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第12話 女の子をデートに誘う方法

 

「ただいま」

 ラモーン・ルッソは所長に言われるまま、午前中の早い時間に職場を後にした。気が抜けたように街中を歩いて、自宅に帰り着いた。


 ラモーンの家は研究所を中心とすると、クラウディアの下宿とは反対側にある。ルッソ家は学者の家系で、亡き父は王立錬金術研究所の研究員だった。

 父が病で亡くなり、広くはないが便利な街中のテラスハウスを残してくれたので、そこで母と妹とラモーンの3人で暮らしている。


「あら、早いわね。どうしたの?」

 母の問いかけに答えることもなく、ラモーンは2階の自室に入ると内側から鍵を掛けた。ベッドに腰掛けて靴を脱ぐと、そのまま後ろに倒れ込んだ。


 今の生活に満足していた……副所長に抜擢ばってきされて給料も上がり、家族を食べさせることもできている……やりたい研究ができて成果も上がり、このまま穏やかな生活が続くのだと思っていた。


 だけど……

(そこに、君がいない……)


 たったそれだけの違いなのだ。たった1人、たった1人がいないというだけで、自分は仕事すら放棄してしまっている……

 ラモーンはこの現実が受け入れがたかった。


(今になって気づくなんて……)


 自分にはクラウディアが必要なのだ。

 傍にいて、自分だけを見て欲しい……他の男の横にいるなんて、我慢できない。

 考えれば考えるほど、頭の中はクラウディアで埋め尽くされる……

 そんなことをグルグル考えていると、いつの間にか眠っていた。

 最近よく眠れていなかったので、寝てしまったのだろう。傾いた夕日が窓からオレンジ色の光を投げかけている。


 コンコン、と遠慮がちにドアがノックされた。

 ドア越しに声が聞こえた。

「お兄様、いらっしゃる?」

 久しぶりにその声を聞いた気がして、起き上がった。


 ベッドに起き上がって、どうしようか考える。無意識に外してしまっていたメガネを探して掛け直すと、ドアに歩み寄った。


 * * *


 ガチャリと鍵の開く音がして、やつれた兄の顔がのぞいた。

 ラモーンの妹、ロクサーヌ・ルッソは努めて明るい笑顔で兄に笑いかけた。

「お兄様、お久しぶりですわ」

「ロクサーヌ……」

「入ってもよろしいかしら?」

「ん……ああ」

 兄らしい装飾のほとんどない殺風景な部屋に入ると、勧められて1つだけある椅子に腰掛けた。

 18才のロクサーヌは普段、女子だけの寄宿学校にいる。週末だけは帰って来るのだが、研究で忙しい兄には滅多に会うことができない。今年は卒業も控えていて、仕事を探すためにも兄に会っておきたかったのだ。

 

「お兄様、相変わらずお仕事はお忙しくてらっしゃるの?」

「……ああ」

「お母様が、いつも深夜にならないと帰ってこないと、こぼしていたわ」

「……」

 ロクサーヌはいつにも増して、心ここに在らずという感じの兄に、少々苛立ちを覚えた。

「私も今年学院を卒業して……お兄様、聞いてます?」

「え……何だい?」

 

「何だい、じゃないわよ。どうしたのラモーン・ルッソ!」

 フルネームで呼ばれて、ラモーンはようやく妹の顔を見つめた。亡くなった父がことあるごとにこう呼んでいたのだ。こうして呼ばれると返事をせざるを得ないらしい。


「……ごめん……おまえ、デートに誘われたことある?」

 唐突な質問に、ロクサーヌは固まった。

(なに、お兄様、どうしちゃったの?)


「は? お兄様……もしかして恋煩いなの?」

「 “こいわずらい”……?」

「誰か女の子が好きになったの?」

 そう言った途端に兄の目が点になり、顔が赤くなった。


(いや〜、お兄様にもようやく春がきたのね! 挙動不審なわけだわ)

「どんな方なの? おしえてくださいな」


「……助手、なんだ、研究所の」

「ああ、前に言ってたクラウディアっていう方ね。とっても優秀なんですって?」

「ウン……優秀なんだ、とてもね。なんでもよく知ってるし……」

「で、その彼女をデートに誘いたい……と」

「……そう」

 

(……子供ですか、アナタは?)

 ロクサーヌは心の中で静かなツッコミを入れながら、辛抱強く兄の話を根掘り葉掘り聞いた。

 

(まったくもう、どうしようかしら? このウブな(あに)を……ほんっと馬鹿みたい)


 ひとしきり聴き終えると、夕食を知らせる声が階下から聞こえてきた。


 久しぶりに3人で夕食を終えた後、後片付けをしながらロクサーヌが母に言った。

「お母様、今度クラウディアさんを食事にお呼びしましょう?」

 母は娘の提案に頷いてみせた。

 

「前からラモーンに言ってるのよ。一度くらい食事にお呼びしなさいって。それなのに、あの子ったら『必要ない、彼女はちゃんとわかってるから』なんて言って……」

「たぶん、大きなすれ違いをしていると思うわ。私、ちょっと聞きに行ってみる」

 

「え、どこへ?」

「本当はクラウディアさんに直接聴きたいけれど、どこにお住まいかわからないし、研究所かしらね。早く帰ってきた理由も知りたいし……」

「そうねえ。でも、ご迷惑にならないようにするのよ」

「わかってます」



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