一本道。鳥居はとてもせまい間隔でたっていた。その隙間からは、子どもの竹琉でも手首までしか出せない。まるで牢獄のようだ。でも、でられなくてよかったとも思う。

 ふりかえり、柱と柱の隙間をのぞく。

 真っ黒。

 夜の闇とは、違う。『生き物がいる』どころか『物がある』という気配すらない、【無】の黒だった。

 鳥居がたっている間隔が大きく、道をそれることができていたら、どうなっていただろう。

 いやな考えだけがよぎる。

 無の黒から目をそらすと、上を向く。前をみたときと変わらない赤と黒が見えた。

 お腹すいた。

 心のなかで呟く。約束をした日は小学校入学式の前夜だった。

 約束をした日の言葉もはっきり思い出せるが、そのあとに食べたメニューもはっきり思い出せる。

 ホタテの貝柱がごろんごろんはいった春野菜のクリームパスタ。タコのマリネサラダ、オニオンスープ。デザートには、ピスタチオアイスのクッキーサンド

 あと、一週間前に幼馴染みにおごってもらった、タルタルソースたっぷりのエビフライサンドも美味しかった。幼馴染みたちが食べていた物も美味しそうだった。トマトソースとチーズがかかったピザみたいなホットドッグと辛いのいっぱいついたケバブ。

 でも、今はパスタよりパンよりごはんが食べたい。しっかり座って、がっつり楽しむ料理。

 父の料理はいうまでもなく美味しいが、今日はあの人(・・・)が作ってくれたおむすびと具だくさんの汁物が、もう一度食べたい。野菜の甘みとうまみがたくさんのお料理で、不思議と懐かしくて、ほっとするのだ。

 ぎゅぅううっとお腹がなって、はっとする。あたりをみまわしても誰もいない。でも、恥ずかしい。

 またため息をつく。

 そろそろ行動しないと。

 ゆっくりと腰をあげ、歩き出した。歩くごとに、勇気や明るい気持ちを必死に奮いたたせる。

 ──大丈夫。

 不思議で、不気味。夢のようだけど、これは現実だ。

 現実なら行動すれば、いずれ変わるし、逆に行動しなければ、なにも変わらない。

 しかし、もし、ここが本当に不思議たちの国なら、言ってやりたいことがある。

 ──僕はあなたたちのこと、無視してました!

 竹琉は両親との約束をかたく守っていた。

 不思議がどんなに大きくても、どんなに不気味でも、どんなに美人でも、目の前にいるならば、強く抗議ができる自信があった。

 証拠だってある。

 竹琉にはもう、不思議を感じる力はないということだ。

 約束を守り無視しつづけた結果なのか、すこしは大人になったからなのかはわからない。だが、いまの竹琉は不思議たちを見ることも、音も、香りも、感じることはできない。

 感じる力を失ったことは、すこしさびしく思ったこともあった。でも、未練はない。幼馴染のふたりに、嘘をつかなくてよくなる。それは、とてもいいことだったから。

 なのに、だ。なぜこんな状況になってしまったのか。

 立ち止まり、ふりかえる。

「来てくれるわけ、ないですよね」

 ころん……ころん……。

 耳の奥で、かろやかに、まろやかに音が響く。

 竹でできた鈴の音。

(来たら来たで、怖いんですけど)

 頭のなかに浮かぶのは、数分前だか数時間前の光景。

 さわやかな風が吹きわたる、月光色の草原。

 目の前にいるのは、この世の人とは思えない、美しい女性。

 竹琉が今ここにいるのは、おそらく、彼女のせい。

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