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第11話 君が望むものなら何でも


「よいしょっと…」

 クラウディアは貴賓室きひんしつのテーブルの上に、選んできた本をどさりと置いた。

 いつもお休みの日に来ている図書館に、こんな貴賓室があるなんて知らなかった。アランが言うには、特別な許可を受けた身分の高い者だけが使用を許可されている、ということだった。


 重厚で拡張高いインテリアが配された広い部屋だ。一部の人間だけが利用するのにこんな立派な空間が必要なのだろうか、と少し疑問にも思う。

「ロシフォール家はここの維持運営にも大金を出しているからね、気にしなくていいんだよ。それにここなら静かに本が読めるだろう」

 アランがそう言って屈託(くったく)なく笑う様子(ようす)は、本当にサマになる……


(私が今朝の一件で動揺していることを見越して、ここに連れて来てくださったのね……)

 クラウディアは素直に感謝した。


「貸出禁止の本も、僕に言えば貸してもらえるよ。何か借りたいものがあったら言ってくれ」

「そうなんですか? それは嬉しいです! 実は……」

「クラウディア、もう借りたいものがあるの?」

 そうなのだ、以前からゆっくり借りてみたいものがあるのだ。

 

「実は『海藻図鑑』をお借りしたいんです! とても貴重な本なので貸し出しはしていなくて……」

「ははは……分かったよ。さっそく借りてこよう、待っていてくれ」

 アランはそう言って貴賓室を後にした。

 クラウディアはアランが持って来てくれるはずの本を待ちながら、今自分で借りて来たばかりの本に目を通す。一心不乱に読んでいると、アランが戻って来た。


「はい、これ。君のご所望の本だよ」

「ありがとうございます、アラン」

 クラウディアは嬉しくてにっこりする。

 

「いいのさ、君が望むなら何でも手に入れて来るよ」

 そう言われて、クラウディアは頬を染める。

(そんな『君が望むものなら何でも』なんて、誤解してしまいそうだわ……)


 頬を染めて目を()らすクラウディアを見て、アランは本当に彼女が可愛いと思った。

 

「ところで君は何の本を読んでいたの?」

 アランの問いにクラウディアが答える。

「実は料理の本なんです」

「へぇ、君もやっぱり女の子なんだね。料理も得意なの?」

「いえ実は私、料理はあまり得意じゃないんです。小さい頃から本ばかり読んでいて、行儀作法の先生から逃げて、(うまや)で隠れて本を読んでいました」


「あははは、君らしいね。それでどうして料理の本なんだい?」

「この料理の本は北国のノルン地方の、海藻を使った料理が載っているんです。海藻を食用にしているところはあまりなくて、海藻の毒抜きの仕方や、煮詰めて下処理をする方法など、とても参考になる方法が書かれているんです」

 

 アランはハッとした。

「そうか! 君が言っていた『海藻を使って固める』方法だね」

「そうなんです! 私は料理の本からヒントを得たんですよ」


 アランがクラウディアを見つめて、ため息混じりに言った。

「君は……本当に素晴らしいね! ……僕は君が好きになってしまいそうだよ……」

「あ、アラン……」

 

(そんなお顔で『好きになってしまいそう』なんて言われたら……ドキドキし過ぎて死んじゃいそう……)

 クラウディアは真っ赤になってうつむいた。


 その時、コンコンコンと貴賓室のドアを誰かが叩いた。

「すみません、失礼致します」

 

 声と共に現れたのは、眼鏡を掛けたいかにも研究者という感じの若い男性だった。

「お、お兄様!」

 

「お邪魔して申し訳ございません。……クラウディア、元気だったかい?」

「お兄様、どうしてここに?」

「ちょうど、王立図書館に用事があってね。受付でお前が来ているって聞いて」

 

「クラウディアの兄君あにぎみでしたか? 私、ロシフォール錬金術研究所のアラン・ロシフォールと申します。現在、妹君いもうとぎみには私のラボをお手伝いいただいております」

 様子を見ていたアランが一歩前に出て握手を求めた。


「これは、名高いロシフォール錬金術研究所のロシフォール殿でしたか、兄君は所長様でしたね。私はクラウディアの兄で王立錬金術研究所に勤めております、セドリック・クラウカスと申します。以後お見知り置きを」

「ご丁寧にありがとうございます。クラウディアの兄君は王立錬金術研究所にお勤めでしたか、さすがご兄弟揃って優秀でございますね」

「私の本好きが妹にまで伝播でんぱしてしまったようで、小さい頃から本ばかり読んでいて……恐縮です」


「いいえ、今も感心していたところです。クラウディアの幅広い知識のおかげで、新たな着眼点が見えて来て、素晴らしいと言っていたところですよ」

「そうですか、それは兄としてもほこらしいです。……実は両親からクラウディアの様子を見て来てくれるよう頼まれていたのです。この1年ほど、いつ下宿を訪ねても留守が多くて……手紙も来ない、と心配しておりまして。ご迷惑とは思いましたが、こうしてお邪魔させて頂きました」


 兄のセドリックはクラウディアに向き直ると、お説教を始めた。

 

「ダメじゃないか、たまには父上や母上に手紙を書かないと。2人とも心配しているんだよ。リンデンに出て来る時約束しただろう。だいたい、なんであんな遅い時間まで下宿に帰らないんだ? 私がいつ行っても留守で……」

「ごめんなさい、お兄様……あの、忙しくて……」

 

 クラウディアが泣きそうに言い訳をしているのが可哀想になって、アランが弁明する。

「申し訳ありません、兄君殿。彼女は最近までラモーンという研究者の助手をしていて。()の者が、彼女を遅くまで働かせていたようなのです。われわれも認識が甘かったと思います、彼女を叱らないであげてください」


「そうなのですか……できれば、妹は女ですのであまり遅い時間までは……」

「はい、私のラボではキチンと就業時間を守って帰していますので、今後はそのようなことがないように致します」

「ロシフォール殿にそう言っていただければ安心です。これからも妹のことをくれぐれもよろしくお願いします」

 兄君はそう言い残して去って行った。



「なんか、すごいね。君のお兄さん……」

「アラン……すみません。年が離れているので心配してくれるのです……」

 2人は顔を見合わせて、ハァ〜ッと肩の力を抜いた。

 

「いいや、こんな妹がいたら僕だって心配するさ……」

 アランの手が優しくクラウディアの頭を撫でた。


(アランの手が……私の頭に……ど、ど、どうしよう!)

 クラウディアの頭にカァ〜ッと血が上って顔が真っ赤になった。


 アランは身をひるがえすと、

「ちょっと早いけど、お昼にしよう! さあ、今日こそは僕に付き合って!」

 とクラウディアを外へ(いざな)った。


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